27 ハンマーフォール 下
後退した魔族は再集結を完了しているが動きがない。そして反対側では、間隔を空けた二つの戦列がすぐそこにいた。戦場に響き渡る戦列歩兵の行進を前に、魔族は怖気付いたのかもしれない。二つの戦列の中央には、馬に乗るアストリッドと、その後ろを歩くユーニスの姿がある。俺たちから五メートル程離れたところで歩兵は一斉に停止した。アストリッドとユーニスはそのまま真っ直ぐ俺たちのところまでやってくる。
「バルドとステファンは戦えそうだね。ワタルもあれだけ戦ったけど大丈夫?」
「あの二人はもう大丈夫だ。俺も問題ないよ」
馬上のアストリッドに返事をする。リズの姿がないが、ミーナと一緒にいてくれているはずだ。
「リズ?今はミーナと一緒?」
無線で呼びかけた。
「ミーナと一緒にいるよ。私がミーナを守るから、渉は全力で戦ってくれ」
「ワタル、きこえる?リズはわたしがまもるからしんぱいしないで」
リズの後に、ミーナも無線で交信してきた。
「了解した。存分に暴れさせてもらうよ」
二人の声が聞けて少し安心した。ミーナはリズに任せられるとして、俺は一番前で戦おうとするアストリッドを守らないとだな。
アストリッドの号令と共に、再び前進を開始する。アストリッドがゆっくりと馬を歩かせて皆の先を行く。俺たちがアストリッドの少し後ろに付き、左右には戦列歩兵が展開している。
人狼や邪龍は武装しているが、近接武器だけで弓や銃器の類は持っていない。狙撃の心配はないのだが、指揮官がアストリッドであるのは一目瞭然であり、魔族はアストリッドを狙ってくるだろう。乱戦になった時点で、騎乗の最大のメリットであるスピードは失われる。ただ単に目立つだけだ。だけれども、魔族はすぐそこにいる。戦いの直前になって馬から降りたらバツが悪いのは確かだ。彼女の意思を尊重して、こうなったらとことん守るしかない。
距離を詰める俺たちに対し、魔族はただ眺めているだけだった。だが、遂に奴らが走り出す。アストリッドが進軍を停止させた。そのまま戦列は射撃体勢に移行する。まだ射撃するような距離ではない。砲兵は先程の戦いで(数発撃っただけで)砲弾が無くなり、今回はその砲声を聞くことが出来ない。俺たちが静まり返った一方、魔族たちが遠吠えと地響きを上げて接近する。
手ぶらだった俺は、マガジンを入れるチェストリグ、ハイキャパ(コルトガバメント)とそのホルダーを直接身に付けるように作り出した。予備弾倉をポーチ内に生成し、ガバメントを装填してホルダーに戻す。最後に、いつも使っているM4を用意した。この世界に来て、もうすぐ一ヶ月になる。慣れてきたので時間はかかっていない。
俺たちは武器を構え、アストリッドの号令を待つ。馬上のアストリッドの手には、俺と同じガバメントが握られている。作戦前にアストリッドに渡したものだ。女性には反動が強いかもしれないが、狼を撃つには十分だし、邪龍相手に弾かれるとはいえ牽制にはなる。
全速力で走る狼は早い。大半は邪龍や人狼に速度を合わせているが、死に急ぐ狼たちが先頭を走る。
狼の群れを十分引き付けたところで、アストリッドが引き金を引いた。それを合図に射撃が開始される。
先行していた群れを弾丸の雨で片づけるが、邪龍を含む主力集団が迫っていた。
「突撃、前進しろ!」
アストリッドが叫ぶと、信号ラッパの音が鳴り響く。
「アストリッド!これを!」
俺はガバメントの弾倉をアストリッドに投げた。
「ありがとう」
アストリッドが弾倉を交換している間に、右翼のレグニスタ及び左翼のライゼンリード兵士たちが突撃し、黒色火薬の煙があちこちで上がる。俺は少し浮かんで上昇し、走る邪龍に向けて引き金を引いた。邪龍が避けるまでもなく外れだ。当てられない自分の腕が腹立たしい。
アストリッドは、周囲を兵士達が駆け抜ける状況で馬を歩かせる事すら出来ず、馬を落ち着かせるので精一杯だった。アストリッドには申し訳ないが俺の狙い通りだ。ライゼンリードの兵士達も、それを理解して主人の前を通り抜けている。
二つの波がぶつかり合い、前線は混沌とした状況になった。さっきの邪龍はレグニスタ騎士と斬り合いを始めた。ブースターを横に倒してホロサイトを覗く。誤射は避けたいが、はっきり言って自信が無い。邪龍と騎士が立ち回り、周辺にも兵がいる。引き金を引くことができない。すると、俺の真横から銃声が鳴り、その邪龍の頭が撃ち抜かれた。
「ワタル、ここは私に任せろ。アストリッドとミーナを守るんだろう?」
「リズ!」
リズが次々に引き金を引いていく。リズさんやっぱすげぇな……白兵戦やってるのを狙撃って普通出来ねぇよ。
アストリッドの下に戻ると、ガウナに乗るミーナの姿があった。アストリッドが立ち止まっている間に兵士たちは勢いよく前進したので、戦闘の中心は先にある。
戦場の末梢、戦列の最後尾とも言えるこの周辺にも敵がいて、騎乗する二人を中心に兵たちが応戦する。ソランジュさんとユーニスの姿もある。戦闘の合間を縫ってミーナとアイコンタクトを取り、アストリッドには弾倉を放り投げた。
二人の傍をソランジュさんに任せ、俺は正面を突破してきた狼や人狼をひたすら狩る。その際、戻ってきたステファンと合流した。
ここには邪龍は来ないし、敵の数は少ない。俺ら二人とも、戦いながら手持ち無沙汰を感じていた。物足りないって意味ではないが、ここでは全力を出し切れないような感覚だ。俺はアストリッドとミーナを守りたいから動けない。ステファンは、その二人を守るために戦うソランジュさんの事を守りたいのだろう。
「ワタル、俺はこの先に行く。後は頼んだぞ」
やはりと言うか、ステファンが俺に話を切り出した。頼まれたのはソランジュさんの事を言っているのだろう。「好きならお前が守れよ」って言いたいところだが、俺も人に言える立場じゃないんだよねぇ。
「分かった。左翼のライゼンリードを助けてくれ。ソランジュさんの事は任されたから、存分に暴れてこい」
俺がそう言うとステファンは頷き、狼を切り捨てながら前進してあっという間に姿が見えなくなった。
守らなきゃリストにソランジュさんも追加だ。だが、一時はアストリッドの目の前まで入り込んでいた狼達は駆逐し、負傷した兵士にソランジュさんが治癒魔法を施す余力が生まれている。
この周辺は邪龍がいないので安定しているが、降りる前に上空で見た感じだと、どちらかと言えば敵の勢いに押されている。だが、レグニスタの右翼側から、敵背後に回り込もうとする騎兵の姿を見た。彼ら騎兵が右翼から立て直してくれると信じ、俺はリズを呼んだ。
「成る程、右翼から反撃に転ずる間、左翼は耐え続けなければならない。そこを私が抑えればいいんだね」
「ステファンも左翼に向かわせてある。あいつが戦場を掻き乱してくれるはずだから、リズにはそのサポートも頼みたい」
通信を終えて着地したリズの弾薬を補給し、送り出した。あの二人ならきっとやってくれる。二人で邪龍を狩り尽くしてくれてもいいんだぜ。
俺は正面で戦っていたが、ソランジュさんが左翼側から現れた邪龍と鍔迫り合いを始めた。M4を握り締めて走り、二メートル程まで接近したところで構える。右目でチラリと見たソランジュさんが退き、俺はフルオートで.300BLK AP弾(徹甲弾)を浴びせた。銃弾が当たる度に邪龍から火花が飛び散る。
体のあちこちが欠け、膝を突いているが致命傷ではない。舌打ちしながらマガジンを交換する。普通死ぬだろ、生物なら。
ソランジュさんが、手足を地面に突いて四つん這いになった邪龍にゆっくりと近づく。邪龍の首筋に向けて、剣を斜めに振り下ろした。
だが、切り落としたのは首ではなく腕だった。衝撃で逸れた剣は邪龍の肩に食い込む。即座に、邪龍が反対側の手に持っていた剣で反撃するが、ソランジュさんはそれを後退して回避する。タイミングを見計らっていた俺が、頭に徹甲弾を食らわせた。命中、貫通して倒れたが、念のためにもう二発ぶち込んで止めを刺す。
俺の徹甲弾で貫通しないのに、ソランジュさんは邪龍の腕を一振りで切断してみせた。ライゼンリードやレグニスタの騎士たちも、切断は出来なくとも皮膚を裂き、文字通りの意味で出血を強いている。やはり魔法の類なのだろう。
攻撃が通るとはいえ、一般の騎士では邪龍に対し決定打に欠けている。リズ曰く、邪龍は魔法攻撃に対しても高い耐性がある。特に炎での攻撃は殆ど通らない。ソランジュさん程の腕前でないと一方的に殺されるだけであり、頼りになりそうなのはやはりカエルラ騎士だろう。邪龍五十に対し、こちらのカエルラ騎士は二十名である。邪龍にはドラゴニアも含めて数えていて、ドラゴニアの皮膚は人間となんら変わらない。ドラゴニアであれば兵士たちのライフルでも倒せるはずだ。
正面から、さらに五体の邪龍が現れた。複数の人狼と狼も一緒に突っ込んでくる。強襲する邪龍に向けて、俺とライゼンリード兵が射撃するが止まらない。俺のAP弾ですら完全に弾かれている。恐らく防御魔法で硬化しているのだろう。
「狙いはアストリッドか」
「ええ、そうでしょうね」
そう言うとソランジュさんが飛び出ていく。俺は首元に巻いたスロートマイクを押さえた。
「リズ!悪いがアストリッドの方に戻って援護してくれ!」
奴らはアストリッドの姿を確認すると散開した。騎士や兵士たちがこれを阻止せんと立ちふさがる。
俺は今まで、距離を保って邪龍と戦っていた。防御魔法を使われても、撃ちまくれば邪龍は倒せる。だが、こんな混戦の中では無闇に乱射できないし、距離を取れば邪龍は目の前の人間を殺すだけだ。俺の目の前で邪龍を相手にしている彼らも殺されるだろう。
M4じゃ駄目だ、一撃で邪龍を仕留める必要がある。M4を分解しながら身体強化を発動し、作り出した銃を右脇で挟んで持つ。左側の邪龍一体が騎士たちを殺し、アストリッドに狙いを定めた。
アストリッドも、邪龍をガバメントで迎え撃つ。だが.45ACPの直撃を受けて怯むが止まらない。
目前に迫る邪龍に対し、ユーニスがナイフを放った。ナイフは胸に刺さり、邪龍は信じられないような顔をして立ち止まる。俺は立ち止まった邪龍の真横に着地し、銃口を胴体の至近距離に突き付ける。そして、脇に挟んだバレットM82から.50BMG AP弾を放った。俺の方を向いた邪龍の腹に、今度こそ風穴が開く。
50口径でも無理かと思ったが、固い皮膚さえ突破すれば貫通するか。感慨に浸る暇もなく、起き上がろうとする邪龍に止めを刺した。更に四体の邪龍が突っ込んでくる。俺は右脇に挟むバレットの引き金を引く。アドレナリン全開であり、四発四中で邪龍を撃ち抜いていた。邪龍が倒れると、右上半身の痛みに耐えられず、すぐさまバレットを分解した。
違和感を覚えて右腕を見ると、血だらけになっていた。銃創のようなものが浮かんでいる。たぶん、最初に撃った至近距離の邪龍の時だろう。邪龍の皮膚か50口径の破片か、もしくはその両方が腕に複数刺さったようだ。バレットが壊れてなくて良かった。妙な安心感を覚えた後、違和感だったものが痛みに変わっていく。
俺はとりあえず座って自身の腕を確認し、手首付近の三ヵ所から侵入した鉄片を錬金術で取り除いた。だが、空いた穴から流れる血は止められない。幸いなことに出血個所は狭い範囲に集中している。こういう時はガンパウダー(火薬)を振りかけてライターで焼いちゃえばいいんだっけか?……だがまぁ、下手なことはしない方がよさそうだな。
アドレナリンが引いて頭がボーっとしてくる。座ったまま左を向くと、戻ってきたリズが俺の傍で射撃していた。右を向くと、俺の様子を見たミーナが、両手を口に当てて膝を付いていた。
「大丈夫だ。ほんのかすり傷だよ」
いや、本当にかすり傷だ。疲労か?力が入らねぇし、戦場で座り込むなんてどうかしてる。
冷静になるために、とりあえずイヤープラグ兼ヘッドセットを外し、生の音を耳に入れる。
俺は「イスラエルバンテージ」を作り出し、左手と口を使って袋から取り出した。確かに痛いけど死にはしないはずだ。笑顔でミーナに接したが、ミーナは頻りに首を振っている。
「大丈夫か。私が巻いてやる」
リズが射撃を中断してこっちに来た。リズにまで心配されて、思わず笑いが出る。
「お願いしようかな」
バンテージは俺がお願いする前に取り上げられた。
「至近距離で銃は撃つもんじゃない。特に邪龍にはね。渉は血が流れてるんだから、精霊だからと言って無茶はするな。ほら、終わったよ」
リズが慣れた手つきで巻いてくれた。練習なんてしたことないと思うが、リズは何でもそつなくこなすなぁ。
「だけど男なら一度はやってみたいじゃん。ポルタヴァはバレット二丁持ちで突っ込もうかな」
そう言うとリズから額にチョップを食らった……続けざまに、ミーナから勢いよくハグを食らう。
俺は地面に転がり、泣きじゃくるミーナをあやしながら曇り空を見上げる。いつの間にか雪が止んでいて、少しずつ晴れ間が差し込んでいた。
この時点で、銃声は散発的なものになっている。兵士たちは死体を確認しては敵を求めて彷徨い、既に奇声のような勝鬨が上がっている。どこか遠くから、男たちの歌声まで聞こえてきた。
ミーナを抱えたまま上半身を起こし、ミーナが地面に置いていたPCを開く。俺は座ったまま小さな机を作り出し、机に乗せたPCを三人で眺めた。アストリッド達も近づいてくる。敗走する魔族を、騎兵たちが追いかけまわしている様子が映っていた。邪龍も空を飛んで撤収している。
「アストリッド、この戦いは勝ちだ。我々の勝利だよ」
リズがアストリッドに声をかける。アストリッドは馬から降り、俺たちの方へやって来た。
「勝ったね。騎兵の追撃はもう必要ない。追撃中の部隊に再集結をかける」
アストリッドが信号ラッパの奏者に声をかけ、信号弾を自身の手で撃ち上げた。
「渉、念には念だ。私達も花火を落として祝砲としようじゃないか」
ラッパ奏者が演奏する横で、リズは悪い顔をしていた。この幼女は本当に容赦ねぇな。
「リーパーはヘルファイア四発とペイブウェイ二発を積んでいる。撤退中の魔族を全て攻撃するには足りないかな」
「ゴメン、ヘルファイアは全部使っちゃった。ペイブウェイだけ使わせてもらうね。邪龍を少しでも減らしたい」
「了解した。だけど邪龍は飛んでるだろ。どうやって当てるんだ?」
リズはニヤリと笑うなり目を閉じる。グローバルホークの映像を見ると、騎兵が撤収する様子と、降下するリーパーの姿が映っていた。
撤退している魔族を、リーパーが低空飛行で張り付いた。狼たちは逃げ惑い散開するが、複数の邪龍がリーパーに接近して破壊しようと試みる。数体の邪龍が飛び乗った瞬間、リーパーが爆散した。画面を見ていたアストリッドとミーナの二人から小さな声が上がる。
……二人の様子を見て、俺は忘れていた設定を思い出した。多分、何が起こったのかは俺とリズしか分かっていない。二人は、無人機であるリーパーを、召喚魔法で呼び出した精霊だと思っている。リーパーが爆発するのを見て酷く悲しんでいた。
邪龍を始末してご満悦なリズだったが、目を開き、画面に釘付けな二人の表情を見て、同じく設定を思い出したようだった。どう対処したものか。俺とリズは顔を合わせて知恵を絞った。
「ワタル、彼は無事に逃がせましたか?」
ユーニスが突然そう言った。静止していた俺とリズの頭に、強烈な雷が落ちて回転を再開させる。
「大丈夫だ。リーパーは爆裂魔法を放った後、無事に戻ったよ」
俺は立ち上がり、逃亡の可能性があるリズを後ろから抱きしめた。嘘を共有した者同士、後始末を押し付けて逃げ出そうなんて考えてないよね。
アストリッドとミーナが振り返る。ミーナは涙目だった。
「流石は渉だね。だけどリーパーはあれだけ頑張ってくれたからね。暫くは休ませてあげないとだね」
リズは、非常に力強く俺の左手を握った。
「これは渉が勝手に吐いたどうでもいい嘘なのに、なんで私も協力しなきゃいけないんだ」
と拳が語っていた。
「それはそうなんだが、俺たち運命共同体だろ?それに、リーパーを自爆させて二人を悲しませたのはリズなんだからな?」
俺は睨みつけてリズに悟らせた。
リズは観念したようで、ため息をついて俺の抱擁を受け入れた。まぁ、そもそも本気で怒ってたら、ケガしてる右手を握り潰してくる子だからねぇ。俺は自分の気持ちを、頭を撫でてリズに伝えた。
戦闘が終了し、『後片付け』が始まった。狼、人狼、そしてドラゴニアの捕虜が協力する。いや、協力させる。アストリッドの指示だ。
捕虜たちが担当しているのは、戦場ではなく、リストチェントの村だ。殆どの住民は町の教会に閉じ込められ、火をつけて殺された。それ以外の住民は、狼と人狼の餌になったらしい。
約2400人の騎士及び兵士から、194人が亡くなった。五体満足で帰れない者も多い。この世界の魔法は、死者を蘇らせることも、失った手足を取り戻すことも出来ない。




