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私が何も言えなくなると、殿下はくすりと笑って、言う。
「こんな夜分に度々ご令嬢の部屋を訪ねることも今までないぞ。逢瀬として噂が立つかもな、なんて。」
ご冗談をおっしゃっているのだろうが、確かにあのパーティーでの求婚は瞬く間に噂になるだろう。
その後も部屋を訪ねて来られたことがわかれば、噂好きな方々は何と言うだろう。
「…殿下、流石にそれは困ります…。」
思わず本音が溢れてしまった。
「なぜ?私は確実にクレアにたどり着くためなら外堀からでも埋めていく。クレアをどうしても正妃として娶りたいのだ。何としてもそなたを振り向かせたい。私のことを意識して、考えてくれれば嬉しい。だからこうして動いているのだ。クレアと結婚できぬなら私は生涯独身を貫くぞ。」
最早脅しだ。
そう言われても…という気持ちしかない。
私の顔が大分困っていたのだろう。
「すまぬ。そなたを困らせるつもりはなかった。いや、困らせて私のことで頭がいっぱいになってくれたら嬉しいがな。とりあえず、答えはすぐに出さずとも良い。1年でも、2年でも、いくらでも待とう。もっと私を知ってくれ。そして、私という人間がそなたにどう映るのか、それが答えだろう。ではゆっくり休め。明日見送りには行く。」
そう言ってお戻りになられた。
嵐が来て、去った。そんな気持ちだ。
物好きでいらっしゃる。
でも、殿下のおっしゃる通りだ。
この問題をどうするか、殿下のことで私の頭はいっぱいなのだ。
ほかの男性はおろか、女性でも子どもでも、他の人のことを考える余裕がない。
殿下の策略にはまってしまうのだろうか。
今後益々仕事に励み、それどころではないくらい忙しくしよう。
しようと思わなくても、忙しくなることは必至だ。
これから選挙もあるし、各局の事業も展開していく。
エレナのハーブ園だってこれから移転を進めていくのだから。
殿下のお気持ちは有難いが、応えることはできないだろう。
それでも殿下は私に歩み寄ってくださるのだ。
きっぱりとお断りしなければ、このままずるずると答えを先延ばしにすることは殿下に失礼な気がする。
殿下のことをよく知らないのに、好きになることは無いときっぱりと結論を出せない。
やはり、ある程度めどを決めてお返事するのが良いだろう。
しかし、ではいつまでとするのか。
この期限も私だけでは決められない気がする。
殿下と決めるか、オリバー殿たちとも相談した方が良いだろう。
明日の午前中、王都にいる間にセドリック様にお会いできないだろうか。
領地へ帰ったら中々お会いできないだろうし、こういった相談は手紙では難しい。
とりあえずダメ元で明日早朝から手紙を出そう。
今のうちに手紙を書いておこう。
早速のご相談で申し訳ないですけど、頼れる人が少ないため、頼らせて頂こう。




