3 白銀の王女 上
魔族による組織的攻勢が続いて以来、歴史的に魔族との戦いで中心的役割を果たしてきた『神聖国』カエルラ帝国は諸国に団結を呼びかけた。かつて行われた『魔族に支配される地域に対する征服事業』である『十字軍』の再来である。わが父もその呼びかけに答え、その娘である私、アストリッドは現在侵攻を受けているマクシミリアノ共和国にて戦い始めて十日が過ぎた。
我らライゼンリード軍は共和国首都前方を任される大役を帯びたとはいえ、主戦場は大穀倉地帯を有するアダマス海南部である。カエルラ帝国と、その宿敵である『海洋国』アルビオン王国が互いの長い衝突の歴史を乗り越え団結し、二大国を主力として十字軍が結成された。
我々が戦っているのがいわゆる北部戦線で、南部戦線との間には広大な湖であるアダマス海が目の前に広がっており、二つの戦線を隔てている。南部戦線ではこちらよりも質・量を越える魔族たちの攻勢を防いでいる。
こちらの北部戦線は我らライゼンリード軍が主力となり、被害の想定される周辺国家の軍隊、およびカエルラ及びアルビオン軍からの派遣団によって構成されている。魔族たちは種を超えて戦略的に協力するほど統率されてはおらず、主にゴブリン種のような大型でない魔物たちによる散発的な戦闘が続いているだけではあるが、空を飛ぶ大型魔族のドラゴン、それよりは小型の翼竜などがたびたび現れている。
ドラゴンは発見しただけで交戦していないものの、飛行しており、銃で撃とうが倒れないドラゴンを相手にするのはカエルラ帝国の先鋭騎士たちでしか対抗できない。
ゴブリンなどの数は多いが戦闘力が高くないものであれば我々でも対抗できるが、圧倒的な戦力を持つドラゴンなどの大型魔族はとにかく分が悪い。始めのうちはこうした大型魔族が出てこなかったこともあって士気の高かった十字軍は初戦から快進撃を続けたが、戦線は後退していき、現在は防戦に徹している。
「殿下!魔族たちに動きがあります!」
「分かった」
南部戦線からの報告を目に通していたところだったが、奴らが動き出したらしい。
「至急カエルラ帝国のアントワーヌ団長に報告を」
丘の上に立つテント張りの指揮所から出る。平野部の先にあるワーフ大森林の中に魔物たちは潜んでいるはずだ。その上空では翼竜達が円を描くようにクルクルと飛び回っていた。森の手前では翼竜たちが羽を休ませており、数えるには多すぎる。飛んだり地面に戻ったり、何を意味するのかは分からないが、戦闘のなかったこの三日間には無かった動きだ。
「お呼びでしょうか。アストリッド殿下」
「早いな」
アントワーヌもこの状況を察知していたのか、さっそく現れた。
「それはもちろん。美しき殿下のためならすぐにでも駆け付けますとも!」
「………………」
思わず顔に手を当ててしまった。無礼ではあるが、彼は気に留めないだろう。アントワーヌ・オリヴィエ・ペルナールはカエルラ帝国北部戦線派遣軍団の団長で十九歳。カエルラ皇族分家の血筋で父親はカエルラ帝国に広大な領土を持つ公爵、その次男であるが未だに独身貴族である。私、アストリッド・ユングヴィバリは歳も近く、ライゼンリード王女であり独身の身、であるので大変複雑なのだ……人類を挙げての闘いにもかかわらず、この十日間、食事の誘いだの美しいだの何かと近寄ってくる。
「アントワーヌ……外の状況をどう思う」
ともあれ、この戦いにおいて十日も彼はこの調子だったのだ、多少は彼の態度に耐性が付いてきた。
「そうですね……翼の生えたトカゲとはいえ、翼竜は高速で接近してくるため平民の軍隊では厳しいでしょう。ですがご安心ください、我々が対処いたします」
彼の言う通り翼竜は侮れない相手だ。致命的な攻撃こそ無いものの、口から火を吐くものもいるため(この戦いではほとんどがそうだ)空を飛べない我々には対処が難しく、脅威だ。
「騎士ステファン、君はどう思う」
団長アントワーヌと並んで立つ騎士、ステファン・ルクレール・ローランにも話を聞いてみる。彼は下級貴族の出身であるが、小さいころからアントワーヌと仲が良いらしい。
「翼竜は俺たちカエルラ騎士には雑魚同然だ。ま、群れた鳥みたいに数がいるのは初めて見たが」
ステファンは相変わらず無愛想に答えた。後ろにいる団員達は困ったような苦い顔をしている。この二人、アントワーヌとステファンは、カエルラ近衛騎士団の所属である。
カエルラ近衛騎士団は、平民でも入団することが出来る皇帝直属の騎士団だ。騎士団長はカエルラ皇帝である。副団長が実質的な団長と言っていいだろう。カエルラ帝国にある騎士団の団長は、大抵がこの近衛騎士団の団員でもある。実際の近衛兵の役割と、席だけ置く名誉職という二つの面を内包している。実力主義のカエルラ近衛騎士団ならば、平民でも、多少無礼であっても、忠義を尽くすことが出来れば道は開かれる。ステファンはそもそも貴族出身なのだが。
この状況でのんびりとはしていられない。前方に魔族が集結している件に対し、各国の将校を集めて作戦会議が行われた。