188
「ねぇケン。お母さんや兄弟はいるの?」
さっきの叫びで言っていたように、家事を1日中やっているならば、最早『お手伝い』ではない。
8歳の子どもが家事を担うなんてにわかには信じがたい。
「お母さんはいないの。父さんとぼくの2人だけなんだ。お友だちも遊べないから居ないの。おうちのことちゃんとしないと怒られちゃうから。」
8歳にしては発育が悪いし、話し方も同じ年の子どもより幼い印象を受けるが、家庭環境を知ることで納得できた。
「ケンはお父さんが好き?だから一生懸命おうちのことを頑張ってるの?」
ケンは首を横に振る。
「…父さんは…怖いんだ。好きかどうかより、とにかくぶたれたくないから。だからぼくの仕事をやるんだ。ぶたれるし、ご飯ももらえなくなっちゃうから。父さんはぼくのこと要らないってよく言ってる。『ごくつぶしめ』って。でも、ぼく他に行くところも無いし、頑張ってたら父さんに褒めてもらえるかな?おうちにいて良いって思ってもらえるかな?って思ってるの。」
思わず泣きそうになった。
こんな小さな子が、頼れる大人も、友人もなく1人で頑張っているなんて。
「ねぇ、ケン。もし選べるなら、あなたはどんな大人になりたい?どこでどんな風に暮らしたい?…難しいことを聞いたわね。今まで通りお父さんと暮らしたい?それとも誰か、…例えば私と一緒にこの町を出て暮らしてみるとか。あなたの人生をあなたが選べるなら、どう思う?」
う〜んと唸りながら考えている。
その横で、ハルバードに遊ばれている酔いどれたちにケンが気をとられることなく懸命に考えている。
「ぼく、自分のことよくわかんないんだ。でもこのまま今の生活をずっと過ごしても、きっとまともに生きられないかもしれない。今日もお姉さんたちが助けてくれなかったら死んじゃってたかもしれない。それくらいはわかるよ。だからぼく、お姉さんとこの町を出て行きたいな。誰かの役に立って、誰かに必要だって思われたい。本当は父さんにそう思って欲しかったけど、多分一生それは無理だと思う。だからお姉さんが連れてってくれるなら、ぼくはお姉さんと行きたい!」
とても切ない胸の内だ。
何だかクレアみたい。
クレアも誰かの役に立って、必要とされたくて頑張ってる。
愛すること、愛されることを知りたいと切望している。
私を信じようと手を伸ばしてくれた。
「私はエレナ。ゴールドガーデンに住んでいるの。ここから少し遠いわよ?帰りたくてもすぐには難しいわ。それでも私と一緒に行く?」
ケンの覚悟を確かめると、もう涙も止まり、力強い返事と、覚悟の決まった凛々しい顔で応えた。
「うん!エレナお姉ちゃん、ぼくを連れてって!」




