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子どもの頃の私が諦めていた多くのことを、ダンには諦めて欲しくない。
私が今とても穏やかな気持ちになれたのは、おそらくダンと自分を重ねているから、私と居る時だけでも甘えてくれるという彼の気持ちが嬉しく、家族に甘える経験をもたらしてくれるからなのではないか。ダンにかける言葉も、おそらく私が欲しい言葉であり、私が言われて嬉しかった言葉でもある。
だからダンに言葉をかけることが、小さな頃の私自身に言う言葉のように思えるから、心のざわめきが鎮まってきたのだろう。
本当に甘えているのはダンではなく私か。
ダンに多くを無理強いしたくない。
けれど、子どもの頃に経験する愛されるということ、甘えさせてもらうこと、楽しいことなど、そういったことは我慢したり拒否したりして欲しくない。
そういったことだけは、今の内にたくさん経験して欲しい。
勉強や仕事はできなくとも、出来る人と支え合えば良いが、人のぬくもりや優しさ、愛情というものは、大人になってから得ることは中々難しいだろう。無くはないが。
私もダンと話して色んなことを考えさせられる。
そして今のこの穏やかで心地よい空間に、いつまでも居たいと心から思ってしまう。
ダンを撫でる手に伝わるあたたかな感情が、ダンからも私からも行き来しているような気がする。
こういう気持ちが『愛』というのだろうか。
穏やかで、あたたかくて、幸せで、でもなぜだか涙が出そうな。
この先もこんな時間が続きますように、と願って、そっとダンを私の膝からおろした。
とてもかわいい寝顔。
この子をゴールドガーデンの領主として縛り付けてしまうことになるのは申し訳ないが、その分今は何にも縛られずに楽しく過ごして欲しい。
ダンの頬におやすみの意味を込めてキスをして、自室に戻った。
誰かにキスするのはそういえば初めてだ。
そんなことを考えると、何だかくすぐったいような気持ちになった。
キスしたいと思ったのも、これがきっと『愛しい』だ。
なんだかんだでやっぱり私はダンから多くのことを学ばせてもらっている。
ダンは私たちにしてもらってばかりと考えているけど、そんなことは無い。
ダンも私に大切なことを教えてくれている。
そして、癒してくれている。
私はこの子に何を返せるだろう。
精一杯姉として愛を捧げよう。
エレナにも。大好きな親友へ、精一杯誠実であろう。
殿下へは?
何を返せるのだろうか。
やはり今は精一杯誠実であり続けることくらいしか思いつかない。




