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23 リストチェントに雪が降る 下

 まだ作戦開始には時間があるが、皆は準備のために持ち場に戻った。リズ、ミーナ、そしてガウナと一緒に俺達のテントへと戻ってきた。リズが魔法で炎を作り出し、部屋を暖めてくれている。


「ミーナはこの戦いどうする?それと、この戦いが終わったらどうする?何がしたい?」


 俺はミーナに問いかけた。今まで結論を避けていた問題だ。ミーナとは楽しくやってきたけど、言い出したらどこかへ消えてしまうんじゃないかって不安だった。ミーナ以外の皆とはいろんな話をした。皆にも、これからの事は訊かないようにお願いしていた。アストリッドは「きっとミーナは、二人とこれからも一緒に生活することを望んでいる」と言ってくれていた。


 ミーナは俺の事を真っすぐに見ていた。ミーナは魔族としての自覚がある。人間が嫌いだ。でも俺達の事は多分嫌いじゃない。俺やリズだけでなく、アストリッドやソランジュさんの事も好きでいてくれているはずだ。


「わたしはもうきめてるよ。ワタルたちといっしょがいい。このたたかいがおわっても、いっしょにいたい。ガウナもいっしょがいいの。ワタル、リズ、それでもいい?」


 ミーナの言葉に、心が震えた。ミーナが俺達の事を選んでくれたことが、本当に嬉しかった。


「もちろんだよ。ミーナが一緒に来てくれるなら、俺は本当に嬉しい。精霊だけど家だって買う。ミーナの事は、絶対に幸せにしてみせる」

「まるでプロポーズだな。私も渉と同じ気持ちだ。ミーナは、私達が育てる」


 リズは前から俺に賛同してくれていた。リズだけじゃない、皆が納得してくれた。でもそれは、一緒に戦った仲間である俺達だけの話だ。邪龍ドラゴニアであるミーナを、世間は受け入れてくれるだろうか。人間の世界に連れていくんじゃなくて、邪龍達と暮らした方が良いのだろうか。ソカーニルとの日々は楽しかったと言っていた。まだどっちが良いのか分からない。不確定要素だらけだ。でも俺は、ミーナに手を差し出した。ミーナは力強く微笑んでいる。ミーナが手を乗せると、俺はそれを掴んでたぐり寄せた。


「ワタルのプロポーズ、しょうだくしようかな」


 俺は笑いながらミーナを抱きしめた。目を閉じると、ミーナと過ごした日々がよみがえる。まだ一ヵ月も過ごしていない。ここ数日は会話できていなかった。オストフチでは仲良く過ごせたが、上陸してから俺は殆どミーナの傍にはいなかった。そう考えると、ミーナと会ってから最初の一週間くらいしかまともに話ができてない。


 時間じゃないんだ。ミーナが撃たれた時に、俺はミーナを失う恐怖を感じた。あんな思いを、俺はもう二度としたくない。抱擁を終えてミーナの顔を見た後、俺は膝を付いてミーナの両手を握った。


「ソカーニルや邪龍の事はどう思ってる?これから本格的に邪龍との戦いになる。ソカーニルはポルタヴァにいるけど、ミーナはどうしたい?」


 ミーナは笑顔のままだ。偵察によりポルタヴァ内でソカーニルの姿が確認されている。俺はこれからミーナの仲間だった邪龍を、本格的に叩く。ドラゴニアにとって邪龍は同胞に近い。それについてミーナがどう思ってるのか知りたかった。


「お姉ちゃんはジャリュウにしたがわされてただけだよ。ワタルたちとたたかいにはならないよ。お姉ちゃんもいっしょがいいの。ワタル、リズ、お姉ちゃんのこともたすけてくれるよね」


 リズと顔を合わせる。確かに本人も同じようなことを言っていた。リズは一度だけ首を縦に振って頷いた。


「分かった。ソカーニルが私達と一緒に生活するのを望むなら、私達は彼女を受け入れよう」


 リズの話をミーナは喜んで聞いていた。


「俺達、本当の家族になろう」


 三人で肩を組んで祈った。俺はミーナを守ることを心に誓った。


「わたしもたたかうからね。リストチェントでも、ポルタヴァでも」


 ミーナも同じようなことを考えていたようだ。俺とリズは「分かった」とだけ答えた。







 ちょっと皆の様子を見てくると言って、ミーナをリズに任せて外に出た。


 ソカーニルを助けるって簡単に約束してしまった。いや、正確に言えば、受け入れるとリズが言っただけだ。俺とリズの二人でポルタヴァに行っても帰ってこれないだろう。邪龍の数が多すぎる。ソカーニルと会話するには向こうから来てくれなきゃ無理だ。俺達主体で出来ないんだから、約束なんて出来っこない。


 それにミーナを守ると言いつつも「たたかう」と言ってくれたミーナに反論できなかった。守るなら「戦わないでくれ」と言うべきだった。正直言ってミーナには戦ってほしくない。だけどミーナは、一方的に守られるのが好きじゃない。小さな自分でも戦える事を、実際に何度も証明していた。ミーナに俺の気持ちを正直に話していたら、絶対に機嫌が悪くなる。議論は平行線になる。その結末は分からない。だから怖かった。


 俺は結局、問題を先送りにして妥協した。きっとリズはミーナにそのことは話さないし、ミーナもそれを理解してると思う。ミーナは八歳にしては賢すぎる子だ。






 雪がしんしんと降っている。学校で授業中に雪が降り始めたとき、クラスの皆が「雪だ雪だ」とはしゃいでいたのを思い出した。窓際に集まるクラスの皆を、俺は自分の机から眺めていた。東京の私立高校なのだが、殆どの生徒が東京育ちだ。俺の実家は金沢だから、雪なんて見慣れている。確かに雪が降り始めると嬉しくもなるのだが、クラスの皆ほど心からワクワクするほどの事じゃない。小さな雪が降っているのを見て、女の子が「神秘的」って言っていた。それを聞いたクラスの皆も、口々に同じような事を言っていた。東京の雪は小さくて儚いから、神秘的に思えるのかもしれない。


 手のひらに落ちた雪は、握りしめると消えてしまう。俺の決意も、こんな風に消えてしまうんだろうか。俺はミーナを育てると決めた。後はこの雪にでも祈るしかない。一つ一つは小さくても、降り続ければ、祈り続ければ消えることは無い。だからゆらゆらと落ちてくるこの雪に祈るとしたら、ミーナをどうかお守りください、そして彼女の姉、彼女と共に生きてきたガウナをお守りください。立ち止まって空を見上げ、俺は祈った。





「そんなに天を仰いでどうしたのですか?主に祈りを捧げていたのでしょうか?」


 ソランジュさんが話しかけてきた。


「そんなところかな」

「どんなことを祈っていたんでしょうか?ワタルがよかったら、私も一緒に祈ってもいいでしょうか?」


 俺はいわゆる無宗教だけど、断る理由は無かった。


「もちろんだよ。ミーナの無事を祈ってたんだ。俺とリズがミーナの親代わりになるって言ったら、ミーナが一緒に暮らしたいって言ってくれたんだ。こんなに嬉しいことは無かった。ミーナの事をどうかお守りください、って空に向かってお願いしてた」


 ソカーニルやガウナの事も祈ったけど、ソランジュさんにはミーナの事を祈ってくれれば十分だ。どれか一つお願いするなら、やっぱりミーナの事を祈ってほしい。


「ワタル、良かったですね。貴方たちに祝福を。そうですね……一緒にあの中に入りましょうか」


 ソランジュさんに言われるままついていき、天幕に入った。ソランジュさんが寝ていた天幕で、机とベットしかない小さなものだが、ライゼンリードが彼女の為に用意した。彼女のベットに並んで座って、ソランジュさんは目を閉じて祈ってくれた。俺もそれを、目を閉じて聞いていた。






 祈りが終わってソランジュさんに感謝を言った後、外に出た。狭い天幕に二人きりだと、俺はちょっと気まずい。


「ミーナは次の戦いではどうするのですか?」


 ソランジュさんは俺に尋ねてきた。


「リズやアストリッドと一緒に、中央のライゼンリード軍の中にいてもらおうと思う。邪龍は空を飛ぶから、一人にはしておけない。女の子を戦場に連れていくことになるんだけどね」

「ライゼンリードの人達ならミーナをただの女の子だなんて思ってませんよ。私もミーナの事を守ってあげたいですが……」


 ソランジュさんは言葉に詰まる。ソランジュさんには確かにミーナの傍にいてほしい。だけど、作戦通りレグニスタの歩兵を守ってもらわねばならない。


 この戦いで主戦力となるのは歩兵三個大隊、つまりライゼンリードの一個大隊とレグニスタの二個大隊だ。騎士達が邪龍から歩兵を守りながら、リストチェントの正面へと三方に分散して攻め込む。左右はレグニスタの大隊で騎士は二十名ずつ配置。中央のライゼンリード軍には騎士十名に加えて、リズとアストリッド、そしてミーナとユーニスだ。ガウナもこの中央の戦列に入る。


 リストチェントに集まった騎士達は精鋭揃いと聞いているが、邪龍と戦える者は限られている。邪龍相手に死ななければいいだろう。特に優秀であるカエルラ騎士は切り札であり、二十人と数も多い。彼ら全員を、能力込みで左右のレグニスタへと平等に分けている。俺と親しい仲で言えば、ソランジュさんが右翼、ステファンが左翼にいる。中央はリズがいるから大丈夫だ。俺は遊撃だが、中央には特に目を配る。


「ミーナは俺とリズが守りますから、ソランジュさんには右翼をお願いします。ソランジュさんは、邪龍相手に立ち回れますか?」

「正直言えば、ここにいるカエルラの騎士は皆、邪龍と戦ったことが無いんです」


 それでもソランジュさんは笑っていた。ソランジュさんは、腰に下げていた剣を引き抜いた。盾無し、片手剣オンリーがカエルラ騎士の標準装備だ。人によって形状はまちまちで、ソランジュさんの剣は少し細いが長めの刀身である。

 ライゼンリードやレグニスタの騎士は、カイトシールドと片手剣を装備している。彼らの剣は、いわゆるグラディウスと言うのだろうか。因みにステファンはハルバート使いで、軽々と槍を振り回している。


「ステファンなら大丈夫でしょうね。彼は早く邪龍と戦いたくてしょうがない、と言ってましたよ。邪龍はカエルラ騎士とは違って速さはありませんから、それが私達の勝機でしょうね」


 そう言ってソランジュさんは剣を構えると、踏み込み、数歩で二十五メートルほどを駆け抜けた。ものすごい速さだ。剣を仕舞うと、こちらに向かって歩き出した。休憩中のライゼンリードの兵士達が拍手を送っている。俺もソランジュさんに向かって歩きながら拍手を送る。


「やっぱりカエルラの騎士ですね。確かに強い」


 ソランジュさんの強さには感心するしかない。身体強化系の魔法を使いこなすカエルラ騎士の強さは、他国を抜きんでている。消費魔力は大きいし、ここまでの使い手になるには想像もできない鍛錬を積んだのだろう。


「ありがとう、ワタル。でもこの他で私が誇れるものと言えば治癒魔法ぐらいですね。他の騎士も剣技の他に、何かしらの得意分野を持っていますよ」


 騎士は魔法使いでもある。例えば雷撃や火炎を作り出すためにこれだけの魔力と集中力が使われれば、威力は強力なものとなるだろう。


「邪龍は、魔力や肉体のパワーによる力任せな攻撃をしてきます。反射神経もありますから油断はできません。それに皮膚は鉄の様に硬いですから、剣だけでは厳しいかもしれませんよ。ソランジュさんは治癒魔法が得意ですから、周りの騎士たちのサポートをお願いいたします」


 ソランジュさんが不満そうな顔でこっちを見ている。ソランジュさんが強いのは確かだ。だが、剣では邪龍相手に折れてしまうだけだろう。ソランジュさんは周囲を見回すと、木に立掛けてあった誰かの盾を持ってきた。


「ワタル、それを私に投げてください」


 ソランジュさんが俺に盾を投げてきた。念動力で止めた後、手に取った。鉄製のカイトシールドで、薄いけど結構な重さだ。ソランジュさんは剣を構えている。え~~とこれは……本当にやってのけるのか?


 俺はフリスビーみたいに念動力で投げ飛ばした。ソランジュさんは飛んできた盾を一閃、鉄製の盾は真っ二つに割れて激しい音が鳴った。俺も含めて周囲の人がビックリするほどの音だ。ソランジュさんが握っている剣は、盾を切ったにもかかわらず刃こぼれ一つ無い。やっぱりファンタジーだ。剣にも魔法を付与していたのかもしれない。


 兵士たちが何事かと駆けつけてきてしまった。俺とソランジュさんは笑ってごまかすしかなかった。












「なるほど、二人の話はよく分かった。だが、他人の盾を勝手に壊すのはよくないだろう」


 話はアストリッドの元に伝わり、アストリッドからお叱りを受けてしまった。盾はライゼンリードの騎士が使っていたものだった。


「申し訳ありません、殿下」

「本当にごめんなさい」


 二人でアストリッドに謝った。


「二人の気持ちは分かった。反省するように。特にワタル、騎士にそんな挑発をしてみっともない」


 実行犯のソランジュよりも、アストリッドの見立てでは俺の方が悪いらしい。


「すまない。ソランジュさんに無茶してほしくなくて、つい言ってしまった」


 俺の釈明に二人は無言だった。顔色に変化はないが、どうやらまた導火線に火を付けてしまったようだ……


「ホントウにハンセイしてます……」


 下手なことを言うともう駄目だと思って、ただ謝った。


「ワタル、私が邪龍と戦えるってことは理解出来ましたか?」

「もちろん、疑ってすまなかった」


 俺は実際に見ないと信じない主義なので、本当に安心しているわけではないがそう言った。ただまぁアレを見て、不安が半分ちょいくらい解消されたのは事実だ。


「カエルラ騎士にかかれば鉄の盾なんて意味は無いのだな。ソランジュが仲間であって、本当に良かったと思っているよ」

「身に余る光栄です、殿下」


 年上のソランジュさんがアストリッドにへりくだっている。二人のフレンドリーな面に触れているから、なんと言うかもったいない気分だった。

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