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21 星空を独りで見たい時もある

 本隊と合流してから数時間歩いた。今日はここで野営だ。


 ソランジュさんとミーナは、二人でいつの間にか寝たらしい。もうすぐ日付が変わる頃だが、俺はまだ寝付けそうにない。一人で星空でも見たい気分だ。リズに一言伝えて、陣地の外へと歩く。


「大精霊よ、どちらへ?」


 若い歩哨に声をかけられる。黙って出ていくのも悪いので、わざわざ歩哨の前を通った。


「少しばかり星を見てきます。ちょっとひとりになりたい気分なんですよ」


 軽く挨拶して通り過ぎた。まだ歩哨が立ったばかりなので、暫くは彼が立っているはずだ。それまでに戻れば何も問題ないだろう。せっかくなので少し歩きたい。牧草地がいつまでも広がっている。寝転がって星を見るにはちょうどいい。






 いい感じの所を見つけた。緩やかな斜面に座って、水筒を作り出す。中にはアツアツのホットココアが入っている。オストフチでリズと一緒に飲んだものだ。


 ココアを飲んでいると、背後から足音が聞こえた。護身用にスーパーレッドホーク(リボルバー)を用意し、斜面を登る。


 アストリッドだった。姿を確認してお互い立ち止まったが、彼女は再び歩き出してこっちに来た。レッドホークはとりあえず必要ないかな。


「お疲れ様。葬式はどうだった?」


 目の前に来たアストリッドはそう言った。


「葬式自体は簡素だったけど、良い場所にお墓を建てさせてもらえたよ。村の人達は、本当にいい人達だった」

「そっか。本当に良かった。ワタルが歩きに行ったと聞いたので、少し気になってついてきてしまった。星を見に来たんだろう?一緒に見ても構わないかな?」

「そりゃあもちろん。アストリッドなら大歓迎さ」


 ひとりになりたかったけど、話し相手がいるのも悪くはないだろう。





 ココアをアストリッドにも渡して、二人で綺麗な星空を見上げた。はじめのうちは星が綺麗だとか言っていたのだが、俺もアストリッドも星座とか星の話は全く分からなかったので、ついつい今後の作戦についての話になってしまった。それも大体終わると今日の出来事の話(もう日付が変わって昨日の話かもしれない)、つまりジュリア達の話になった。


「彼は二日前に亡くなったんだ。もしかしたら私達が救えたかもしれない、と思ってね」


 座って星を見上げるアストリッドが、ポツリと呟いた。どうやら、アストリッドも同じ気持ちだったようだ。指揮官として責任を感じているのだろう。俺も星を見上げて答えた。


「俺だってずっと思ってるよ。俺はこんなに近くにいたのに、あんなに飛び回っていたのにって。でも、もうどうしようもないことだ。俺達がこれから出来るのは、コーネリウスのような犠牲者を減らすこと。俺達はもうすぐ奴らに王手チェックをかけることができる。この戦争を終わらせることが、何よりも大切なことなんだよ」


 言い終わって真横を見ると、アストリッドは真剣な顔でこっちを見ていた。


「確かにもうすぐ王手だ。だけどチェスは、中盤から後半にかけて駒の取り合いが激しくなる。ワタルには関係ないことなのかもしれないが、これは命の取り合いなんだ。私達は生身の人間だ。君達精霊とは違って、私達人間は死ぬんだよ」


 まるで精霊が生きていないと言っているかのようだ。俺達だって死ぬんだよ?


「アストリッドの言いたいことは分かる。市民を守るために、兵士が犠牲になる。アストリッド自身も最前線に立っているわけだから、アストリッドだって死ぬかもしれない。だけどアストリッドは将来王になる身だ。そんな心構えじゃ戦争なんてできない。敵が攻めてきてるんだから、誰かが戦わなくちゃいけない。この戦争はいろんな国の思惑で動いてるけど、自分の国の戦争になったら、アストリッドが自分で考えなくちゃいけないんだ。それに、俺だって死ぬんだよ?俺だって生きてるんだ。俺の胸に手を当ててみて。俺だって心臓が動いているんだ」


 アストリッドは黙って座っていたが、不信感をあらわにする。


「それはあり得ない。精霊に、人間のような心臓は無い」

「なら手を貸して」


 俺は黙ってアストリッドの手を取り、俺の胸に当てる。アストリッドがあちこち触るが、分からなかったようだ。


「手で分からなかったら、耳で聞けば分かるよ」


 なんかとんでもないことを口にしてしまった。よく考えると、めっちゃ恥ずかしい事言ってるぞ俺……


 アストリッドが姿勢を変えて、前かがみで俺を見つめている。今だったら手でも音が分かるってくらい心臓が鳴ってるよ……アストリッドはゆっくり顔を胸に当ててきた。


「本当だ。本当に心臓が動いてる」


 再び顔が前に来る。そんなに俺の心臓が動いてて、俺が生きてるってのが驚きなのか?アストリッドが少し寄りかかってきたので、思わず後ろに倒れてしまった。


「いてて……」


 アストリッドに押し倒されたような構図だ。いや、実際そうなのかもしれない。俺は恥ずかしくて目を逸らしたいが、アストリッドはずっと俺を見たままだ。さすがに気恥ずかしくて、アストリッドを見ていられなくて、左を向いた。会話相手との目線を逸らすのは、一部の国ではマナー違反だ。日本人の俺には慣れない習慣である。


「ワタル、嘘じゃないよね。魔法で誤魔化したりしてないよね」


 俺の両肩を上から押さえて、アストリッドは怒ったような顔をしている。マナー違反を怒ってる訳じゃないよな。


 そこまでして信じられないのか?俺自身の存在を否定されたような気がした。


「嘘じゃない。嘘を()く理由もない。俺は生きてるよ」


 それでもアストリッドはもう一度胸に顔を当ててきた。今度ばかりは失礼だなと思ってそれを見ていた。それが終わるなり、俺は上半身を起こして背中を払った。


「どう?満足した?」


 アストリッドはぺたんと座った。右手を顎に当てて考え込んでいる。俺もあぐらをかいてアストリッドと向き合った。


「ワタルは誰かと契約してるの?」

「契約なんてしてないよ。やり方も分からないし」


 また考え込んでしまった。まぁ、普通の精霊って心拍がないからね。少なくともリズには無い。それでもリズが生きているのは、誰にだって分かるはずだろ。


「心臓があってもなくても、精霊だって生きてるんだよ。俺は命がけで戦ってるんだよ?俺は人間を駒だなんて思ってない。駒だからアストリッド達をここまで連れてきたんじゃない。俺だけじゃこの戦争は終わらないから、この戦いを終わらせたいからここまで来たんだ。皆にはなるべく戦ってほしくない。死んでほしくない。だから俺が一人で、皆の進む先にいる狼や翼竜や、邪龍を片づけてきたんだ」


 邪龍は楽に勝てる相手じゃない。リズと一緒でも、奴ら相手に全く気が抜けない。そもそも、普通の学生やってた俺にとって、戦いなんて非現実だ。それでも無理して戦ってきた。


「ある意味この力は呪いだよ。殺しが好きで戦ってると思ったら大間違いだ。俺じゃないと駄目だから。俺が戦えば皆を守れるから、戦ってきたんだよ」


 こんなこと分かってくれてると思ってた。だって普通そうだろう。戦いたくて戦うやつの方が普通じゃない。同じ人間なんだから、こっちの世界だって同じだろ?つい責め立てるようなことを言ってしまった。口調は淡々としていたはずだけど。


「済まない。君が怒るのは当然だ」


 アストリッドが申し訳なさそうにする。


「別に怒ってないよ。本当に。自分でも分からないけど、ついつい口調が強くなっちゃって。こっちこそ本当にゴメンね?」


 俺はそんなに怒ってるわけじゃないんだ。ただこれだけは言っておきたかっただけ。俺は生きてますよ。


 俺は座ったまま、アストリッドに握手で仲直りを求める。いつもだったら、これで終わるはずだった。


「ワタル、なんでそんなに割り切れるの?ますます貴方が分からないよ……」


 また直ぐに反論しようと思ったが、「俺は」と言ったまま言葉が詰まる。分からないか。確かに。無性に虚しくて拳を握る。俺は確かに感情が高ぶったけど、ここまで感情が出たのは人生で初めてだ。怒りというよりは虚しさだった。俺自身の存在や、俺が戦う理由を、アストリッドに否定されたような感覚。俺がポツリと差し出したままの右手を引っ込めようとした時、アストリッドは俺の腕を引き留めた。


「私がワタルに甘えて、ずっと無理をさせていたことは分かった。エズリーズもそうだ。彼女も私の身分を考えて、私に戦わせようとしなかった。渉もそうだろう?私は皆のために、指揮官として常に先頭を歩こうと思った。だけど皆が私を戦いから遠ざける。私はただ、皆と一緒にいたいだけなのに」


 俺は目を丸くした。皆と一緒にいたい、とは何とも可愛らしい理由だ。彼女がそんなこと思ってるなんて、思ってもなかった。アストリッドは理想の為に戦ってるのだと思ってた。そう思わせるオーラがあった。


「皆と一緒に居たいだけ、か。俺はいいと思うよ。俺が率先して戦ってるのも、皆と一緒にいたいから、それは間違いない」

「それは卑怯だぞ。私とは言葉の重みが違うじゃないか」


 俺がクスリと笑うと、アストリッドも笑っていた。やっといつものペースに戻ってきた気がした。アストリッドに右腕を掴まれたまま、俺は立ち上がった。俺に引っ張られてアストリッドも立ち上がる。


「俺が一緒にいたいのは、アストリッドだよ?」


 ちょっとアストリッドをからかってみた。少し驚いていたが、すぐに悪い顔をしてくる。


「なら誓いのキスを」


 掴んでいた右手を絡ませてくる。なるほどそう来たか。だがまぁ、誓ってもいい。アストリッドなら、確かに一緒にいたい。


「分かった。誓ってもいい」


 俺はアストリッドの両頬にチークキスをして応えた。ヨーロッパに住んでた時に慣れている。終わってみると、アストリッドは、これまた予想外というような顔をしていた。


「ワタル、誓いは絶対だよ。この誓いは絶対だからね」


 真剣な眼差しだった。からかっているわけでも、愛の告白でもなさそうだ。


「永遠の友情を誓うよ」

「分かった。私も誓う」


 そう言うと、アストリッドも俺の両頬にチークキスをした。


「これからは私の事を頼ってほしい。私も戦わせてくれ」


 そう言った後、互いに手を離した。皆と一緒にいたい、か。


「分かった。アストリッドにも戦ってもらう。でも、邪龍は無茶だ。邪龍は俺に任せてくれ」


 せっかく誓ってもらって悪いが、これだけは譲れない。


「分かった。ワタルに任せるけど、手助けは勝手にやらせてもらうからね」


 アストリッドもそこは譲れないようだ。俺は「分かった」と答えるしかなかった。


 アストリッドを俺は今まで以上に守らなきゃいけない。こんなお姫様を失うのはこの世界の損失だよ。それくらい俺はアストリッドに惹かれていた。この人なら、きっといい国王になる。


「そろそろ帰ろっか。多分ユーニスが心配してるよ」

「そうだね」


 レディファーストで先を譲り、俺達は並んで歩き始めた。


「私それ嫌いなんだよね。レディファースト」

「まぁ、この時代一般的な考え方だし。もしかしたら将来変わるかもしれないよ。嫌だったら、俺には先を譲ってもいいし」

「ダメダメ。そこまでじゃないから。さっきみたいに感じがいいなら、私だって嬉しいし」

「どっちなんだよ」


 二人で笑いあった。そんな風に他愛もない話をしながら帰った。こうしてるとお姫様じゃなくて、本当に女の子なんだよな。







 陣地に戻り、リズの元に帰った。


「お帰り渉。鼻の下が伸びてるよ」


 帰るなりそう言ってきた。どうやらアストリッドと一緒にいたことはお見通しのようだ。


「リズ、見てたの?」

「見てはない。プライバシーですから。アストリッドが渉を探してたから、渉がどこにいるか伝えただけ」


 まぁ見られても恥ずかしいことはしてないんだけど。リズはああ言うけど、リズの事だからグローバルホークで魔族が近くにいないか見守ってくれてたはずだ。


「ホントに見てないの?」


 リズがますます悪い顔をして、俺の目の前に来た。


「見てないよ?アストリッドに押し倒されたり、お互いにキスなんかしちゃったり。ぜ~んぜん見てないよ?」


 すごい楽しそうに嘘を吐いてますねぇ。


「リズ……悪いけど、口からのり塩ポテチのニオイがするんだけど」


 俺の指摘に、リズがバツの悪そうに口を隠す。人の事をドラマみたいにポテチをかじりながら鑑賞していたようだった……


「俺達の事、見守ってくれてたんでしょ。魔族が近くにいないかどうか。そう言ってくれればいいのに」

「いやぁ何より何より。私としては、渉が男として成長してくれてなによりだよ」


 リズに背中をポンポン叩かれて、人差し指を伸ばして何やら喜んでいる。いやぁリズ、毎回思うけどオジサンじゃないんだから。


 俺達が何を話していたかは分からないはずだ。そんなにアレは面白かったか?アストリッドに押し倒されたところとか録画してないだろうな。変なことが何も無かったのは、見てれば分かるはずだが。




 リズには引き続き()()()()()監視してもらって、俺はとりあえず寝かせてもらった。リストチェントに近いこの場所は、常に警戒が必要だ。本来なら出歩くべきじゃない。空中からの監視は必要であり、リズと交代しながら継続していかねばならない。






「これからは私の事を頼ってほしい。私も戦わせてくれ」

 そう言ったアストリッドの顔が頭に浮かぶ。あの誓いは、俺にとっては桃園の誓いのようなものだ。アストリッドはどう思ってるんだろうか。後衛に控えていたアストリッドが前衛に出てきてたら、彼女は本当に大丈夫だろうか。そんなことを考えていると、寝ようにもなかなか寝付けなかった。



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