20 後悔は静かに秘めて
ミーナは結局、涙の理由を言ってくれなかった。車から降りたときに「ありがとう、ワタル」と俺に言ったっきり、いつものミーナに戻っていた。体調が心配なので声をかけても、素っ気なく「大丈夫」と言われて遠くに行ってしまった。それを見たリズが追いかけて、ミーナと話をしていた。様子を見に近づいたのだが、何故かミーナはまた向こうに行ってしまう。多分ミーナに嫌われてはいない筈だが……リズ曰く、「もしかしたら泣いてるのを一番間近で見られて、恥ずかしいのかもね」とのことだった。ソランジュさんもミーナと一緒にいてくれているので、ここは女性陣に任せておいた方がいいのかもしれない。
ミーナは傷を診てもらうのを平気だと言って頑なに拒否したが、なんとか見てもらった。リズ曰く、応急処置しか出来ておらず、そのままでは何かしらの後遺症が残る可能性があるそうだった。治療にあたっては、ソランジュさんがライゼンリードの医療班を押しのけて立候補し、内出血の処置などを魔法で行ってくれた。ソランジュさんはかなりの治癒魔法の使い手だそうだ。RPGのジョブで言えば、彼女は間違いなく聖騎士だ。パーティーにソランジュさんがいれば、頼りになること間違いなしである。
今はアストリッドと一緒に、俺が男の子だと思っていたあの女の子から話を聞いている。彼女はジュリア・ケルステンと名乗った。近くの小さな村で暮らしていたのだと言う。村は森の中心部を開拓した場所にあり、綺麗な湖の傍にあるそうだ。幸いにも魔族の支配を受けていない。
「お願いします。今までなんとかやってきましたが、村には食べ物が無くて限界なんです。……彼女を撃ってしまったことは謝ります……どうか、私達の村を助けてください」
ジュリアは深々と頭を下げた。ジュリアは村の為に食料を探していた。そんな中で、狼を仕留めたリズ達を見つけ、真っ先に一番の脅威である邪龍、ミーナに狙いをつけた。
「いいんだ。頭を上げなさい。彼女は君を許すと言っていた。だからほら、頭を上げて」
ジュリアは兄と一緒に、村の為に毎日食料を探していた。ジュリアの兄は、コーネリウス・ケルステンという、レタレクティア帝国陸軍に仕える兵士だった。彼は南部戦線で祖国の為に、彼の故郷である村の為に戦っていた。南部戦線が支えられなくなり、ドニエプル川まで戦線が後退することになった時、彼は撤退中に軍を脱走した。
戦線がドニエプルラインまで後退すれば、故郷の村は取り残される。兵站拠点にもなっておらず、軍の護衛も入っていない辺境の村には、なんの通達も無かった。それを理解していた彼は、戦線の完全後退までに村の住民を避難させようとしたが、叶わなかった。なんとか村にたどり着いてからは、彼は村の為に働いた。
コーネリウスは、二日前に邪龍に殺された。ジュリアがミーナを真っ先に狙ったのは、恐らく兄の仇って面もあったのだろう。狩りをしていたこの兄弟は一体の邪龍に遭遇し、突如として狩られる側になった。邪龍の奴らは弾丸が見えている。俺も遊撃中に邪龍と戦ったから分かるが、少しでも距離があれば奴らは紙一重で弾丸を避けてしまう。
兄は妹を逃し、彼女はなんとか逃げ切った。妹がしばらくして戻ってみると邪龍の姿は無く、焼け焦げて変わり果てた兄と、兄のライフルとコートが残されていた。
ジュリアがやっと頭を上げた。今度は無言だった俺の方を見てくる。
「俺も別に怒っちゃいないさ。君は村の為に食料を探そうと必死だったんだろう?俺が村に行くよ。そしたら君の言ってることが本当かどうか分かるだろうし」
ジュリアはまた頭を下げた。
「お願いです、ライゼンリードの王女殿下……お願い致します……」
「勿論だ。直ぐに出発しよう。レタレクト(レタレクティア)の民とはいえ、困っているなら助けに行くさ。君は休まなくて平気かな?」
ジュリアは顔を上げた。アストリッドの言葉に、安堵したようだった。
「大丈夫です。ありがとうございます」
俺が村に行けば一番役に立つんだけどなぁ。ジュリアはアストリッドの顔色しか見ていない。いや、当然なんだけど。アストリッドがこの場の指揮官だしお姫様なんだし。相変わらず顔には出さないようにしてるが、何とも言えない不満が少しずつ湧いてくる。
まぁそんなことはどうでもいい。俺もアストリッドと同じだ。ジュリアが困っているなら、彼女の村を助けてあげたい。そして、ジュリアがミーナを撃ってしまったのは仕方のないことだ。ミーナは辛い思いをしたが、ジュリアや彼女の村を見殺しにする理由にはならない。
彼女の村へ、ライゼンリード軍から数人派遣することになった。俺とアストリッドも同行する。俺達は誰も村の位置が分からなかったので、ジュリアの案内が頼りだ。ミーナのことも心配だが、リズとソランジュさんにミーナのことをお願いしてきた。
ジュリアから村の方角を聞き、俺が上空から発見した。確かに森の中にある村だった。畑も森を縫うように作られている。大都市はこの辺にないし、街道からも離れているので確かに誰も寄らなそうな場所だ。
村に着いたときには、住民からすごく喜ばれた。ジュリアが本当に困った様子でお願いしていたのでもっと悲惨な状態だと思っていたが、村には活気すらあった。食料は確かに底を尽きかけていたけど、農地の割に村民が少なく備蓄があり、そしてコーネリウスとジュリアのおかげで無事に食いつないでこれたようだ。
オストフチはもっと悲惨だった。食べ物は本当に無かったし、食中毒と思われる症状と、高熱でうなされる住民が沢山いた。この村の住民はお年寄りが多いが、皆健康そうだ。
村の人達は、ジュリアの兄が死んだことを知らなかった。ジュリアは、兄を邪龍に殺された後に、一人で亡骸を弔った。村には帰らず、その後にミーナと出会った訳だ。ジュリアは兄の亡骸を、この村に戻してあげたいと言っていた。
「兄には私達のこの美しい湖が見える場所で、安らかに眠ってほしいです」
俺と二人の時に、ジュリアはポツリとそう言った。確かに目の前の湖は綺麗だ。
「眠っているお兄さんをまた起こしちゃうけど、許してくれるかな」
「兄なら許してくれますよ。兄も殺された場所なんかじゃなくて、ここに戻ってきたいはずです」
少し風が吹いて、ジュリアのコートがゆらゆらと揺れる。彼女の兄が、応えているかのようだった。
「分かった。なら俺が手伝うよ。君のお兄さんのお墓は、どこら辺ならいいのかな」
無線でリズと相談して、ブラックホークを操縦してもらい、ジュリアの兄の遺体を移送した。ジュリアはヘリに大喜びで、村のちびっ子たちがすごく乗りたそうにしていた。安全の為にジュリアしか乗せなかったので、少し申し訳なかったかな。
村の人達はジュリアの望む場所にお墓を建てさせてくれた。ここなら彼も、安らかに眠れることだろう。
掘った墓穴に、亡骸を寝かせる。ジュリアは穴に降り、自分が着ていたコートを脱いで、兄の亡骸にコートを着せてあげた。俺はそれを見て、ジュリアに尋ねた。
「お兄さんの形見なんだろ?いいのかい、君が持っていなくて」
「お兄ちゃんが寒そうだったから」
俺が手を貸して、墓穴からジュリアが出てきた。これから土をかけていく。
俺達が行っているのは、この世界では割と普通の葬式だ。葬式には俺とジュリア、リズ、村の人達が集まった。ライゼンリード軍の人達は、呼んでいない。彼らは本隊に合流するため、既に移動している。
「彼は偉大な人間だ。だが軍を抜けているので、軍人として葬る訳にはいかない。しかし、彼の行いはきっと評価される日が来る。少なくとも、ここにいる我々は、彼が偉大な人間であるということを心に刻んでいる」
リズが彼について一言述べた。彼は軍人であったが、脱走兵である。その後神父が、リズの流れを受けて聖シルベストロの話をした。彼の墓は村の教会や墓地からも離れているが、きっと村の人達が祈りをささげてくれるだろう。
俺達がジュリアの村で過ごしている間に、夜になった。ライゼンリード軍の本隊は陣地を出発している。俺とリズも出発の時間だ。この付近に魔族の動きは無い。森も大きくないので探索したが、肉食の動物はいなかった。ジュリアには錬金術でライフルの弾を作ってあげた。俺が拾ったことにしてある。
「魔族が近づいたら分かるようにしてある。何かあったら駆けつけるから」
俺はジュリアと握手を交わした。彼女の背中には兄のライフルがある。
「ありがとう。何から何まで。この戦いは、もう終わるんですか?」
ジュリアに問われ、俺はリズの顔を見る。
「終わらせるさ。……一日でも早く終わらせて、一人でも多く救いたい」
「……お願いします」
リズがジュリアに手を伸ばし、二人で握手をした。手を振った後に空を飛び、先に村を出発していたアストリッド達の元へと向った。飛んでいるときに、隣で飛んでいるリズから無線があった。
「渉、リストチェントは目の前だけど、やれる?」
やれるも何も、この流れでやれないなんて言えない。
「やるさ。俺達以外の前線は、問題ないのかな」
「予定通りだよ。後方連絡線の遮断が効いてる。渉のお蔭様だね」
リズはまた俺の機嫌を取ろうとする。まだ時間があるんだから、もう少しそっとしておいて欲しかった。
ジュリアの兄は、二日前に死んだ。俺はここ数日、ずっとこの地域を飛び回っていた。救える命だった。ジュリアからその話を聞いたときは、ミーナの事でいろんな雑念があった。少女を撃った言い訳のようにも聞こえたし、本当かどうかも分からなかった。俺が彼を助けることが出来ていれば、ミーナは撃たれなかったし、ジュリアは悲しい思いをしなくて済んだ、という事実が俺の中でぐるぐる渦巻いている。
「まぁ、出来ることはやるさ」
アストリッド達の所に着いた。空を飛んでいるときに本隊が見えていたので、夜間だが合流次第出発だ。リストチェントはここから数日の距離にある。




