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43 戦の終わり

 ……我々がソカーニルの力を目の当たりにした頃には、何千もの邪龍が見守る中、世紀の決闘が行われていた。ご存知の通り、大精霊のウォーカーが一騎討ちでアーヴィンスラードを()()()()()()()()()。結果として、ミラジットとアーヴィンスラード、邪龍の首領である両名が降伏。城塞都市ポルタヴァは十字軍へと明け渡されることになる。ドニエプル川を越えた我々は、百万を超える魔族が防衛する一帯を僅か二千の兵力で突破し、一人の損失を出すこともなく世界樹を取り戻したのである。


 ミラジットとアーヴィンスラードが降伏したことにより、南部戦線はあらゆる事態が急速に収束していった。魔族が撤退を受け入れたのである。


 ミラジットと十字軍側で合意に至った内容を「長老マルフュール」も承認。マルフュールの軍勢も、まるで準備を整えていたかのように東へ帰って行った。


 魔族側はオジクスを失った時点で、戦争を続ける目的も意欲も失っていたのだ。邪龍とドラゴニアの損耗は少ないが、その他の種族は最前線で使い潰されている。戦争が長引くにつれて補給状況も悪化していただろう。


 魔族は図体ずうたいの割に、最低限必要な食事量が少ない。人間よりも兵站の負荷が少ない魔族だが、補給線が伸びきった状況での冬営は厳しかった。人間の軍隊であれば、(そもそもドニエプル川全域に何百万もの兵を配置できる単独の国家など存在しないのだが)あらゆる物資が欠乏していたのは容易に想像がつく。それでも餓死者を出さなかったのは、ミラジットの手腕が優れていた証である。


 支配種であるドラゴニアの方も、絶対的な王であり精神的支柱であるオジクスを欠いた影響は大きかった。オジクスの後を継いだミラジットは、元よりこの戦いに反対していたドラゴニアである。捕虜のドラゴニアからその情報を得ていた大精霊は、単独で敵陣に乗り込み、和平への道を切り開いたのである。





 もう一つ重要な点がある。彼らが積極的に戦いに関与しなかったためその重要性を語られることは少ないが、ドラゴンが本格的に邪龍に加担していたら、戦況はどうなっていたであろうか。ドラゴンとの戦闘になった事例は少ないが、たった一体のドラゴンが現れるだけで、我々は苦戦し、大混乱に陥っている。


 私自身、マラピャチ防衛戦にてドラゴンと対峙した経験がある。あの時は運良く討伐できたが、次会う時は頼もしい味方になっていた。ドラゴンを束ねる「精霊龍ソカーニル」を大精霊の二人が説き伏せたことは、我々が勝利する絶対条件の一つだったのである。三百年前に我々と共に戦ったドラゴンは、再び邪龍と戦う道を選んだのだ。





 カエルラ帝国首都「カエラコリス」の地にて、最終的な終戦交渉が行われた。今まで交渉に参加していなかったマクシミリアノ共和国を加えて合意に至り、青の丘(カエラコリス)にて調印された講和条約がまた一つ増えることになった。


 魔族がいくら醜い容姿をしていて、我々よりも知能が低い存在であり、信仰を持たない不信心者インフィデルであったとしても、あの軍団を侮ることは決してできない。和平が最善の道であった。我々十字軍にも、戦争を継続する余力が残っていた訳ではない。人類はこれほどの人員を投入した戦争を経験してこなかった。戦争を継続するために、各国が共同してようやく戦線を支えられたのである。



 撤退を受け入れない魔族がレタレクティア領内にて潜伏しているが、殲滅は順調に進むだろう。魔族に破壊された地域の再建も同様だ。現在の「レタレクティア冒険者ギルド」の賑わいを見れば分かる。主要都市には軍の特派員が常駐し、復興に関連した依頼が増えている。そして冒険者にとって元の依頼者である各地域の貴族、教会、商人らの求めに応じて問題を解決していけばよいのだ。


 半年の間は「カエラコリス条約」にて保証されているため、レタレクティアに攻め入る国もない。必要に応じて軍が投入されるだろう。


 各国の冒険者ギルドにも、レタレクト側から高ランク冒険者集団に声をかけているとも聞く。今回我々が相手にした魔族は強力なものが多く、組織的である。偵察や討伐の依頼で軍から高額な報酬が提示されているが、冒険者の諸君はどうか無茶をしないでほしい。





 脅威が完全に取り除かれたのではない事を承知している。しかし、大精霊二人が尽力したこの勝利は尊いものだ。「セブンスランクルーク」の従軍記章を持つ者なら分かるだろう。


 記章のルークは、エズリーズとウォーカーの二人を示すシンボルである。このシンボルは我々人類が団結した象徴であり、魔族にとっては悲劇の象徴である。


 魔族だけでなく、この二人に敵対するものには悲劇が訪れるであろう。


 バルトロメウス=フランケ




















 ポルタヴァ城塞都市の近く、時刻は十五時ほどである。




 地面に打ち付けられた角材の上に、缶入りの炭酸飲料が置かれている。アーヴィンスラードは、五メートル離れたところからM19を構えて狙いをつけた。


「精霊なら約束は守れよ、この銃はいただきだぜ」


 リボルバーを構えた状態で、アーヴィンスラードは大精霊の二人を睨む。


「男に二言はない」


「女にも二言はないよ」


 それを聞いたアーヴィンスラードは、この距離ならば十分当てられるはずだ、とたかをくくっていた。狙いをつけ、ゆっくりと引き金を引く。銃声とマズルフラッシュを散らしながら弾丸が発射される。


「ガク引きだな」


「ガク引きだね」


 大精霊二人は口を揃える。アーヴィンスラードは、一度きりのチャンスを逃して呆然と立ち尽くしてしまった。


 渉は、立ち尽くすアーヴィンスラードからM19を取り戻し、さっと銃を構えた。引き金を引く。


 豪快な破裂音と共に、飛沫を上げて缶が四散していた。銃をゆっくりとホルスターに仕舞った後、振り返ってドヤ顔を決める。近づいてきたエズリーズとハイタッチを決めていた。


「これでお前と俺は、一対一の引き分けだな」


 ドヤ顔のまま、渉はアーヴィンスラードにそう言った。


「あんなのは俺の勝利とは言えねぇよ。二回とも俺の負けさ」


 深夜に決闘を終えて、今はその日の夕方である。一日も経っていない。アーヴィンスラードには決闘で負った傷が残っていた。両腕や腹部、頭部にも、渉が処置した包帯が巻かれている。包帯で隠しても傷痕は生々しい。無傷の渉とは対照的だった。


 そんなアーヴィンスラードの傷を隠した部分を、ブロンシュが優しく撫でる。雪原の中、色白のブロンシュは一層儚く見えた。


「こんなに傷だらけになっちゃって……相手はオジクスを倒した精霊なんだよ?どうしてそんな無茶しちゃったのかな?」


 ブロンシュはアーヴィンスラードの目の前でそう言った。


「男にはやらなきゃならない時ってのがあるんだよ。ぜってーに戦わなきゃならない時があるんだ」


 アーヴィンスラードはそう言った。命懸けで戦った事を悔いておらず、誇らしげであった。そんな上機嫌な時には必ず、自分自身の頭を撫でてくれるのが常だった。


「今日は頭を撫でてくれないんだね」


 離れた場所で立つミラジットの方を向いたアーヴィンスラードに、ボソリと呟く。


「ん?何か言ったか?」


 アーヴィンスラードの顔をジッと見つめた後、ブロンシュは笑いながら首を振る。


「もう、心配してほんと損した!ミラジットが待ってるんじゃない?早く行ってあげたら?」


 ブロンシュは気付いていた。二人が結ばれてしまったことに。


 渉とエズリーズの二人は、一人残されたブロンシュを見て、初対面の人物ながら察した。アーヴィンスラードとミラジットを残し、三人はその場を後にする。






 スタスタと歩くブロンシュの後を、大精霊の二人が無言でついて行く。ブロンシュは時折、顔を拭っていた。




 しばらく歩いて、あの二人が見えなくなると、ブロンシュは立ち止まって口を開く。


「ところでさ、貴方達二人も出来ちゃってるのかな?」


 ブロンシュは笑顔でそう言った。それでも、涙は無くとも涙が流れていた跡は残っている。


「私達は親友だけど、それ以上の関係じゃない。この責任は渉に取らせようか?」


 エズリーズがそう言うと、ブロンシュは思わず笑い出した。


「ふふっ、貴方達面白いのね。オジクスを殺して私達を屈服させた精霊だもの。貴方なら悪くないかもね」


 笑い出したブロンシュからポツポツと涙が溢れる。


 女性二人にからかわれてバツの悪い渉だが、彼女のアーヴィンスラードに対する想い、そして戦争で敵対していた者として負い目を感じていた。


「俺はオジクスを殺して、その……アーヴィンスラードを殺しかけた精霊だろ?もうちょい恨まれてるのかと思ってた」


「強者に従うのが魔族ってものでしょう?オジクスを倒したのが精霊であっても、私達は貴方に従うわ。私は半分エルフだから、貴方に興味ないけど」


 キッパリとそう言って、ブロンシュは自身の長く尖った耳を見せた。


「だからオジクスの恨みとか、私にはどうでもいいことなの。貴方の行いがアークとミラをくっつける原因になったけど、それは私の覚悟が足りなかったせいでもあるしね」


 それを聞いた渉とエズリーズは心を打たれた。


「強いんだな。君は本当に強いよ」


「その通りよ。女は強くならなくっちゃ。貴方達もソカーニルみたいに食事できるんでしょう?私に失恋させた分、街でたくさんおごってもらうからね」


 ドンと背中を叩かれた渉は、気さくなブロンシュに親しみを感じていた。降伏を受け入れた直後であり、とても敵対していた者同士とは思えない。


 彼女に付き合ってあげたいのだが、やるべきことは残っている。バルトロメウス達は気絶したドラゴニアを回収してから夜を明かしており、ポルタヴァに到着するのは夜中になるだろう。世界樹からはアストリッド率いる北部戦線のメンバーがこちらに向かうが、明日の昼に世界樹を出発する予定だ。ともあれ、街に残っている少数の魔族は降伏を素直に受け入れている。


「渉、ここは潔く諦めようか。女を泣かせた責任は取らないとダメだよ」


 本当はバルトロメウスの受け入れ態勢を整えたかったのだが、自分より年上の女の子に弱い渉は、エズリーズの勧告を受け入れるのであった。

この世界の冒険者は殆どが農業従事者で、戸籍を農村に置く中国の民工みたいな存在です。労働力が必要なシーズンは呼ばれて、それ以外は出稼ぎで食ってます。ジュリアの村みたいに農地が少ないけど人口が増えすぎちゃったパターンもありますが、大抵は「囲い込み」で追い出された農民です。

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