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客間に戻ると、クエンティンに話しかけられた。
「テッド。クレア様のこと、本当に後悔しないのか?よりにもよって次のクレア様の縁談の候補が王太子殿下だなんて。もう手の届かない存在になってしまうぞ。」
先ほどの殿下とのやりとりを思い出して、思わず笑みがこぼれる。
「良いんだ。どこの馬の骨ともわからぬ相手よりも、殿下ならば諦めもつく。殿下のお人柄は素晴らしい。殿下ならば安心だ。ただ、そうなるとゴールドガーデンをどうするのかということが問題ではあるが。私はもうクレア様のお側には居られないのだ。弱い自分に負けたのだ。」
「なんだそれは?よくわからないが、お前がそれで良いなら良いんだ。明日の会議で報告するのか?あれだけの人の前で起こったことだ。すぐに噂になるだろうな。」
クレア殿は大忙しだな。
私は療養中のためやることは限られているが、クレア殿は今日の主役で忙しくされていたのに、明日も会議があり、明後日からは本格的に選挙に向けて動き出すのだから。
他にも各局の運営状況の確認や、何やらメイドとハーブ園を始めると計画しているらしい。
せめて私にできる部分は担おう。
「もちろん、明日は会議に臨時で出席してこの件についてみんなへ報告する。私のわがままの結果だからな。」
クエンティンも何かを察してくれたようで、それ以上は何も言わない。
昔からそうだ。
多くを語らないが、的確に必要なことを伝え、こちらの気持ちを汲んで動いてくれる。
人の感情の機微に敏感なのだ。
余計な詮索もしない。
ある意味自分と他人の境界をはっきり分け、深く立ち入らないとも言える。
その分、クエンティン自身が心を開ける相手がいるのかもわからない。
少なくとも、私には完全には心を開いていないだろう。八分目程度くらいは通じ合っていると信じているが。
「それじゃあ私も休む。テッド、お前もゆっくり休めよ。今のお前には養生が1番必要だ。心もからだもな。」
「ああ。おやすみ。明日もよろしく頼む。」
ドアの外まで見送ると、クレア様の泊まる客間に殿下が入っていくのが見えた。
あぁ、やはりクレア様は殿下を受け入れるのだな。
それが良い。
クレア様は将来国で1番権力のある女性になるのだな。
その力を、正しく使える賢妃となられるのだな。
愛しさと、寂しさと、切ない気持ちと共に、愛する人への幸せな未来を想像して安堵する自分がいる。
これで良かったのだ。
これが互いの最善の人生の道なのだ。
そう思いつつも、納得しているようで、受け入れきれない私が心の中で叫んでいる。
『クレア様、愛しています』




