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「それでしたら使いを出しますよ。若い女性に夜道を歩かせるなんてできませんから。それに、こちらに滞在なさった方がハオマともゆっくりと話もできましょう。先ほども申し上げましたが、ハオマは私の命の恩人です。恩人のためとなるのならば私の好意を是非受け取って頂きたいと思うのですが。なりませんか?」
こちらが断れない言い方で攻めてくるあたりがやはりシャムロックを統括する立場の方だけある。
交渉も得意なのだろうな。
紳士的で人の良さそうな立ち居振る舞いをしているのに、なぜか少し圧を感じるのだ。
「それではお言葉に甘えさせて頂きますわ。ありがとうございます。」
そしてハルバード達の待つ宿を報告し、こんばんはこちらに滞在することを知らせてもらうことにした。
「それでは私はこれで。失礼致します。」
そう言ってマンドレイク様は退室された。
小声でハオマに声をかける。
「ハオマ、マンドレイク様のあなたに対する信頼は絶大なのね。」
そう言うとハオマは少し困った顔で頭を掻く。
「そうなんだよ。初めてお会いした時に症状が父さん達の病気と似ていてね。それでよく効く薬を煎じて渡しているうちに病が軽快したようなんだ。あくまでも軽快したということ。治ってはいない。だから毎日薬を煎じて渡しているんだ。父さん達には買ってあげられなかった珍しい薬草なんだけど、今は僕もどこへでも薬草を採りに行けるし、マンドレイクさんも薬草自体を買うこともできるからね。だから僕が薬草をマンドレイクさんに合うように配合をして渡しているんだけど。」
ドアの方をチラッと見て、更に小声になってハオマは続ける。
「僕たちがマンドレイクさんに恩返ししたいのは紛れもない事実なんだけど、ここにずっといるっていうことを選ばない理由もマンドレイクさんなんだ。マンドレイクさんに効く薬を調合できるのも僕だけだってのはあるんだけど、僕の薬は高く売れるみたいでさ。『知り合いが困ってる』って言うから症状を聞いて薬を作ってたんだけど、実はそれを金持ちのお客さんに高く売ってるみたいで。こっそりそんな話をしているのをアシャが聞いちゃったんだよ。」
マンドレイク様としてはハオマにはここに「恩返しするためにいて欲しい」というより、「恩返ししてもらうためにいてもらわねば困る」のか。
ハオマに恩を余計に売って、自分の懐に囲い込んで抜け出せないようにしたいのだろう。
「ハオマはこのままここに居たいの?マンドレイク様はきっとあなた達を、あなたを手放す気は無いんじゃないの?」
小声での会話を続ける。
ハオマの部屋のドアは頑丈に見えるのに、『話が聞こえていた』とマンドレイク様は言った。
聞いている。聞かれている可能性を十分考えて話さねば。




