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怒りに震えるというのはこういうことなのだろうというように、肩を震わせて憤怒の表情を隠せずにいるロドリゲス男爵。
「…(こいつがクレア・ディアス伯爵だと?!王太子妃に最も近いと言われているだけに、爵位も勿論だが身分としては私よりもかなり高位ではないか。これは最早言い逃れできないか)。クレア様でございましたか。大変なご無礼を申し訳ございませんでした。おっしゃる通りまだ酒が抜け切れていないようですので、一旦頭を冷やす時間を頂けないでしょうか?(その間に言い訳を考えようではないか)」
心の声が漏れ出てているかのようにわかりやすいため、今のこの事態をどう乗り切るのか考えたいというのはわかっている。
そうはいかない。
「人の記憶というのは曖昧なものです。時が経てばそれだけ事実と異なる記憶が残るでしょう。誰しも自分に都合の良い事実を現実だと思ってしまいます。時間は差し上げましょう。ただし、先に現時点での調書を取ります。ご協力くださいませ。」
記憶が無いと言っているため、正直に答えるかはわからない。
時間を置いてから言い訳として「思い出した」と言い出す可能性の方が高いだろう。
まずは自身の立場や、こちらの立場をしっかりと理解して頂くためにも、改めて今、聴取をしていく。
「では、ロドリゲス男爵。改めまして、クレア・ディアスです。さて今回の件についてですが、いつから飲酒なさっていたのでしょう?」
「…ハーブ園に着くまでの道中、馬車でワインを嗜んでおりました。」
「ハーブ園到着時には既に記憶を無くすほど、あるいは判断力を無くすほどに酔っていたのですか?」
「いえ、その時はまだほろ酔いと言う程度でした。」
「ではハーブ園でも飲酒なさっていたのですか?」
「はい。ワインを持ち込んで飲み、空き瓶で警備の者を殴ったのは覚えております。」
記憶が無いと言いながら、覚えているでは無いか。
男爵の表情から、諦めのような感情が出てきたように感じる。
「では、ハーブ園での罰則規定についての説明もご存知でしょうが、それを踏まえてあなたが行なった迷惑行為はどういったものか理解されていますか?」
「はい。ワインを植物に掛けたり、踏み荒らしました。勿論敷地内での飲酒も問題でしょう。大声で文句を言ったり、警備の者への暴言、暴力といったことも。」
「では、改めて確認致します。男爵は本当は記憶があるのですね?酩酊しておられたのではないのですか?」
しばらく考え込み、沈黙が続く。
もしかしたら一連の嫌がらせのことも繋がっているのではないか?と考えていたのだが、どうだろうか。
「ロドリゲス男爵。正直にお答え頂ければ、あまり大きな罰を与えずに済むよう私の采配で取り計いましょう。何か意図があってあのようなことをなさったのではありませんか?」




