6 ファーストコンタクト
上昇し、戦場を確認する。ドラゴンを最優先で倒した後に正面をなんとかしないといけないと思ったが、違うらしい。上空を飛んでいたのも含めて、魔物たちは撤退していった。さっきのヘルファイア(空対地ミサイル)が今度は自分たちに向って来ると思ったのか、ドラゴンがいとも簡単に倒されたのが原因なのか、いまいち分からない。
まぁ下では俺たちに歓声が上がっているので良しとしよう。左翼にて、偵察のためと思われる歩兵と騎兵の動きがあった。敵を殲滅したわけではないので不安が残るが、この状況はプロに任せるか。とりあえず人の少ない最後列にリズと降りていく。いきなり目の前に降りると無礼だったりするのかなと思い、距離を置いて降下した。とりあえず歩いて近づくと、向こうからも腰に剣を差した騎士たちが数人前に出てきた。騎士と言っても、軽装備だったり、重そうな鎧被ってたり、装備はまちまちだ。
「俺の名前は渉、えーと…まだここに来たばかりなんだが、誰と話せばいいのかな」
英語っぽい英語で質問してみたが反応がない。俺の英語じゃ通じねぇかな、と思っていたら、騎士はなにやらフランス語らしき言葉をしゃべっている。
やべぇ、英語通じないじゃん!
フランス語っぽいけど!
全く知らない言葉じゃないけど!
横にいるリズを睨む。首を振りながらお手上げのポーズだった。
「英語通じないじゃん!」
「皆がみんな英語じゃないよ。私だって日本語と英語しか喋れないもん」
生成したハンビーで急いで駆けつけたから、ここに来るまでに精霊以外誰とも会話してなかったからなぁ。夜間で人も少なかったし。だが、俺は異世界に来たわけだけど、聞いたことのある言語を話してるのをみると、完全に地球と異なる世界というわけではないのかな。待っていると、ぞろぞろとまた騎士たちが現れた。先頭を歩くのは女性の騎士だ。
「見事だ、大精霊エズリーズ。あの巨大なドラゴンを瞬く間に倒してしまうとはな」
女性の騎士が歩きながら話してきた。今度は英語だった。先に来ていた俺の周りの騎士たちは、彼女の顔を見るなり、さっと道を空けていった。
「やったのは私ではないよ。ここにいる彼さ」
リズがぴっと横にいる俺を指してくる。家にいる時とはなんか雰囲気が違うような……家では見た目どおり子供っぽいのに。俺なんかどうしたらいいのか分かんないのに、リズはやけに落ち着いてるし……
「渉、こちらがこの戦線の指揮官であり、ライゼンリード王女でもあるアストリッド殿下だ」
戦線の指揮官?この場の最高司令官か?年齢はどうみても二十いってなくて、俺と同じくらいじゃないか?こんな女の子が軍隊を率いているのか。などと考えていると、アストリッド殿下が目の前まで来た。殆ど白に近い美しいプラチナブロンドが風に舞っていて、凛々しい顔立ちに細いライン。そしてなにより、育ち盛りのものに目が行ってしまう……
「私はライゼンリード王国のアストリッドだ。そなたが大精霊エズリーズの契約者なのかな?」
精霊の契約についてはリズから聞いている。人と精霊が、お互いにパスを繋いで主従関係みたいなのを結ぶ事だ。しかし『今の俺』は精霊であって、精霊同士でそういった契約はできないのだ。そして、長年同居している仲でも、地球で寝ている『人間の俺』は、リズとは『契約』を結んでいない。
「俺の名前は渉。ワタル マエダ(前田 渉)。俺もリズと一緒で精霊なので……えーとエズリーズと同じ精霊だよ。だから契約者って訳じゃない。殿下、彼女から魔物が押し寄せてきてると聞いて、何か出来ないかとやってきたんだ」
周りの騎士たちは、各自こっちを見ながらおしゃべりをしていた。そんな中、アストリッド殿下の左後ろにいる、これまた女性の騎士は、ずっと真っすぐにこっちを見ているのが印象的だった。
「やはり君がやったのか……」
小声で殿下が呟いていた。精霊の体になって、集中すれば小さなボヤキでもハッキリと聞こえる体になっている。
「もちろん大歓迎だ。我々人間のためによくぞ立ち上がってくれた。君達のような者を、神は我々に遣わしてくれたのだな」
ビシバシと籠手付きの手で体を叩かれる。とりあえず歓迎されているようでなによりです。短い話をしただけだが、この人はお姫様だけど、高慢そうな人でなくて良かった。この世界に来る前に、アルビオンとカエルラという二つの国家が覇権国家であるという認識だったが、このライゼンリードという国のお姫様がこの場の指揮官というのも、なんとなく分かる気がする。
アストリッド殿下からテントを支給してくれるということだったが、後方にハンビーを乗り捨ててあるので、そいつで車中泊したほうがエアコンもあるし快適そうなので断った。敵はまだ撤退しただけで再度攻撃してくることもありうるので、今は十分に休むように言って殿下は戻っていった。
今の俺は、人間ではなく精霊だ。あの日、リズと一緒に魂魄結晶を起動した日、俺は精霊として産まれた。精霊になったといっても、人間の俺が死んだわけではない。人間の俺が精霊結晶を起動すると、人間の俺は眠りにつき、代わりに精霊として目覚める。戻りたいときは、精霊結晶に戻ればいい。その他の方法でも可能で、地球で何回か実験をした。人間の俺と精霊の俺は、自分自身と精霊の契約をしているようなもので、距離がどんなに離れていようと繋がりがあるのだ。たとえ異世界でも。今でも俺には,自分自身との繋がりが感じられる。
精霊というものは本来体を持たない存在であり、肉体がなければ肉体的疲労は存在しないだろう。精霊の体は魔力で作った体であり、器のようなものだ。精霊になったとき、自動的にこの肉体が作られたが、ほとんど感覚は人間の時と変わらなかった。
リズのような本来の精霊であれば、体は人間などの器を模しているだけで、人間のように複雑に作られているわけではない。精霊によっては食事が出来たり、声を変えられたり、ぱっと体重だけ変えることも出来る。だけど、魂魄結晶によって作られた精霊は、元の人間の姿を模した体が自動的に作られるようだ。
しかし根本的には違うようで、食べたものが魔力に変換されたり、五感をある程度調整したりすることも出来る。運動による肉体的疲労はほとんど感じないが、睡眠は人並みにとらないとキツイ。リズは数日寝なくても平気らしい(夜通しゲームしていることもよくある)。だが、リズも睡眠は必要なようだ。さらに言えば、リズは魔力を使いすぎると疲労を感じるそうだ。これは精霊だけでなく、どういうわけか、この世界の人間も、魔力の使いすぎによって身体的疲労が出るようだ。
リズは魔力で編んだ肉体に縛られず、また作ることが出来るけど、俺にはそれが出来ない。精霊は本来魔力の集合体だ。リズは、その眼には見えない状態で(魔法を扱える者なら見えるが)米軍基地やら自衛隊の基地に侵入して軍事装備の構造解析をしてまわっている。トレースは俺の魂魄結晶の中に組み込まれていた魔法で、リズに結晶を通して使い方を教えもせずに教えることが出来た。
結晶内で共有できた魔法はそれくらいで、他の重要な魔法は開けられないブラックボックスのような感じになっているみたいだ。俺自身、魂魄結晶を身につけていれば魔法が使えるけど、いかなる原理で使えているのかは全く分からない。
初めて精霊になってみたときから、なんとなく自分の使える魔法が解っていた。物を作り出す能力、より正確に言えば、作り変える能力。何も無い状態から空気を金塊に作り変えることが出来るという、科学無視で古代の錬金術師達もびっくりの能力だ。大気と魔力さえあれば(トレースしたものなら)どんな物体でも作れるが、固体を変換したほうが圧倒的に早い。前回の戦いでは、ヘルファイアを高速で作るために予め鉄球を作っておいた。その鉄球と大気に存在する粒子などを練り上げて作り上げたのだった。
姫様たちが向こうに行ってしまったところで、リズとハンビーに戻って休憩しつつ、状況の整理整頓をしていた。といっても、現状は何も分かっていないも同じだ。リズによれば、敵の主戦力はゴブリンやオークであり、そして空を飛ぶトカゲみたいな翼竜、大型犬よりも大型犬なヘルハウンドが確認できた。そして前回はドラゴンがいたなぁ。
「それにしてもドラゴンに対戦車ミサイルが効いてよかったよ。あれが効かなかったら、もっとヤバイもん用意しないといけなかったからなぁ」
俺の『錬金術』は、簡単に言えば大きくて重いものほど作るのに時間がかかる。戦車みたいなのを用意してる時間なんて、あの時にはなかった。しかも作れるだけで操縦をしたこと無いし……
「ドラゴンの装甲によってはヘルファイアじゃ致命打を与えられなかったかもね。でもまぁ剣や弓でドラゴンを倒せるくらいだからね。案外、渉が前回使ったミサイルみたいな重火器じゃなくて、小火器でも倒せるのかもしれないよ」
空対地ミサイルが重火器に含まれるのかどうかは置いといて、兵士たちはドラゴンに向けてライフル銃と思われるものを発砲していたが、効いていなかったように見える。しかし我らが誇る現代火器、例えば対物ライフルならば、可能性は十分にあるかもしれない。俺たち二人が乗っているハンビーの車体上部では、防弾盾からM2機関銃が正面に向けて顔を出している。陸上目標だけでなく、射角さえ合えば、大口径の威力をいかんなく発揮してくれるだろう。前回の戦いでは小型の翼竜といわれる空飛ぶトカゲみたいなのもいたので、そいつらには効果が特に期待できそうだ。しかし、数の多い翼竜の対処法を、本格的に考えないといけないのかもしれない。
しばらく黙って考え込んでいると、リズが沈黙に割って入ってきた。
「わたる~どう思う?敵は完全に撤退したと思う?」
「どうかな。遠くの森林の中に散り散りになったのなら、逃げるのは簡単だし、それを再集結させるのは難しいのかもしれない。でも数的に圧倒的有利だったからね。俺が魔物達の指揮官なら、前回の敗走は納得いかないし、再攻撃での勝利の可能性は十分あると考えるかな」
前回の攻撃は明らかに統率されていたように思える。つまり、これを統率する存在がいるということだろう。数的には魔物の方が圧倒的だったので、あのまま攻めていれば人間たちは総崩れになっていたのは容易に想像がつく。その場合、俺とリズは上空から援護しようにも翼竜に制空権が奪われて、自分の身を守ることしかできなかっただろう。それに、ドラゴンにヘルファイアを連発したが、用意した鉄球は全て使ったので、あれ以上の空中での連射は厳しかった。地上なら地面を変換して連射できたのだが、戦列の中でミサイルを発射したら被害が出るかもしれない。さらに言えば、魔族に妨害されないよう、安全な位置から撃たなくてはいけなくなる。いろいろケースを考えたが、完全に準備不足だった。
「それにしても、俺達だけで作戦を考える必要はないんだよな。この場には沢山の戦士がいるわけで、俺とリズの二人だけであの魔物の群れに戦うわけじゃないしね。指揮官であるあのお姫様が何を考えてるかってのが解らないとなぁ」
まぁここで俺たちだけで考えてもしょうがないのである。
「ところでさ、渉はあのお姫様の事どう思うわけ?」
「どう思うって……女性としてどうってことですか……」
うんうんとリズがうなずく。
「そりゃあ美人だったね。歳も俺と近そうだし、まさに美少女騎士って感じ。あれが王様だったらそりゃ付いてきますわ、って感じのカリスマ性だったな」
リズ始まったなぁ……恋愛話というか……これが始まると長いんだ……下手に出たらマズイな。
でも最近のリズは元気なかったしなぁ。とりあえず知り合いみたいだし、指揮官である彼女がどんな人物なのか興味があるところだし。リズに付き合ってあげますかな。
ようやくリズから解放されて、お日様の中背伸びをする。現状で、次の攻撃があると仮定しよう。魔物たちが攻撃をしかけてきたとして、本当にこのままで勝てるのか?ここに集まったのが、剣や魔法で一騎当千な芸当をこなしてしまう連中なら問題ないかもしれない。前回は、相手がドラゴンだから分が悪かったのであって、ゴブリンやオークなら余裕なんだろうか。俺はこの世界の住民でもなければ、地球でもただの高校生である。だけれども、錬金術の力を発揮すれば、小隊規模、いや、もっと遥かにその上をいくだろう。
ドラゴンという存在は、人間単体では討伐不可能なレベルとリズから聞いた。そのドラゴンを単騎で、しかも一瞬で複数倒せたんだから、俺はこの戦線でかなりの戦力になるといっていいと思うんだ。本当の戦いなんだってことは判ってる。これはストラテジーゲームやらシューティングゲームとは違う。戦場で何の訓練も受けていない素人が、しかもただの子供が、俺ならこの戦況を変えられると出しゃばるのは間違ってる。それでも、錬金術という力を手にして、俺は高揚感に駆られていた。