25 狼たちの挽歌 下
独特の臭いが戦場に立ち込め、我々の嗅覚に訴えかける。主に渉のグレネードによる焼死体だろう。
リストチェント周辺はほぼ平坦であり、方陣の中心にいるので戦闘の様子を直接この目で見る事は出来ない。しかしながら、私達は上空を飛び回る目を持っている。ミーナが机の上に置かれたPCを、騎士達と一緒に見つめていた。私は目を閉じ、大気中の魔力を利用してこの戦いを見る。
渉とバルドの二人が、中央から突撃を敢行していた。MGL二丁とは無茶をする。渉が敵中央に対し擲弾による掃射を行い、左右の分断に成功していた。
リストチェントにて戦闘を傍観していた邪龍達に動きがある。ドラゴニアを中心として話し合う様子が見える。恐らく、渉の存在が無視できなくなったのだろう。
「アストリッド、私は渉の援護に向かう」
「分かった。エズリーズ、頼んだぞ」
徹甲弾の入った弾倉をM110に押し込んだ。私が邪龍であれば渉を無視することは出来ない。リストチェントで傍観しているだけの邪龍が、渉の火力支援を妨害するために動き始めるだろう。
「ミーナ、リストチェントの邪龍が動き出したら無線で伝えてくれ。使い方は分かるな?」
「うん、だいじょうぶ。がんばってきてね」
戦闘準備をしながらミーナに頷いた。
「まってリズ。あいつらうごきはじめたよ」
「了解した。行ってくるよ」
アストリッドにも軽く挨拶した後、直ぐに飛び立った。邪龍の狙いは間違いなく渉だ。渉は上空から、レグニスタ右翼正面の群れに打撃を加えていた。
「リズ、来たのか」
「渉、そのまま左翼も助けてやれ。邪龍が来ても私が相手をするから気にするな」
地上では、レグニスタ方陣の射撃が開始された。右翼方面の狼達は、既に渉の擲弾により壊滅状態になっている。
「了解だ。頼んだぜ、リズ」
渉はそう言うと、左翼正面の制圧に取り掛かった。下を見ると、バルドが正に孤軍奮闘の状態である。リストチェントから飛び立った邪龍の姿はまだ小さい。バルドの背後へと走り込む三匹の狼を狙撃した。渉がバルドのいる中央を叩いたので数は多くないが、単身突撃とは全く無茶をするものだ。
邪龍は飛行してこちらに接近している。この数は恐らくリストチェントに居た五十体全員だろう……左翼の損耗を減らすためにも、渉に少しでも時間を与えなくてはならない。
「渉、奥の手を使わせてもらうね」
「邪龍相手に?飛び回ってるアイツらに当てられるのか?」
渉は火力支援を継続しながら答えた。
「そればっかりは信じてくれないと」
渉は全弾を撃ち尽くすと振り返った。薄ら笑いを浮かべている。
「それは殺し文句だなぁ。俺はリズを信じるよ」
そう言うと渉は再び攻撃を開始した。渉の許可を貰ったので切り札を使わせてもらおう。魔力によるリーパー(無人攻撃機)との通信を開始し、ヘルファイアを四発全弾発射した。それと同時に手榴弾のピンを抜き、邪龍の元へと向かう。
私は安全装置を解除しておいた手榴弾を投擲した。邪龍はそれを受け取り、その場に滞空して首を傾げた。その間に渉の元へと後退する。手榴弾が邪龍の鼻先で爆発すると、数体の邪龍が動きを止めた。彼らにヘルファイアが直撃する。これで五体仕留めたはずだ。
「クソッ……リズ、どうする?」
一瞬でこれだけの仲間を失い、獣であれば恐怖心が体を硬直させるはずだ。だが邪龍に心理戦は通用しない。上空の私達は、爆発の煙を抜けて回り込んだ邪龍に包囲された。いや、真上なら逃げられる。
「渉、私の手を取って」
私は銃を背中に預け、右手で渉の左手を掴んだ。渉が私の手を握り締めたのを確認し、真上へと上昇する。そして誘導していたリーパーに飛び乗った。旋回していた機体を、加速しながら水平に戻していく。間一髪で邪龍達の包囲から脱した。
渉にリーパーの補給をお願いした後、私は単独でライゼンリード方陣へと戻るべく機体から離れた。
地上では、狼達が正に尻尾を巻いて逃げ帰っていた。狼の数は減らしたものの、ざっと数えて千は超えているだろう。リーダー格と思われる邪龍や人狼の元で、再集結の動きがある。人狼達が狼の群れを一ヵ所に誘導していた。邪龍達も次々とその場所に降り立っている。
レグニスタ及びライゼンリードは、方陣を維持したまま周囲の狼を掃討していた。最後に残ったのは各方陣の中央、ライゼンリード正面に突撃する数体の狼に向けて集中砲火が浴びせられている。
戦闘は数十分だったろうが、夥しい数の狼が転がっている。レグニスタ右翼の損耗は軽微だが、左翼は狼の死体に囲まれて半包囲された跡が残っている。左翼方陣の中で、当然ながら最前列の男達は一番酷い状態であり、男達が噛まれた箇所を押さえながら呻き声を上げている。左翼を動かすのは酷だな。騎士だけ拝借して右翼とライゼンリード軍を合流すれば残りは何とかなるか。
そうだ、バルドを完全に忘れていた。あれはステファンか?バルドは撤退中の狼を、ステファンと一緒に相手にしていた。殆どの狼は彼らを避けているので恐らく大丈夫だろう。魔族の集結地点とレグニスタ方陣、二つの中間地点よりも少しこちら側で、彼ら二人は戦っている。
「おかえりリズ!」
「よくやったエズリーズ、ワタルも本当によくやってくれた」
ライゼンリード方陣に戻ってきた。彼女達だけでなく、ライゼンリード方陣の皆から歓声が沸き起こった。
「アストリッド、そしてこの場にいる兵士諸君、もう一度力を貸して欲しい」
皆には悪いが、まだ戦いは終わっていない。この戦いが終わっても、まだ戦いは続く。
「レグニスタ左翼の状況はこの画面越しに見ていた。そして魔族は再集結中だな。恐らく左翼が狙われるだろう」
「その通りだ、アストリッド。左翼を失えば我々は苦境に立たされる」
アストリッドは左翼の状況に危機感を抱いていた。敵の主力であった狼は半数以上倒したと思うが、邪龍はまだ数体しか倒していない。このまま左翼が攻撃されればその可能性はありうる。
目を閉じ、敵を覗く。リーダーと思われるドラゴニアと人狼の二人が、なにやら話し合いをしていた。彼らの話は自属精霊を通して聞いているが、恐らくハンガリー語だろう。私には理解できない。人狼の間では英語が広く使われていたはずだが……雰囲気としては、二人は対立しているようである。この間に準備を整えたいところだ。取り合えず無線機でソランジュを呼び出し、左翼の治療に向かってもらった。
「アストリッド、戦列歩兵で敵を攻撃しよう。今度は我々の番だ」
兵達が私の意見に賛同してくれた。
「よし、方陣は中隊ごとの密集横陣へ転換。準備が完了次第出発し、右翼と合流する。後方のレグニスタ騎兵に、こちらへ来るように伝えてくれ」
アストリッドの指令を受けて各隊が動き出した。私とアストリッド、そしてユーニスが兵達の前に出る。
「渉、今何処に居るの?」
無線で渉に呼びかけた。
「バルドとステファンの所にいる」
渉の返事を受けて覗いてみると、例の二人が地面に転がっていた。肩で息をしており、ペットボトル飲料を握りしめている。渉は私の精霊に気付いた様だ。
「リズ、二人は大丈夫だ。これからどうする?俺が終わらせようか?」
渉は私の精霊に話しかけてきた。この精霊に喋らせることは出来ないので、私は無線で答える。
「どうだろうね。渉が攻撃態勢に入ったら、邪龍はまた全力で渉に飛びついて来るよ。リーパーの攻撃は今度こそ警戒されると思う。奴等だったら避けれるから、空中戦だと不利かな。私達しか戦えないし」
「邪龍の数が多いからな……奴らはまた攻めてくる感じだけど、今度も撃退するか?」
「いや、こっちから攻めるよ。だから渉達には戻って合流して欲しい」
「了解した。二人とも、今度は攻めるぞ。戻って合流しよう」
ステファンが立ち上がった。バルドは渉を見るが、立ち上がれそうにない。
「エズリーズ、バルドはよく戦った。もう少し俺たちを休ませてくれないか?」
ステファンはそう言った。顔には出ていないが、彼も相当疲れているのだろう。
「渉、ステファンとバルドに伝えてくれ。騎士は軍人であり、軍人ならば軍規を乱すな、って」
不必要な戦いで、自分達が皆より戦ったと思うのは間違いだ。自分が貴族、上流階級であるという傲慢は律せねばならない。バルドが正にそうだ。
「エズリーズ、好き勝手に戦ってる上に、戦場に子供連れ込んでるお前らに言われたかねぇぞ」
ステファンが呟いた。笑顔だった渉の表情が凍りつく。渉はスパス(ショットガン)を作り出していた。
「ワタル!?悪かった!!俺が悪かったから!!」
ステファンが後退りすると、バルドも慌てて立ち上がった。ステファンは見事に虎の尾を踏んだな……
「リズ、今すぐ二人を連れて戻るよ」
「分かった。こちらも間も無く前進するから、途中で合流になるかな」
既にこちらは整列を完了している。後はアストリッドの号令を待つだけだ。渉達との交信を終えて、アストリッドに向き合う。
「すまないアストリッド。待たせてしまったようだ」
「問題無いさ。ミーナとガウナは後ろにいるから、彼女たちと一緒にいてあげてくれないか」
アストリッドの言葉にハッとなり、整列する男達を見る。あれだけ歓声を上げていた彼らは、兵士の顔をしていた。
「そうだな。そうさせてもらう」
私も人に言える立場じゃ無いな。本当にステファンの言う通りだ。私は兵達を飛び越えて、ミーナの元へと向かった。




