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37 狂えるオルランド 上

 雲の隙間から月が顔を出して、火花が飛び散る戦場を眺めていた。


 火花は、丘の中腹にて無数の銃声とともに、そして銃弾を受けるオーガ達の盾から飛び散っている。


 オーガ達が持っているのは重厚な金属製のタワーシールドである。人間には使いこなせないであろう重量だ。それを用いてテストゥド陣形(密集して前方と上部を盾で保護する戦術)を組み、その名の由来である亀のようにゆっくりと前進している。もう少しで丘に差し掛かるところである。



「戦場でテストゥドを見ることになるとは思いませんでしたよ。盾で銃弾の雨を通り抜けようとは……今は弓矢の時代じゃないんですけどね」


 バルトロメウスは、隣に立つリシャールに声をかけた。


「どうやら、そう簡単にはいかないようですね……心配事が、また一つ増えましたよ」


 リシャールは、なぜかフィーデルを奏でていた。発砲と跳弾の戦闘音、それとは対照的な、優しげで憂いのある旋律だった。明らかに異様な光景だが、バルトロメウスや近衛騎士団は平静を保っている。


 レタレクティアの兵士達が射撃を続ける中、丘の上ではカエルラ近衛騎士団が馬上で待機していた。指揮官であるバルトロメウス、リシャール、そしてレタレクティア帝国のヨーゼフ・フォン・ロンカリア(ロンカリア大公)の姿もある。バルトロメウスが実質的なこの場の最高司令官であるが、表向きはロンカリア大公の部隊ということになっている。


 この場にいるレタレクティアの兵は、元はドニエプル川以東の地域を担当していたレタレクティア帝国東方軍の所属である。中核を成すのは、最も東部に配置されていた第三軍の生き残りだ。この戦争初期から戦い続けて、それでも生き残った兵士つわものの集団。作戦立案時はカエルラ近衛騎士団のみでポルタヴァ奪還に向かうはずであったが、渉の要請を受けてレタレクティア側が編成した。


 急遽編成されたこの部隊、そしてカエルラ近衛騎士と大精霊を加えた軍団が、帝国の世界樹を奪還する。成功すれば、指揮官にとって最高の名誉となるに違いない。


 この十字軍では活躍した若者が多く、取り分けアストリッドやバルトロメウス、アントワーヌの働きには各国が注目している。そこでレタレクティア帝国から担ぎ出されたのが、皇族であるロンカリア大公であった。


 そんなロンカリア大公の姿は、バルトロメウスとリシャールの二人から少し離れたところにある。


「騎士テオドール……本当に此奴らで大丈夫だろうな……」


 三十歳手前のロンカリア大公は、不安そうな目で隣の騎士に尋ねた。


「噂に名高いカエルラ近衛騎士団ですから問題ないでしょう。確かにリシャール様は少々変わったお方ですが……殿下(ロンカリア大公)は今日到着されたばかりですからね。あの方は毎晩あの曲を演奏されてるんですよ。私は少し慣れてしまいました」


 ロンカリア大公の側に仕えるのは、テオドール・アルブレヒト・テーリヒェン。彼は北部戦線で渉やエズリーズらと行動を共にした、十五歳の騎士である。北部戦線に参加した彼は、オストフチ奪還後にバルトロメウスの元へと派遣されていた。


「それにしても聴いたことのない曲だ。リシャール副団長は作曲もするのか?」


「ショパン作、夜想曲第二番だそうです。 大精霊の使役精霊から教わったとか……大変気に入られたようで、夜な夜な練習されております」


「なにもこのような時に練習しなくてもよかろう、全く……始めはカエルラの騎士だけでポルタヴァを落とすと言っておきながら、大精霊が援軍を要求するから来てやったというのに」


 そう言いながら、ロンカリア大公は腕を組んで左側下方を眺めた。オーガ達がようやく丘を登り始めるところだった。すると程なくして、別の場所から銃声が上がる。今度は右側下方だ。同じように丘の中腹で待機していた兵士達が、テストゥドを組んだオーガの集団に攻撃を開始した音だった。


 ロンカリア大公は、苦々しく顔を歪める。私こそがこの場の指揮官であるのに、何故こうも思い通りにならないのか。ジリジリと二方向から迫るオーガに対して、下にいる兵は無駄弾を消費しているに過ぎない。そして未だに動かないカエルラ近衛騎士団、その副団長は悠々と弓弾きを続けている……


 ロンカリア大公は業を煮やし、バルトロメウスとリシャールのもとへと向かった。


「まだカエルラの騎士は動かんのか⁉︎今すぐ丘を下りて正面のオーガを殲滅しろ‼︎」


 バルトロメウスの目の前まできたロンカリア大公は、丘の下を指して怒鳴り散らした。それを見たリシャールは遂にフィーデルを肩から下ろしたが、バルトロメウスの方は全く臆する様子もなくロンカリア大公と対峙していた。


「落ち着いてください、それこそ奴らの望むことです。敵には邪龍がおります。騎士団が離れれば、奴らは頂上の我々を排除して指揮系統の混乱を狙ってくるでしょう」


「そんな事にはならん!幾らでも方法はあるだろう!全ての騎士を向かわせなくとも良い!下にいる兵達もいつまで無駄な攻撃を続けさせるつもりだ!少数でも敵側面に展開させれば、テストゥドの横腹を突くことが可能だ!もっと効率を考えろ!」


 バルトロメウスは驚いた。ロンカリア大公の気迫ではなく、その正論にだ。箔付けのためにやってきたと思っていたが、彼は単なる無能などではなかった。


「ロンカリア大公の仰ることは分かります。()()()()()()()()()()()()、それは最善に近い手です。ですが、昨日の作戦会議に参加されていませんね?それ以前に、九日間かけて開かれた会議にも参加しておられませんでした」


 ロンカリア大公は全身を震わせながら、小国の若造(レグニスタ公国はロンカリアより少し広いくらいだが)を睨んだ。だが、会議に参加していないのは本当のことだ。黙らざるをえない。


「見えているオーガの数は四千、千を超える予備兵力が控えているのです。そしてヘルハウンドが五十、数は少ないですが非常に危険な存在です。こちらが兵力を細分化すれば、敵はヘルハウンドを送り込んで突破口を開くでしょうね」


 それを聞いたロンカリア大公は、徐々に大きく、唸り声を上げ始めた。


畜生(verdammt)、畜生!どうして俺は外遊なんぞに行かされていたんだ!このような戦いを他国に任せてどうする!『戦いは他の者に任せておけ、幸いなるオーストリアよ、汝らは結婚せよ』畜生めが!」


 怒り狂うロンカリア大公を、バルトロメウス、リシャール、騎士達が見つめる。


「そして、邪龍百体が我々を包囲しているのです。敵は強大なうえに賢い。一歩でも間違えば我々は全滅しかねません。ここはどうか私にお任せを、もうすぐで大精霊が来ます。飛びっきりの増援を連れて」


 バルトロメウスの言葉のあと暫くして、ロンカリア大公はようやく自身の苛立ちを整理し終えた。完全とは言えないが。


 バルトロメウスの言うように、大精霊である渉がこの場に駆けつけるだろう。だが、この場に向かっているのは渉だけではない。アーヴィンスラードが大軍を引き連れてこの場所を目指している。


 渉、そしてソカーニルとミラジットは、上空での戦いを制するべくアーヴィンスラードと対峙していた。



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