4 白銀の王女 下
会議は静かな熱気の中終わり、各自持ち場に戻った。
「殿下こちらをどうぞ」
ユーニスが紅茶を入れてくれた。彼女、ユーニス・チェルムスフォードはアルビオン王国出身で、私付きの女官をしてもらっている。十八歳で、私よりも一つ上だ。とても良くできたメイドである。美しい金髪と凛々しい顔立ち、そして立ち振る舞いが、貴族出身であることを示している。
アルビオンの家事使用人は質が高く、質の高い使用人は貴族のステータスになる。家事使用人の育成学校もあり、そこから世界中で働く使用人を輩出している。ユーニスはアルビオン側から紹介されて雇ったのだが、何でもこなせるし作法も完璧だ。城の中ではメイド服だが、戦場でメイド服では場違いなため、今はラフな騎士の格好になっている。
「本日はクレープをご用意いたしました」
銀のクロッシュを開けるとラズベリージャムの乗ったクレープが出てきた。美しく盛りつけられており、本当に食べるのが惜しい。
「焼きたてのクレープに冷たいクリームの甘味、そして甘酸っぱいラズベリー……やはりユーニスの腕は確かね」
「有難うございます。殿下」
料理も城のシェフと肩を並べることが出来る。貴族出身だが、お願いすれば何でもやってくれるので、よく食事も作ってもらっている。
魔族が不穏な行動をとっていることは分かっている。戦はもう目の前だ。だが先の作戦会議でも出たように、防衛体制を整えた我々から攻めることはできない。敵の数は我々よりはるかに多い。いずれ攻めてくるだろう。
こういう時は焦っては負け。それに戦いの前に甘いデザートを食べると、よく戦える気がする。クレープを食べ終えてユーニスが皿を下げていく。
「それでは失礼いたします。殿下」
紅茶を味わいながら、去り行く私のメイドを眺めていた。
「ユーニス、アルビオンの兵士たちはどんな様子だった?」
紅茶を飲み終え、カップを下げようとしていたユーニスに質問する。
「魔族による大規模な攻撃が予想されるため、気を引き締めているようでした」
この世界最強の国家は、領土が広大であり、騎士の育成に力を入れているカエルラ帝国である。だが、平民の軍隊同士での戦いならアルビオン王国に軍配が上がる。
アルビオン王国は兵器開発や戦術研究が最も進んでいる国で、工作機械の導入も進めており工業分野で他国に抜きんでている。アルビオンの開発した『対空砲』なるものは大砲を上空に向け、砲弾を空中で爆発させることにより空中を制圧するものだ。爆発させる時間を調整することが可能で、翼竜との戦闘で非常に威力を発揮しており、ドラゴンを地面に叩き落とすこともできるそうだ。
それだけではない。今回の魔族との戦闘では地上の魔族にも威力を発揮し、敵に大きな損害を与えていた。次の戦いでもアルビオンの兵士達はその力を存分に発揮するだろう。
二大国は戦争経験のない私に派遣軍団の指揮を一任してくれた。私は、アルビオンの士官たちと先ほど話をしたが、ユーニスもアルビオン側とコンタクトを取っているのは間違いない。
「ユーニスが騎士の恰好で給仕をするのも様になるな。執事服なんてどうだろう?ユーニスなら似合うと思うぞ」
女性に男装させるのはよくないのだろうが、間違いなく似合うだろう。彼女は礼を言った。本当に用意してみたいところだが、怒るだろうな。
ユーニスと他愛もない話をしていると、外が騒がしくなった。
「殿下、見てまいります!」
「いや、私も行く」
二人で天幕を飛び出す。各々、前方の森林の方を見て立ち止まっている。中には行動に移している者もいる。私も、人混みをかき分け先頭にて見てみると、森からゴブリン達が飛び出していた。それだけではない。あれは……
「ヘルハウンドか!」
走り出すゴブリン達をよそに、ゆったりと黒き獣たちが姿を現す。見た目は犬のそれであるが、高さで見れば横にいるゴブリンよりも大きい。あんなものに捕まれば、人間など相手にならない。
信号ラッパの奏者に指示して横陣戦闘配置をかける。多くの将官達が傍に居たので、彼らには直接細かい指示を出した。
布陣は正面に隣り合う横陣を二つ引き、左翼がライゼンリード軍、右翼は冒険者や志願兵たちの寄せ集めだ。周辺国家の軍団は右翼後方で予備。カエルラ及びアルビオン派遣団は、それぞれ広く展開している。先ほどの会議で決定した布陣通りだ。
「翼竜の数が多い。アルビオン重砲には、射程内に入り次第対空射撃に集中してほしい。それまでは正面砲兵と共に地上の砲撃を。今すぐだ」
将官、および伝令が飛ぶように散らばる。
「左翼は任せるぞ、ランヴァルド。私は右翼に行く」
左翼はライゼンリード軍指揮官である爺やに任せる。爺やなら大丈夫だ。御年六十を超えながら不敗を誇り、父である国王から退役を許されていない。特に守りの爺やは強い。爺やに見送られ、私は右翼で直接指揮を執るため、ユーニスらを連れて出発した。