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46 恋と政治と 上

 南門からひとっ飛びして、市街地をあっという間に通り過ぎ、丘の上の屋敷へと戻ってきた。俺は一旦パーティを抜け出して依頼した冒険者たちに会いに行っていたのだが、戻ったときに、外の空気を吸っていたアストリッドと出会でくわした。従者であるユーニスも一緒だ。アストリッドは、この屋敷にある小さな庭園を見て回っていたらしい。


 二人と少し話したけど、アストリッドが「そっとしておいて欲しいオーラ」を放っているのをなんとなく感じた。まぁアストリッドの気持ちはわかる。パーティーではひっきりなしに人が話しかけてきて、正直かなり疲れるんだよね。


 俺はアストリッドとおしゃべりしてたかったけど、今は絡まないであげた方がよさそうだ。かと言って、今すぐあの騒がしい場所に戻るつもりはない。この庭園には、丘の上の立地を生かしてテラスが設けられている。俺はテラスの手すりに身体を預けて、街を眺めたり、二人の様子を見たりして時間を潰すことにした。高台だから風が少し寒いけど、お日様が気持ちいい。





 アストリッドはいつも通りの軍服を着ているのだが、後ろ髪をまとめていて、うっすらと化粧もしている。ユーニスがメイクしてくれたそうだ。


 ……うん、言葉にならないほど綺麗。普段のアストリッドも凛としててかっこかわいいけど、より女性らしさが出ていて魅力的になってる。スタイル良いからドレスとか絶対似合うよなぁ。


 アストリッドみたいな子を、同年代の坊々が放っておくハズがない。このパーティーに参加しているのは軍人であり、つまりは大半が男性の貴族である。ついでに言うと若いヤツが多い。会場では、そのほとんどがアストリッドに群がっちゃってるんだよね。親睦会なのに、さながら貴族たちがアストリッドをめぐって争う戦場と化していた。


 アストリッドは、俺がこの世界に来た時からモテてたからなぁ。ガードが硬いけど、友人としてなら気楽に話してくれるんだよね。モテるタイプなのは間違いない。


 しかも、アストリッドはライゼンリードの次期国王だ。リズ曰く、もしもアストリッドと結婚することができたら、そいつは「女王の夫」である「王配」になれる。ライゼンリードの王配は国内政治に口を出す立場ではないのだが、王宮での暮らしと、女王の夫として絶大な影響力が手に入るだろう。バーティ曰く、そっちメインで口説こうとしてる連中も多いそうだ。


 俺は途中でパーティーを抜け出したけど、アストリッドはひっきりなしにデートに誘われていた。邪龍が降伏を受け入れたことは皆も知っている。十字軍も解散になるだろうから、彼らにとってこのパーティーはアストリッドを口説く最後のチャンスになるかもしれないわけだ。


 一方のアストリッドは、恋愛に興味がないというか、色恋沙汰とは距離を置きたいタイプの女子なんだよね。結論を言えば、本人はプロポーズの類を全て断ったらしい。それを聞いてちょっとホッとしたけど、まぁ勿体ない気もするな。




 南部戦線で合流した連中はおいといて、北部戦線の貴族たちは真面目なヤツが多い。そして告白とかそういうの以前に、男でも女でもアストリッドの事を本気で好き(LIKE)になってる連中だ。その思いを知っているから、見ていてなんとも言えない気持ちになってくる。権力目当てのいけ好かない連中を見てるとイライラするけど、本気のヤツは応援したくなるんだよね。


 まぁアストリッドだって、突然告られても応えようがないよな。うーん、真面目ちゃんすぎるのが裏目に出たのだろうか?過ごした時間は長いけど、今までアプローチしてたのはアントワーヌだけだったし。


 アントワーヌのアプローチも、チープな褒め言葉を並べてるだけなんだよね。女子はあれで落ちるもんなんだろうか。普段の冷静さがあれば絶対モテるアントワーヌだけど、アイツはテンション上がると化けの皮が剥がれるんだよな……






 アントワーヌは空回りしすぎだけど、これだけシャイな西欧人が多いなんて、俺には新鮮な体験だった。兵士のみんながアストリッドに告白できないのはまだ分かるけど、貴族だったらもうちょい自信持ってもいいと思うんだよね。若い男女が長い間行動してたのに、カップルが一組も誕生しないで終わろうとしている。北部戦線の騎士連中は、日本で言えば草食系男子の集まりなのだ。


 ウブなだけじゃなくって、俺からすれば保守的な考え方のヤツが多いかな。これはこの世界全体に言える事だ。俺がヨーロッパにいた時の、西欧人に対するイメージとは大きく異なる。リズ曰く、「時代」が違うから、だそうだ。







 思えば、俺はこの世界に来て多くの友人を作れたと思う。特に、約二カ月間も一緒に戦ってきた北部戦線の連中はもう家族みたいなもんだ。ミーナとは本当の家族になろうとしている。ステファンとはずっと一緒にバカやってきたし、南部戦線に合流してからはバーティとアントワーヌに何度も助けられてきた。




 アントワーヌなんてカエルラの皇族だしなぁ。アイツは将来出世するタイプだしね。いつもは後方で俺たちを支援してくれているアントワーヌも、俺たち北部戦線の大切なメンバーだ。十字軍はもうすぐ終わりそうだし、今日の親睦会はアントワーヌも連れてきている。アストリッドと顔を合わせるのは久しぶりのはずだ。


 そういやアントワーヌの奴、何故か今日は端っこで大人しくしてたな。あれだけアプローチしてたアストリッドにも、普通に挨拶しただけだった。


 普段通りに落ち着いてたけど、パーティーでは上機嫌になるヤツだから、楽しんでないのは逆におかしい。それをステファンに尋ねようとしたけど、あいつソランジュさんがいないから落ち込んでんだよなぁ。


 ステファンは、今日こそソランジュさんに自分の気持ちを伝えようとしてたんだけどね。愛の告白のために、一丁前に新品の制服を着て来たしな……


 何でも、ソランジュさんはアリヴェーニュ公爵に呼び出されて本国に帰ったらしい。緊急の用事らしく、今日の朝イチに呼び出されて世界樹へと向かってしまった。ステファンは気合入れてきたんだけど、結局今日も告れなかったわけだ。


 ステファンは、別室で花束ダズンローズを持ったままソファに座り込み、抜け殻みたいになっちまった。温室を持つポルタヴァの貴族たちに頼み込んで、二人で一緒にバラを集めたんだけどなぁ。一世一代の勝負に挑もうと思っていたのに、舞台にすら立たせてもらえなかったんだから察するに余りある。


 ステファンは絶望した。うん、これしか言えねぇ。ステファンを応援していた俺も、正直かなりショックを受けている。「告白するならバラを用意しろ」と言ったのは俺だし、花束をラッピングしたのも俺である。俺がソランジュさんの役を務めて、プロポーズの練習も付き合ってやっていた。


 ソランジュさんはパーティに参加すると言ってたんだけどね。昨日もパーティ楽しみにしてるって言ってたから、まさか急にいなくなるなんて思いもしなかった。


 だけど、こうなっちまったのは完全にステファンが悪い。前から好きだったんだろ?十字軍の間にいくらでもチャンスあったんだから、もっと早く告っとけよ……


 ソランジュさんは本国に帰っちゃっててパーティーに参加してないけど、美人だし、伯父があの人(アリヴェーニ公)だからねぇ。もし参加していれば、アストリッドみたいに男共が群がっただろう。そしたら、練習ですらカミカミだったステファンだって男を見せたさ……


 まぁ、ソランジュさんは俺やミーナのボディガードとして一緒に行動する事が決まっている。おそらくソランジュさんが本国に帰ったのもその関係だろう。十字軍が解散になっても、俺がステファンに会いに行けばいくらでもチャンスはあるわけだ。







 しばらくはソランジュさんと一緒に行動できるんだよなぁ。そうだ、アリヴェーニュ公爵の家には、幼い頃の肖像画があるらしいから絶対見に行こう。ソランジュさんの親御さんもそこにいるらしいし。


 そういや、12月になったからもうすぐクリスマスなんだよな。日本ではクリスマスは恋人と過ごす日になっちゃってるけど、本来ヨーロッパでは家族で過ごすのが一般的だ。ソランジュさんのシェレル家も、田舎の実家に集まって親戚一同で過ごすらしい。


 アリヴェーニュ公爵のおかげで親戚みんなが出世して、クリスマスが毎年豪華になってるんだとか。クリスマスでアリヴェーニュ公爵が威張ってるかと思えばそうではなく、普通に準備を手伝っているそうだ。












 アリヴェーニュ公爵と交渉するにあたり、ソランジュさんにどんな人なのか聞いてみたことがある。その中で、ソランジュさん自身の生い立ちを聞くこともできた。ソランジュさんは、伯父であるアリヴェーニュ公爵と一緒に住んでいたことがある。三才の頃から十年近く一緒に住んでたそうだ。




 ソランジュさんは幼い頃病弱で、発熱を繰り返していたらしい。治療には医者だけではなく、清潔で栄養のある食事が必要だった。貧しくて病気になったのだろう。それだけギリギリの生活をしていたそうだ。


 ソランジュさんの家族が貧窮する原因を作り出したのが、シェレル家の出世頭であるアリヴェーニュ公爵に他ならない。アリヴェーニュ公爵はカエルラを真の覇権国家へと導いたが、改革には必ず虐げられる人たちが存在する。







 アリヴェーニュ公爵は、宗教対立を利用して攻め入ってきたアルビオンとレタレクティアを撃退し、ついでに国内の反乱分子を一掃してレタレクトの領土までかっさらっている。


 それが終わると、国内貴族を弱体化させて領地を買い上げ、領主に縛られていた農民を解放した。まぁ自由になるわけじゃなく、皇帝が派遣した知事がかわりに支配するんだけどね。これにより、カエルラは官僚(任命・猟官制)による中央集権(ひいては主権国家体制)を確立することになる。


 シェレル家が貴族なのに貧しかったのは、領地経営が上手くいかず、買い上げられた土地の価格以上に借金していた事が原因だ。戦争と改革で、(封建・帯剣)貴族は没落してしまったのだ。その真っ只中にソランジュさんは産まれていた。




 貴族のさまざまな特権(ポーレット法等)を剥奪し、売官制に終止符を打ったので新興のブルジョワ層(法服貴族)も敵に回した。急進的な改革で景気は後退し、民衆も怒りをあらわにする。その後経済は立て直したが、貴族も民衆も、権力が集中することに恐怖を感じていた。


 宮廷で孤立していたアリヴェーニュ公は、世論からの批判が強まり味方をどんどん失っていく。疲弊したアリヴェーニュ公は、信頼できるパートナーを必要としていた。そして、心の拠り所となる存在が必要だったのだ。


 そこでソランジュさんは両親と一緒に、地方の貧しいシェレル家から宮廷へと招かれる。両親はアリヴェーニュ公爵の改革を支えた。幼いソランジュさんは、癒しキャラとしてアリヴェーニュ公をほのぼのさせた。カエラコリス近郊のお屋敷でソランジュさんは療養生活を送り、両親とアリヴェーニュ公爵が国を変えるアイディアを出し合うのを毎日眺めていたそうだ。


 元気になって成長したソランジュさんは、アリヴェーニュ公によくなついていたらしい。とびきり美味い洋菓子を、いくらでも食べさせてくれるしね。


 アリヴェーニュ公は皇帝にも見放されかけたが、ソランジュさん一家の支えで更に改革を進めてゆく。こうして今の覇権国カエルラがあるわけだ。








 これはアリヴェーニ公爵から聞いた話だが、「ソランジュを救いたい」と思う気持ちが、「国を良くしたい」という政治家としての原動力になったそうだ。



 ソランジュさんのご両親は、娘と自分たちを助けてくれたことに感謝しているそうで、今もアリヴェーニュ公爵の下で働いている。


 ソランジュさんも恩義を感じているそうなのだが、政治家としてのアリヴェーニュ公爵は嫌いらしい。


 国内外でいくつもの戦争を繰り広げ、商工ギルド解体などの改革を断行して従わない者は容赦なく処刑し、枢機卿なのに教会よりもカエルラの国益を優先する。アリヴェーニュ公は「人」を踏み潰して「国」を成長させた。



 ソランジュさんは、幼い頃は分からなくても、伯父が冷酷なマキャベリストだと気付いてしまったのだ。ソランジュさんは、「あの人は教会の導き手として相応しくありません」と俺に言ったことがある。ソランジュさんは信心深い人だからね。


 ソランジュさんの両親も信心深い人なので、アリヴェーニュ公の政策に反対することも度々あったそうだ。だけど今はすっかり変わってしまったらしい。「貧しくても力強く生きていたから尊敬していたのに、今は富に仕えてしまっている」ソランジュさんはそう言っていた。





 結果的に、今はカエルラの貴族も国民も、アリヴェーニュ公爵の改革以前よりも「相対的に」豊かになった。資本と労働力の流動性が高まり、農業でも商工業でも合理化が進んだ。社会制度や工業力に差がありすぎるためアルビオンには劣るが、土地を拓いて東へ拡大するだけの成長しかしていないレタレクティアの生産性に差をつけていくことになる。



 カエルラを豊かにすることで、ソランジュさんのように苦しむ人たちを貧困から救いたかった。アリヴェーニュ公爵は俺にそう言ったが、ソランジュさんを苦しめたのはお前なんだけどね。短期的に見れば、アリヴェーニュ公爵は国を破壊して貧しくしている。そして富は、ソランジュさんの言うように人を変えてしまうのかもしれない。


 だけどまぁ、今のソランジュさんが健康で生きていられるのはアリヴェーニュ公のおかげだ。アリヴェーニュ公爵は正しいのだろうか?


 俺には、何が正しいかなんて分からない。俺はミーナやリズを苦しめていないと、自分が正しいと言うことなんかできやしない。

投稿にかなり時間がかかってしまった(汗)数ヶ月って数日ですよね(大汗)



挿絵(By みてみん)

渉が見たがっていた九才のソランジュ


すくすく育ったので身長が高めです





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