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セブンスランクルーク  作者: 蔵雨 箸
プロローグ
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5 死の灯火


……北部戦線にて最高司令官であられたライゼンリード王女であるアストリッド殿下は、その時の様子を鮮明に語られた。

 今までの戦いとは比べ物にならない。量も質も今までと違う。今まで戦ってきた魔族であり、撃ち倒してきたとはいえ、それがこの量で一斉に向って来るなど、彼らには経験がない。雄たけびを上げながら駈け込む魔族たち。種族を超えた連携を見せなかった魔族は明らかに統率されて突き進んでいる。


 陣の先頭に立つ冒険者たちは、どよめいていた。


「全員慌てるな!奴らが一斉に雪崩れ込んで来ようと、今までのように敵を食い止めれば良い!」


 この場の士気を維持するために私は叫んだが、実際そうなのだ。戦って倒せなかった相手ではない。それでも、人間たちの目には絶望が浮かぶ。圧倒的な力を持つ魔族が雪崩のように押し寄せてくる。全員が自分の役割を果たさなくては勝てない。そう思った私は、中央後方の本営にて左翼の守りを自国のライゼンリード司令官に一任し、一番動揺しているであろう冒険者の集団が待つ右翼へ向かうために馬を用意させた。


 現在の陣形は、左翼を自国の兵であるライゼンリード軍。右翼は冒険者を先頭に配置、その後方に寄せ集めではあるが各国の正規軍を配置した布陣である。両翼の前方では、アルビオン砲兵が片翼につき三十門ずつ並んで直接照準の砲撃を加えている。そして後方でも、対空攻撃可能な長射程の重砲が稼働中である。戦場は今のところ彼らの砲声が支配していた。私は砲兵達が魔族を蹴散らす様子を横目で眺めながら馬を進めた。





 魔族たちの行進を最前列で眺めている男がいた。冒険者集団のリーダー的存在であるロジャー・ヴィンカンデルである。私は右翼の砲兵と冒険者集団の間を突っ切ってロジャーの前まで馬を走らせた。ライゼンリードの近衛兵が少数、そして従者であるユーニスが真後ろに付いてくる。右翼を駆け抜ける間は不安と動揺が広がっていたが、ロジャーの前につくとそれとは違う緊張と静寂があった。彼は槍を右肩に預けて前を見つめていた。冒険者たちはアルビオン王国から貸与された最新式小銃で武装しているが、これは半数以下であり、近接戦闘や魔法に長けた者たちは、剣やメイスなど自身の所持品で戦うことになっている。冒険者は小銃を使わない。費用面と、冒険者向けに流通する前装式マスケット銃の装填時間が理由に挙げられるだろう。それでも一部の冒険者達が小銃を使っているのは、アルビオンの開発したボルトアクションの最新版が無償で使えるからだ。近年現れたボルトアクションの小銃は、今まで装填にかかっていた時間を大幅に短縮した。これならば、遭遇戦の多い冒険者でも扱いやすくなるかもしれない。



 馬から降りたところでロジャーが気付き、姿勢を整えていた。挨拶も何もなしに


「怖いか?」


 とロジャーに尋ねた。両翼の先頭では、アルビオン砲兵による砲撃が続けられていたが、兵員の陣地への撤退が行われ始めた。先頭を走るゴブリン達はまだ五百ヤードはあるにもかかわらず、駆け足で迫っている。ゴブリンと速度を合わせてヘルハウンドが並走していた。戦闘は間もなく始まるだろう。前方での砲撃の音が止まり、大地を走る雪崩の音と、魔族の雄たけびが一層大きくなった。


「はっ!そりゃあヤバイ状況だ」


 敵が迫りつつある中、ロジャーが槍で地面を小突き、私に向けて叫んだ。先ほどはかしこまっていたが、もともと彼はそういう男だ。私も姫様扱いは好きではない。絶望の表情ではなく、ロジャーはうっすらと笑っていた。


「だが、こいつらは逃げても追ってくるだろうよ!こうなりゃ戦って生き延びるしかねぇ!」


 彼は生き生きと言い放って見せる。冒険者たちは顔を見合わせた後、思い思いに武器を握りしめた。



 先ほどの様子を見ていたのか、右翼に合流していたカエルラのステファンが姿を現した。


「その通りだ。俺たちに逃げ場はない。ここで逃げても奴らにやられるだけだ。男なら、男らしく戦うんだな」


 ステファンも興奮しているのか薄ら笑みを浮かべている。この場には数人しかいないが、20人ほどカエルラ騎士が右翼全域に展開しており、彼以外の騎士たちは落ち着いていた。後で従者のユーニスに聞いたことだが、この時の私も笑っていたらしい。



 アストリッド、ロジャー、ステファン。右翼のリーダーは戦闘狂ぞろいだった。そして右翼全体に戦う士気はある。これならば、私が心配していた程ではなかったようだ。彼らならこの戦いを乗り越えられるという自信を持つことが出来た。ここにきて、私も剣を抜いて魔族と対峙する。地上を駆け抜ける魔族たちの上空から、翼竜の群れが突出してきていた。すぐさま重砲による攻撃が加えられて、翼竜の群れが見えなくなるほどの黒い煙が広がる。しかし重砲は短い間隔で連射できるものではなく、翼竜の群れをすべて止めることは出来ない。煙を抜けた翼竜たちが真っすぐ突っ込んでくるだろう。もう戦闘が始まる。


「あれはなんだ!クソッ!デカいぞ!」


 突然、ある冒険者が叫び、右の空を指さしている。


「なっ!」


 思わず驚愕した。四体もの黒きドラゴンが低空で接近しつつあった。雪崩のような魔族に対して、我々は密集して横陣を引いているが、それを一気に火炎で薙ぎ払うつもりなのだろうか。重砲は依然前方の翼竜を攻撃している。


「騎士ステファン!ドラゴンの相手を頼む!」


 カエルラの騎士たちを見ると、彼らもすっかり動揺していた。ステファンも口を開けて呆けてしまっていた。それも仕方ない。ドラゴンとは基本的に単独行動するものであり、何人もの騎士たちが向ってようやく倒せる存在だ。前方の、何千という魔物たちの群れよりも、四体のドラゴンの方が厄介かもしれない。迫りくる魔族たちに頭が混乱する。前方では、砲撃の黒煙を抜けた翼竜が見えた。右翼の端では、先陣を切っていた一体のドラゴンが冒険者と兵士たちの間に素早く着地した。各々がドラゴンに銃を撃つが、全く通らない。兵士も冒険者も一斉に逃げ出した。


 だが、ドラゴンが火を噴き、彼らは無残にも崩れ落ちていく。身体を焼く炎に、のたうちまわる間も無く命を焼かれる。一瞬で死ねなかった者は、悲痛な叫び声を上げ続け、やがて死んでいく。ドラゴンの眼前に、数十もの死の灯火が上がっている。状況は最悪だ。どうすればいいのかが分からなくなる。私の周りの者たちにも、この状況を前に恐怖が広がっていた。


「まずは目の前の敵を倒せ!翼竜に集中しろ!」


 ロジャーが叫んだ。右翼正面では、集団から先行していた少数の翼竜が二十ヤードまで迫っていた。各個射撃が始まる中、ロジャーが翼竜に向け前進しながら指示を飛ばす。


「ロジャー!全員で前に出るな!小銃持ちは前衛を援護しろ。味方を撃つなよ!」


 私はそう叫びんで、血の気が上がっているロジャーに、先に行われた作戦会議を思い出させておく。


「カエルラ騎士団はドラゴン討伐に迎え!ステファン!」


 私は叫びながらステファンに近づき、肩を揺さぶった。


「あぁ了解した」


 と相変わらずマナーがなっていなかったが、騎士団に右翼へと急行するよう伝令に伝え、周囲の騎士を従えて走り出していた。まさにその時、三体のドラゴンが右翼を抜けてあっという間に我々の目の前に現れた。ドラゴンたちは、翼を広げて空中で滞空していた。


「ヤロウこの一帯を火の海にするつもりか!」


 ロジャーすらも戦慄していた。このまま右翼が壊滅すれば全滅は避けられない。そう思ったとき、背後から、つまり本陣の方から『彼ら』は我々の上に現れた。片方は大精霊エズリーズ。その魔力量から世界最強の精霊と呼ばれる悠久の存在だが、どの戦争にも加担せず、誰とも契約したことがないため、実際に戦った姿を誰も見たことがない。エズリーズは国家間の紛争調停役を()()()も続けており、覇権を争うカエルラとアルビオンが今回の十字軍で手を組めたのも彼女の役割が大きい。精霊ながら、私だけでなく、二大国の長にも匹敵する権威者である。(()()()()()()殿()()()()()()()()()()()()()()())そしてもう一方は、非常に珍しい男性青年の容姿をした精霊。大精霊は必ず幼い子供の姿をしている。そして女性の容姿、立ち振る舞いをしたものが殆どだ。『彼』はこの世界において全く異質の存在だった。(当時は、戦闘が終わるまで、彼が大精霊エズリーズの契約者である人間だと、私は思っていた。)



 二人の精霊は高らかに詠唱を唱える。(以下の詠唱は、大精霊お二人から直接伺ったものである)


「リズ!いきなりで悪いがヘルファイアを使うぞ!誘導頼む!」

「ラジャー……ロックオン完了!いつでもいいよ!」


 二人が空中で静止し、ドラゴンはそれを警戒していた。すると、男性の精霊が金属の球体を三つ取り出して前に投げた。その球体が砂状にバラバラになったと思えば、筒状の形に姿を変えていた。その後のことは一瞬だった。三本の筒状の物体は激しい爆音と火花を散らしながら、それぞれのドラゴンへと目にもとまらぬ速さで激突していった。二体のドラゴンの胸に直撃し、もう一体は首に直撃してそれが致命傷となった。生き残ったドラゴンも空中にとどまることが出来ず、たまらず地面に降下した。


 そこにまた筒状の物体が数発叩きこまれた。ほんの僅かな時間の間で、最強の魔族たるドラゴンが大きな悲鳴を上げながら絶命していった。私は、目の前で起こった出来事に、ただ茫然としていた。それはこの場にいた全員、そして右翼の端にいたドラゴンも同じだった。精霊たちは再び複数発を飛ばし、先程よりさらに遠く離れたドラゴンに、全て命中させて屠っていった。ドラゴンの断末魔が木霊し、静まり返る戦場。人間も魔族も動きを止めていた。そして湧き上がる歓声。


「大精霊様がやってくれたぞ!今だ!押し返せ!」


 事態は一気に好転した。私は上空にいる翼竜たちを迎撃するよう指示を出した。一通りの攻撃が加えられた後、翼竜の生き残りは退却していった。すかさずアルビオン砲兵達が持ち場に戻り、立ち尽くしているだけの地上の魔族に砲撃を再開した。戦意を失った魔族たちは大慌てで撤退していく。そして勝利の歓声が沸き上がった。冒険者、兵士、ともに身分に関係なく勝利を喜び合った。ロジャーとステファンは感無量、といった様子だ。絶望的な状況の中、前線指揮官としての責務を果たして生還した喜びが静かに溢れていた。遠くから、馬がこちらに近づいてくる音が聞こえる。ライゼンリード伝令が私の前に駆け寄ってきた。


「殿下!大精霊エズリーズ様が我らの救援に駆けつけて下さいました!流石は大精霊様です!瞬く間にドラゴンを四体も倒してしまわれるとは!」


 今まで誰も大精霊エズリーズの戦う姿を見たことは無かった。上空の大精霊二人は、歓声が上がっているにも関わらず、退却せずに留まっている魔族を警戒していた。彼らがその方向に進んでいくと、魔族たちは踵を返して、ワーフ大森林へと帰っていった。


バルトロメウス=フランケ 『魔族の悲劇』より

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