154
翌日、昼頃に馬車で出発する頃、殿下がクレア様を見送りに来られた。
クレア様を、見送りに。
そう思っていたが、はじめに私にお声をかけられた。
「エドワード殿、昨日も申したが、私はそなたの友だ。何かあれば遠慮なく文を寄越してくれ。そなた自身の力になりたい。私がゴールドガーデンを訪問するときは是非語り合いたいものだ。逆に王都へ来る時にも手紙をくれよ。歓迎する。養生して、しっかりとからだを治すと良い。クレアのこと、よろしく頼む。」
そう言って軽く私に頭を下げられる。
私なんかにも礼を示してくださるとは。
やはり敵わない。
年の差や身分の差、人間として、男として、全てに差がある。
はなから勝負にもならない。
勝負をしても、きっと私の一人相撲でしかないだろう。
こんなにも嫉妬でいっぱいな私では、殿下のような振る舞いはできない。
天は二物を与えずなんて嘘だ。
殿下は地位も名誉も権力もある。容姿端麗だし、頭脳明晰。武術も剣技に組手にと隙がない。
神は殿下をおつくりになることに全力を出しすぎだ。
そのせいでその後生まれた私は大したことのない出来なのだ。
その次に神が本気を出して創造したのがクレア様に違いない。
こんなつまらないことを考える自分も嫌になる。
天賦の才だけでなく、努力あってこそだと百も承知なのに、妬んでしまう。
殿下は私を友だとおっしゃってくださった。
クレア様を頼むと、私を信頼してくださった。
本当にできたお方だ。
殿下と共に歩む道を選べば、クレア様は絶対にお幸せになれる。
自分から拒否して離したはずの手が、何だか寂しくて。
冷たくて。
手持ち無沙汰で落ち着かない。
ずっと繋いでいたはずの手が、乾いた冷たい手となって何かにつかまろうともがき出したくてたまらない。
「テッド。大丈夫か?具合が悪いならすぐに教えてくれ。」
クエンティンが私を現実に引き戻す。
具合が悪いのではないことは、彼もわかっているはずだ。
私が殿下を妬み、嫉み、自己嫌悪して現実逃避していることはクエンティンならわかっているだろう。
それでも何も言わずに居てくれるやつだから、こうして共に居られる。気の置けないやつだ。
クレア様と殿下が何か言葉を交わされる。
馬車から外を覗くクレア様と、いかにも王子様な殿下のご様子も、最早絵画のようだ。
大きなため息が、無意識に溢れる。
そんな様子の私だが、気にせずクエンティンは静かに隣に居てくれる。
すぐ側にいて、目で語るでもなく、何も言わずに居てくれる。
この気まずい気持ちのせめぎ合いと戦いつつも、心地良い距離を保ってくれるクエンティンに感謝でいっぱいだ。
この静けさの中に、沈黙と裏腹な私の心の喧騒を感じて。




