45 大国と小国
ポルタヴァ城塞都市、その西門と南門の外には新市街地が広がっている。
南門の先、そのまま新市街地を抜けると丘の上に築かれた要塞があって、そこからポルタヴァ一帯を見渡すことができる。この要塞内にはレタレクティア皇族の屋敷が建てられていて、丘の頂上にあるので見晴らしが良い。ポルタヴァ城主であるハンス・セバスティアン・フォン・レタレクティアの一家は、ポルタヴァを占領されている間をこの屋敷で過ごしていた。
ちょうど今この屋敷では、ポルタヴァを解放した十字軍の英雄が招かれており、所属する国家の垣根を超えた親睦会が開かれている。未だ戦時中ではあるが、ポルタヴァを奪還した祝賀会の意味合いが強い。
招待されているのは軍服を着た貴族達だ。渉と共にポルタヴァ入城を果たしたカエルラ近衛騎士団の騎士、ポルタヴァにいる各国の将校、そして世界樹を取り戻した北部戦線のメンバーも参加している。
ポルタヴァの新市街にはロンカリア大公の別邸があって、現在そちらでは三大国の外交官が集まっている。ポルタヴァに元々滞在していた総領事や、世界樹を通して各国から派遣されてきた大使及び使節達だ。ポルタヴァ城主のハンス・セバスティアンと、ロンカリア大公はこちらに参加している。
この会合も、表向きはポルタヴァでの勝利を祝う類のものである。三大国の外交官達は勝利を祝いつつ、食事をとりながら魔族の扱いについて協議していた。
カエルラとアルビオン、そしてレタレクティアの三大国は、ここ数日で表面化してきた「ある問題」に頭を抱えていた。というのも、小国達が捕虜となった魔族の取り合いをしているのだ。彼らは腐敗したレタレクティア将校から魔族を買い取り、自国の戦力とするために飼い慣らそうとしている。
魔族の中でも特に邪龍は、戦況を一変し得る存在である。小銃では倒せず、質の高い騎士でなければ討ち取れない。カエルラの騎士ですら大勢の死者を出した。小国同士の戦いなら、数体の邪龍がいるだけで戦争の流れが変わってしまうだろう。邪龍は国家間のパワーバランスを容易に崩してしまう存在だった。
各国が魔族を軍事利用していくには、魔族に対する風当たりを変える必要がある。魔族を利用する明確な目的も必要だ。でなければ、一体なんのための十字軍だったのか、と諸外国からだけでなく国内からも反発が起こるだろう。それ以前に、人類にとって脅威である魔族、まるで悪魔がこの世に放ったような存在を受け入れるのは容易ではない。
こうしてポルタヴァ奪還が見えてきた十字軍後期から、各国の間では魔族の軍事利用に関する議論が活発になっていた。最も有力な根拠とされたのが、「鬼には鬼を」という理屈だ。邪龍には翼があり、いつ襲われるかわからない。各国の新聞各社は魔族の恐怖を毎日のように叫び散らし、対策として「捕虜としたドラゴニアを飼い慣らす必要性がある」と説いていた。邪龍には邪龍をもって対抗すべしということである。
彼らの主張では、アダマス海西部に面する「オスティナグモ山脈」には逃げ延びた魔族が潜伏していて、そこで邪龍が息を潜めているのだという。オスティナグモはこの世界最大の山脈であり、全体的に標高が高く、人が住むには適さない地形だ。昔から魔族の生息地になっていた。この山脈に近いレグニスタを中心として、ドイツ系諸国は十字軍後の魔族の恐怖を煽っていた。ここでいうドイツ系諸国には、カエルラとレタレクティア、二つの帝国の一部となっている国々も含まれる。
彼らは継戦を望み、更なる捕虜を欲した。それは騎士道に反するとして、この議論の全てをレグニスタの王子は気に入らなかったが。それでも、ドイツ系諸国が団結しつつある光景を見て、バルトロメウスが胸の高まりを感じたのは間違いない。
結局、魔族は未だレタレクティアの広大な領土を占領しているにもかかわらず、敗北を受け入れて十字軍は役割を終える。魔族は撤退を開始しつつあり、戦後賠償は問われない方向で調整されている。今後の交渉においては、今まで捕虜となった魔族の扱いが最大の焦点になるだろう。
渉が望むのはミーナの未来であり、ミーナが人間社会で暮らしていける環境を作り出すことだ。各国を誘導したのは渉だった。エズリーズは知識を提供したが、渉がこれほど上手くまとめたのは予想外だった。
渉は、こうした状況がミーナにとって利益になるものと考えて行動した。メディアからの質問には積極的に答えて邪龍の脅威を煽り、個別の取材ではミーナも同席させて思いのままを語らせた。母を殺されて人間を嫌ったが、それでも人と生きていくと決めたミーナは、幼くも辛辣に魔族を批判する論評も相まって人々の好感を得ていた。
邪龍を捕虜にできるのは、同じく空を飛べる渉とエズリーズしかいない。十字軍の攻勢を支援する際にはなるべく邪龍を捕虜にした。邪龍の捕虜が増えるほど、各国の捕虜獲得への期待も高まっていく。一方で、それは邪龍の拡散に反発する人々の恐怖が現実味を帯びる事を意味していた。
特に、教皇庁からの影響を受けるカトリック信徒からの反発は必須だ。教会は魔族が蔓延るなど容認できないし、カエルラの国益にも反する。枢機卿達は状況を鑑み、聖座からの厳かな宣言を出すべきとも考えていた。
結局は、渉の説得を受けた「アリヴェーニュ枢機卿」が働きかけ、枢機卿達は批判を止めた。教皇庁内でそうした雰囲気になると、教会からの圧力が弱まり捕虜争奪戦は一気に加速する。
そしてまたこの流れを止めるのも渉だ。ポルタヴァで行われている会議を主導しているのが渉だった。「魔族を軍事利用しようとする国家には制裁を科し、魔族側の捕虜は全て返還する」この内容が、三大国の提案で講和条約に組み込まれる。
カエルラは騎士の強国であり、それに対抗し得る魔族の拡散を望んでいない。アルビオンとレタレクティアはカエルラ騎士への対抗策として邪龍に目を付けていたのだが、小国同士が潰し合って盤上が混沌となる事態は避けるべきとの結論に達していた。
軍事利用ができないのならば魔族を抱えている必要もない。しかし、それで捕虜を内密に処分することを渉は良しとしない。ミラジットとの約束を果たすためだ。金塊による「錬金術外交」で、捕虜となった魔族は解放されていくことになる。解放されたドラゴニア達は、自らを捕らえた大精霊に結局は救われることになるだろう。飼い慣らすために境遇は悪くなかったが、ドラゴニア達は人間に従う気など微塵もなかったのだから。
ポルタヴァを始めとした水面下の協議を重ね、カエラコリスの地にて三大国は十字軍後の世界を構築する。その鍵となるのが渉なのは明白だった。エズリーズの外交感覚を頼りに、しかしそれよりも若く攻撃的で、どこから調達したのか分からない無尽蔵の資産をぶつけてくる。彼らはこれから旅に出ると言うが、各国は表面上は親しげに、そして危機感を持ってその動向を注視せざるを得ない。
平和な国で学生生活を送っていた一人の青年と、人間が嫌いだった赤毛の精霊。二人は旅に出る前に、その疲れを日本に帰って癒すだろう。二ヶ月ごとに世界は繋がれ、もう間もなくその日を迎える。
日本へ帰る前に、渉は共に戦った仲間達との交友を深めていた。
次回でやっと一区切りできそうです。
最後はほのぼので終わりたいんですが…もう数日かかりそう(汗




