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そのことに気づいて、はっとする。
そして、そんな当たり前のことに気付けなかったことがショックだった。
「私が浅はかでした。殿下がこうして私との時間を作ってくださって、私と殿下が互いを知るために過ごしてくださっているのに。私はどこか一線を引いてしまっていたのかもしれません。殿下が王太子である前に、マーティン様でいらっしゃるのに。そのことに向き合えていなかったようです。もっとマーティン様のことを知りたいです。」
本心だ。
私も『領主』である前に『クレア・ディアス』なのだ。
殿下が私自身を見ようとしてくれているのに、私は殿下としてしか見ていなかったのだ。
これからはマーティン様ご自身を知らねば。
馬鹿みたいに自分の頭が固いことを痛感する。
そして、それに気づくたびに自己嫌悪に陥る。
でも、不思議と自分を責め立てるほどの自己嫌悪ではないのだ。
己の未熟さを嫌悪するだけ。
殿下をはじめ、周りの人々が私に気づきをくださる。
未熟さを感じながら、それを克服して成長できることへの期待がある。
だから以前の誘拐事件の後のような絶望するほどの、自分を許せない、責めずにはいられない程の自己嫌悪は無い。
もちろん、ことの大きさがまずもって異なるのだが、失敗を前向きな反省として受け止められるのは少しは私も成長したのだろうと思いたいところ。
「クレア、そなたは生い立ちに圧倒的に人との関わりが足りなかったのだ。そなたが悪いということは何もない。友とも、仲間とも、師弟でも、何でも良い。色々な関係についての経験が足りないが故に距離感を図ることが難しいだけだ。ただでさえ王族との関わりは一線どころではなく線引きされがちだ。そなたの感じる距離感も一概に間違いでは無い。私のわがままなのだ。この国の王太子ではなく、1人の男として接して欲しいと望む男心だ。それを察するのはそれなりの恋愛経験でも無ければ難しいだろう。だからそなたは悪く無い。」
そういうものだろうか。
殿下の言葉は私にとってとても説得力がある。
「ありがとうございます。そうおっしゃって頂けると心が軽くなります。私も人並みに男心も女心も理解できるように努めます。」
「クレア、そなたは野に咲く花を見て何を思う?道端で出会った子犬を見て何を思うのだ?あるいは窓辺で休む小鳥でも良い。元気に走る子どもでも良い。」
質問の意図を掴めずに困惑しつつ、考える。




