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なんだかんだと3曲目が終わり、お辞儀をして離れようとしたときだ。
殿下が私の手を握ったまま離されず、どうしたものかと固まってしまう。
「…殿下?いかがなさいましたか?3曲も恋人でもない男女が踊るというのは外聞が悪いかと。殿下のが評判を下げてしまいかねませんので、もう失礼いたします。」
周りに聞こえないように静かに殿下へお伝えするが、殿下は私をじっと見つめたままだ。
4局目は幸い始まらない。
フロアのど真ん中で動けずにいる上に、周りから注目されているというのはいたたまれなさすぎて消えてしまいたい気分だ。
おもむろに殿下が片膝をつき、口を開く。
「ゴールドガーデン伯としてではなく、クレア嬢、あなたの1人の女性として大切に想っている。あなたを愛している。どうか私の妃となって欲しい。返事は今は不要だ。どうか考えておいて欲しい。」
やられた。
悪意など微塵もないことはわかりきっている。
純粋に先ほど陛下にもお伝えされていたように、この機を逃すまいという殿下のご意向なのだ。
皆の前で求婚することで、私・殿下双方への縁談についての牽制の意もあるのだろう。
冷や汗が吹き出しそうだ。
いっそ汗とともに溶けて消えたい。
皆に注目されたまま、何をどう言えば殿下のお立場を傷つけずに済むだろう?
「殿下、お立ちくださいませ。もったいないお言葉大変ありがたく思います。しかし、私では身分など全てが分不相応でございます。」
返事はまだせずとも良いと言われていたのに、つい焦ってお断りの言葉を発してしまった。
失態だ。
殿下のご威光を損ねてしまう。
「クレア嬢、私は身分よりも王妃となる器であるか否かを重要であると考えている。それ以前に、私がそなたを愛しているのだ。どうか前向きに考えて欲しい。ともにこの国を支え、作って行きたいのだ。」
そう言って私の手をお放しになられた。
国王陛下がこの様子を見かねたのか、鶴の一声。
「これ、ディアスゴールドガーデン伯もお困りだ。王子と言えど、これ以上のこの場での不適切な言動は許さぬぞ。下がるが良い。」
陛下と殿下へカーテシーをして、私もフロアの端へ移動する。
エレナに飲み物をもらい、落ち着くためにもゆっくりと飲んだ。
冷たいものがからだを通っていく感覚に集中する。
からだの中身が見えたら面白いだろうに。
飲み物を飲んでいる間は、皆私に話しかけたそうではあるが、見つめるのみだ。
飲み終わりとともにポツポツと人が集まり、
先ほどのように話しかけられる。
ただし、先ほどの一件には誰も触れないでいてくださる。
ひたすらゴールドガーデンの施策や、今後の展望などについての話題が中心だ。




