38 狂えるオルランド 下
ソカーニルとミラジットは、タブレットで丘の戦闘の様子、グローバルホークの偵察映像を見ていた。俺もタブレットを持っているが、俺の方にはポルタヴァから出発した邪龍たちの様子が映っている。ここは野営地から離れているから、銃声は全く聞こえない。静かだ。
俺のタブレットには飛行する無数の邪龍が映っていて、その中の一人にロックオンカーソルを付けてタグ付けしている。タッチパネルを操作して、そのドラゴニアを拡大した。コイツが指揮官である「アーヴィンスラード」と言うドラゴニアらしい。
南部戦線のポルタヴァ以北を担当していたアーヴィンスラードは、「一対二の法則」で戦線を構築していた。邪龍を飛ばしてこちらの動きを正確に把握し、十字軍がその地域に一万人なら、アーヴィンスラードは二万の魔族を半包囲状に配置してくる。
ドニエプル川を越えたこの戦線では、魔族側が広く厚い前線になっているのに対し、十字軍側は間隔を空けて部隊を配置するのがやっとだ。兵数に違いがありすぎる。魔族側の戦略予備(予備兵力)は豊富だが、十字軍側は最低限しか確保していない。
これは主に食料の問題だ。魔族は魔力をエネルギーとして生活していけるので、兵站にかかる負荷が人間よりも少ない。例えばゴブリンやオーガは一週間食べなくても問題なく活動する。その状態で戦わせると、食欲を満たそうと逆に奮闘するらしい。ミラジット曰く、食事をしようがしまいが彼らは常に飢えていて、食料を与えるだけ無駄だそうだ。
数的に不利な十字軍だが、こっちには銃がある。マキシム機関銃(自動火器)はまだ発明されていないけど、ゴブリン程度なら火力で粉砕できる。
一番厄介なのが、カエルラ騎士でしか対抗出来ない邪龍だ。重装甲なのに高機動、オマケに空を飛ぶ。「ドニエプル川を越えろ」と俺に命令されたバーティーは、この邪龍の対策に苦心した。考え出したのが、ライフル兵の大隊にカエルラ騎士を付けて深く攻め込み、邪龍を誘引する「囮作戦」だ。今までは前線にまんべんなくカエルラ騎士を配置していたのだが、バーティはこうした部隊をいくつか編成して集中的に利用した。大勢で攻め込めば邪龍は分散するが、箇所を絞って攻め込むとそこに群がる。馬鹿げた作戦だけど、切り込み部隊が奮戦すれば効率よく邪龍を狩ることができて、それによって前線を押し上げることが可能になる。
この作戦の鍵となるライフル大隊は、生半可なヤツには務まらない危険な任務だ。囮部隊にはすぐに邪龍が群がるが、その間にも周囲の魔族が押し寄せてくる。生き延びるには、邪龍はカエルラ騎士に任せて、彼らはひたすら撃ち続けるしかない。
魔族は単純で、この作戦に対策もせず、何回も同じ事を繰り返して敗北を重ねた。だけれども、この世界は弾丸や砲弾を手作りで作っている世界だ。撃つよりも弾を作る時間の方がかかるし、それを前線に運ばなければならない。バーティの攻勢は続かなかった。
十字軍はドニエプル川で睨めっこしてた間に物資を貯めたのだが、その一ヶ月以上蓄えた弾薬が一週間の攻撃で底をついた。その後は再び睨めっこを続けている。戦争がいつ終わるかわかったもんじゃない。攻勢計画が行き詰まって、早期解決を望む声がレタレクティア以外からも上がり始めている。
今回ついてきてもらったレタレクティア帝国東方軍第三軍の兵士たちは、全員が例の切り込み部隊を務めている。俺も何回か一緒に戦ったから分かるが、彼らは特に優秀だ。あの場にいるレタレクティア兵たちの目つき……彼らは、全員が戦い続けることの重要性を知っている。恐怖心で戦闘を放棄することはない。オーガに向けて銃剣突撃を命令されても、それが正しいと思えるなら実行できる人たちだ。彼らは自分の命を全員で共有している。
あの場にいる全員が優秀であり、野営地の戦力だけでオーガを殲滅することは可能だ。テルシオは機動力がないから、包囲して撃ち続ければいつかは崩れる。騎士はカエルラ近衛騎士団だし、バーティが直接率いているから、現地の邪龍とヘルハウンドが姿を現しても問題なく対処可能だろう。
だけど、ここでミーナやミラジット、ソカーニルを活躍させなければ、終戦交渉を俺の望む方向へと持っていくのは難しい。ポルタヴァを制圧すれば、ミラジットと十字軍の間で交渉の最終段階に入る。それまでに、三人が味方として戦った実績が必要だ。バーティには全てを話して、無理言って粘ってもらっている。
「わたる、きこえる?すべてのヘルハウンドをかくほしたよ」
ミーナからの連絡だ。隠れていた五十体のヘルハウンドを支配下に置いてくれたようだ。ミーナとガウナなら絶対に大丈夫だと思っていたけど、二人が無事で本当に良かった。
「聞こえるよミーナ、よくやった。そしたらミーナとガウナは丘の上に戻ってくれ。その他のヘルハウンドには、丘の中腹まで登ったオーガの攻撃をお願いしたい」
「わかった。まかせて」
返信しようと思ったら、ミラジットが親指で空を指している。その方向を双眼鏡で覗くと、飛行する邪龍の大群が見えた。こっちもそろそろ出撃だ。
「バーティ、聞こえてるな?ミーナがそっちに行く。ヘルハウンドを撃つんじゃないぞ」
「了解した。射撃停止を徹底させる」
「こちらは邪龍を捉えた。すぐに出撃する。片付いたらソカーニルを向かわせるから、もう少しだけ耐えてくれ」
「君達だけが頼りだ。神のご加護を」
バーティと交信を終えて、ミラジットが持っていたタブレットを回収した。
全て順調だ。バーティは本当に良くやってくれてる。持つべきものは友達だな。俺は早くもこの戦争に勝った気になっていて、ミラジットは俺につられてクスリと笑っていた。
「悪りぃ。俺が戦う訳じゃないのにさ。一人で勝手に浮かれてたわ」
「いいのよ、貴方の提案に乗ったのは私だから。それに戦闘と言っても、彼らはただ空から落ちるだけ。私とソカーニルの使役術には、アーヴィンスラードでも抗うことはできない」
「アーヴィンスラードとは友人だったな。彼らは拘束してレタレクトに引き渡すけど、身の安全は俺が責任持って守る。交渉が終わったら彼らを解放するから。約束する。」
ミラジットには仲間と戦ってもらう。使役術を使えば制圧は簡単だ。純粋な邪龍はこっちの駒として奪えるし、ドラゴニアも行動不能になる。五百体のドラゴニアに使役術をかけ続けるのは不可能だが、邪龍の支配権を握ればドラゴニアは歯向かえないだろう。ドラゴニアを拘束したあとは、ソカーニルには野営地に戻ってひと暴れしてもらう予定だ。
ミラジットは責任を背負う覚悟を固めている。アーヴィンスラード、そして仲間のドラゴニアからは「裏切り者」と罵られるはずだ。本来であれば、戦争で犠牲になるのはその仲間たちの方だ。ミラジットはどうせ助かるのに辛い選択を選んだ。だから俺も全力を尽くす。ミラジットを後悔させたくないし、ミーナを育ててくれた恩を返したい。
俺の覚悟が決まったところで、装備を作り終えて出発しようとした。もたもたしてると邪龍が通り過ぎてしまう。だけど出撃しようとしたら、ソカーニルの顔色が良くなかった。
「どうしたんだ?」
ソカーニルは何かを言いたそうにしていたが、俺ではなくミラジットの方を向いた。
「ミラ、本当にいいのかい?私がアーヴィンスラードと対峙してもいいんだよ?」
ソカーニルが真剣な表情でミラジットに尋ねた。
「適材適所よ。貴方の方が派手にやってくれるでしょう?その方が都合がいいわ」
ソカーニルは、ミラジットが仲間と戦うことを心配しているのだろう。ミラジットは冷静だが、あのソカーニルがここまで心配しているのが気になる。
「やっぱり降りる、ってのは無しだ。ここまできたら止められない。わかってると思うけど」
「理解しているわ。彼女が心配してくれているだけ。私にはなんの問題も無いわ」
ミラジットはそう言い放った。パッと見た感じ、ミラジットは普段通りだ。表情もいつも通りのポーカーフェイス。なのに、ソカーニルは明らかにそれが嘘であると見抜いていた。
ソカーニルは、ミラジットのことを心配そうに、だけどキツく睨みつけている。拳を握りしめながら。部外者の俺には、二人がどういう心境なのかを想像するしかない。
ソカーニルの言い方からして、ドラゴニアを拘束する能力はあるんだろう。でも、同胞と戦う心構え、これから仲間たちに罵倒される覚悟が、ミラジットにはできてないんだ。
俺は、この二人と全面的な信頼関係を構築できたとは言えない。ソカーニルに指示を出してポルタヴァの邪龍を誘導させたが、彼女に盗聴器を仕掛けて監視した上だ。会議の場では鼻につく政治家や軍人が何人もいて、きっと不快な思いをしていただろう。二人の信頼を損ねることが、二人の行動に迷いを生じさせる。ミラジットとドニエプル川で会ったのが11月19日、今は31日だ。努力はしたけど、二人の信頼を勝ち取ることができなかった。土壇場でこの二人に裏切られたら、本当に何もかもおしまいだ。もし裏切るようなら、俺は飛んで来た邪龍を巻き込んで心中しないといけなくなる。
ここに来て大幅に作戦は変えられない。拘束したドラゴニアはソカーニルに任せるべきか。二人をここに残しても、野営地の方はバーティだけでなんとかなる。だけど、レタレクトのロンカリア大公と近衛騎士団のリシャール、そしてあの場で戦う全ての人たちに、圧倒的な力の差を見せつけることができずに戦争が終わってしまう。この二人の信頼を、この場でどうやっても勝ち取らなくちゃ……
胸元を握りしめて、覚悟を決めた。
「リズには止められてたけど、俺は大精霊として誓うよ」
その言葉に、二人はビックリしたように俺を見た。「確約出来ない事を誓ってはならない」とリズに言われたし、この二人も同じような事を言っていた。戦後どうするかは俺一人で決められる問題じゃない。アストリッドの時もそうだけど、この世界での「誓い」は、俺の知ってるものよりも遥かに重いんだろうな。約束は普通にするんだけど、誓うとなると皆が目の色を変えて真剣になる。
「大精霊として俺は誓う。降伏した魔族は罪に問わない、問わせない。この条件を人間が受け入れず、あくまでも戦争を継続したいと言うのなら、俺がお前たちの味方になって十字軍を叩き潰す」
うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら世界を滅ぼせるかもしれない。二人が味方にならないなら、俺が味方になって世界を滅ぼしてやる。この二人はミーナの育ての親。二人を味方に付けなければ、ミーナの笑顔は守れない。ミーナの将来を守ることに妥協はない。オールオアナッシングだ。
俺は至って真面目なのだが、ミラジットは「何を言ってるんだコイツは」みたいな表情、ソカーニルの方はケラケラ笑っていた。
「突然そんな事を言いだしても理解出来ないけど……貴方は親友であるエズリーズやバルトロメウス、そして人間を敵に回す気なの?そこまでして何になるの?」
「リズは分かってくれるだろうし、バーティやアストリッドは俺を敵に回せばどうなるか知ってるさ。俺はミーナを守るって言ったろ?お前たちがいないとダメなんだ。ミーナが将来笑って過ごせる世界じゃないとダメなんだ」
そこまで言ってようやく本心だと納得してくれたのか、二人は顔を見合わせて表情を変えた。
「君の覚悟は伝わったよ。だけど、君がミーナをそこまでして必要とする理由が分からない。そして、君が私達の為に頭を下げて回っているのは何故かな。私とミラジットをミーナから引き離そうとするなら分かるけど、君はどうして私達も必要としているんだろうか?」
ソカーニルは、俺にチェクメイトを指したような顔をしていた。実はミーナにはとんでもない力が秘められていて、それを得るために俺が動いている、と考えたのだろうか?
「俺がミーナを守るのは、ミーナを失いたくないからだ。本当にただそれだけだよ。以前話したけど、ミーナは撃たれて生死の境をさまよった」
ミーナは赤毛だから、小さいリズみたいで可愛いとは思ってた。邪龍だけど悪い子じゃないのもわかっていた。でも、撃たれたミーナを見る前の俺だったら、人間よりもミーナを優先するようなことはなかったと思う。
「意識を失っている間に、ミーナは夢の中でお母さんと再会したそうだ。夢だけどはっきりと覚えているらしい。それまでミーナは、自分はお母さんに捨てられて生きてきたと思い込んでいた」
ミーナの母親は人間に殺された。それまでも周囲から辛い仕打ちを受けていたのだが、それは娘であるミーナが邪龍だったからだそうだ。ミーナは、お母さんは心のどこかで自分を恨んでるんじゃないかと思っていた。だからお母さんが村からミーナを逃した時も、「自分は捨てられたんじゃないか」と、長い間考えていたらしい。
「ミーナが目を覚ました時に、ミーナは俺に抱きついて泣いたんだ。痛みなのか恐怖なのか、その時の俺には、ミーナがどうして泣いてるのか分からなかった」
しばらくはその理由を言ってくれなかったけど、リストチェントの戦いの後に、ミーナは俺とリズに話してくれた。
「ミーナは思い出したんだよ。お母さんが自分を愛してくれていたことを。痛みでも恐怖でもなかったんだ。それを思い出して、嬉しくて悲しくて、ミーナは泣いていたんだ」
ミーナの過去をその時初めて知った。ミーナは、レタレクティアの逃亡農奴たちが作った村で育ったのだ。見つからないよう森をひたすら東に進み、開墾した土地で自給自足の生活を送っていた。厳しい領主の取り立てに不安を持ち、独立してより良い生活を目指していたのだけれど、彼らの生活は以前よりも更に酷いものになった。食料が足りないから、神への供物と称して間引きを行った。結局は新たな領主が生まれて、それは必然的にヒエラルキーを作り出す。ミーナと母親は最下層だった。二人は重労働を押し付けられて体を壊し、母親は火炙りで殺された。
「ミーナは本当に優しい子だ。俺はそんなミーナを守ってやりたい。ただそれだけなんだ」
ソカーニルとミラジットは、黙って俺の話を聞いていた。ミーナは人間への恨みを度々口にしていたらしい。そんなミーナが変わったのを、この二人は一番良く理解しているハズだ。
「君が嘘を言っているようには思えない。すまないな、そこまで言うなら君を信用しよう」
そう言うと、ソカーニルは握手を求めてきた。
「俺はドラゴンとの約束も果たす。ミラジット、ドラゴンの解放に依存はないんだよな?」
それを聞いたソカーニルは首を振った。
「その点は心配してないよ。それは私とミラの問題だ。それに、オジクスの統治下でドラゴンと邪龍は良好な関係を築くことができたんだ」
「そうね。ドラゴンは私達に対する恨みを忘れていないだろうけど、私達邪龍はドラゴンの崇拝を始めている。龍の血が流れてることを誇りに思っているわ」
「確かに、邪龍を恨むドラゴンは多い。でも私は、ミラの事を親友と思っているよ」
二人はハグをして友情を確かめていた。するとなぜか、ソカーニルがその中に入れとジェスチャーしてくる。ミラジットが否定しないので、恥ずかしいけど仲間に入れてもらった。
「そろそろ行こうぜ、このままだと野営地が全滅だ」
短い間だったけど、二人の温もりを感じた。ハグから逃げ出した俺を見て、二人は大爆笑だった。ミラジットがこんな風に笑っているのを初めて見た気がする。締まりが悪い気がするが、まぁいいだろう。それにしても、男連中には強気でいけるんだけど、女性には弱いなぁオレ……
「貴方にミーナを託すわ。ミーナは弱い子じゃない。ミーナには貴方さえいれば十分よ。あの子の未来を守ろうとしてくれている事には感謝してる」
邪龍に向けて飛び立った後、ミラジットが俺にそう言った。二人の信頼を少しでも得られたなら悪くはないだろう。雰囲気は良くなったから、あとは賭けるしかない。
彼女たちの活躍が、戦後の交渉で鍵になる。アーヴィンスラードを誘い出したのはオレだ。ソカーニルをポルタヴァへ戻し、邪龍だけで攻め込もうとしていたアーヴィンスラードの計画をより大規模なものに変更させた。火を起こしといて自分で消そうとしてるんだから、完全に俺の自作自演、マッチポンプだ。
杞憂かもしれないけど、俺は未来が怖かった。ミーナの将来を守りたかった。
勝ち誇って魔族を侮辱する政治家や軍人たちが気に入らなかった。だけど、ヤツらと交渉しなければミーナを守れない。俺は怒りを抑えて交渉を続けた。
ある政治家が言った。
「大精霊はまるで、アンジェリカに恋をした聖騎士ローランのようだ」
バーティに聞いてみると、ローランは異教徒に恋した聖騎士で、戦いもせずにアンジェリカを探し続け、結局は失恋で気が狂ってしまうのだそうだ。
状況は似ている。十字軍の最中に、俺は戦いもせずにミーナの為に交渉をして回った。
俺は聖騎士じゃないし、ミーナを自分の娘だと思っている。でも、ミーナを失えば怒り狂うだろう。そこまで理解していてアリヴェーニュ公は俺に言ったんだろうか?
俺は邪龍の世界を知らないけど、ミーナには立派に成長して欲しい。人間の世界はクソッタレのアイツらが支配しているけど、そこに住む人たちはいい人だ。俺はこの世界に来て、多くの人と触れ合った。アストリッドやバーティのような良い貴族だっている。教育もある。ミーナにピッタリの学校だって決めてるんだ。
俺は結局人間だから、それが正解だと思ってしまう。ミーナには人間として生きて欲しい。それが一番なんだって思いたい。それをアイツらが気に入らないなら、この社会の仕組みを変えてやるだけだ。
猛暑で文章が進まない/(^o^)\




