19 忍土に返り咲き
俺が空から近寄った瞬間から、スナイパーはライフルを背負って逃げ出した。ミーナを撃ったのは、フード付きのコートを着た少年だった。コートは非常に立派なものだ。彼の体格より大きいもので、袖をまくって腕のサイズを合わせている。
少年が走っている最中に、上空の俺を確認しようとして振り返り、フードが落ちて顔がはっきりと確認できるようになった。見た感じでは中高生くらいで、金髪が肩まで伸びている。走っている彼を先回りして着地した。俺はベレッタ92の銃口を向ける。彼もライフルをこちらに向けてくる。
「俺の名前は渉。精霊だ。誤解の無いよう言っておくが、俺は人間の味方だよ」
彼は無言のままだ。俺から逃げているときは顔が強張っていたが、今は冷静な狙撃手の顔をしている。どうしたものかな。とりあえずベレッタをしまって両手を上げる。
「あのヘルハウンドと邪龍の少女は俺達の仲間だ。魔族だが、敵じゃない。この近くに人間の軍隊が来ているんだ。俺達は彼らと一緒に来た」
少年はライフルを構えたまま微動だにしない。息が上がっているので、銃口がほんの少し上下に動いている。動いたら撃ってきそうだしなぁ。まぁ撃たれても魔法でどうにでもなるが。
「君のその銃、見たことがないんだけど」
やっと返事が返ってきた。少年らしい中性的な声だ。
「さっきの銃か?よかったら見せてやるが」
彼に返事をしたつもりだったが、何の返答も無く、また沈黙が始まった。とりあえず埒が明かないので、ホルスターからベレッタを取り出す。そのまま弾倉を抜いた後にスライドを引いて戻し、少年の近くに投げた。
彼はライフルの銃口を俺に向けたまま、左手でベレッタを拾った。すぐに持っていたライフルを地面に置いて、じっくりと観察し始めた。
「君が撃った少女は、悪い奴じゃないんだ。彼女はまだ八歳だ。君より年下だろう」
返事は無いが、ベレッタが空を舞って帰ってきた。彼は自分のライフルを拾い上げ、銃口を俺に向けずに上に向けて持った。とりあえず彼の警戒レベルが一段階下がったようだった。
「俺は撃たれた彼女の元に戻る。すまないが一緒に来てくれないか。こんな所で君を一人にはしておけない」
ここは完全に魔族の勢力圏だ。この付近は邪龍や狼がうろうろしている。俺はそろそろミーナが心配なので早く戻りたい。キャッチボールの成立しない睨めっこも飽きてしまった。俺がそう言って少し動くと、彼はライフルの銃口を下げて構え直した。思わず俺も立ち止まる。俺に銃口を向けている訳ではないが、直ぐに撃てるように備えているのだろう。
それでも俺はミーナ達の方向、つまり彼の斜め後方へと歩き出した。彼はじっと俺のことを見つめたまま動かないので、立ち止まり、彼に手招きして来るように促した。彼は少し様子を見ていたが、やがて観念したようでおとなしく俺の指示に従った。俺もそれを見て再び歩き出し、彼は俺の少し後ろをついてきている。
正直見えてないと対応できないので不安だけど、彼を信じることにした。本物の精霊であるリズなら後ろも見えているのだが、俺はそんなことできない。魔力で筋肉とか反応速度を強化できるけど、身体能力は基本的に地球で寝ている俺と同じだ。
しばらく歩いたが、少年は相変わらず何も話さない。少し気になって歩きながら振り返ると、少年は顔を横に向き、申し訳なさそうな、疲れているような顔をしていた。俺達はお互いなんて声をかければいいのか分からなかったのだろう。そのまま黙って歩き続けた。
ミーナの元に戻ってきた。ガウナは既に二人の傍にいた。少年もミーナのところまで来た。ミーナはリズの膝を借りて目を閉じている。横向けで、撃たれた右肩を上にして寝ていた。出血は止まり、肩の傷は良くなっている。リズ曰く、峠は越えたようだが意識が戻らない。リズがミーナに声をかける。
「ミーナ、起きて。ミーナ、目を開けて」
反応がない。ミーナを撃った少年は、銃を置いて、撃たれた方の手を取った。俺もリズに声をかける。
「ミーナ、ミーナ、目を覚ますんだ。ミーナ」
ミーナの瞼が少し動いた。それを見て皆で声をかけたが、意識は戻らない。
「本職に見てもらったほうがいいかも。本隊に合流すれば、医者と聖職者がいる」
「分かった。ならここから移動するか」
俺が立ち上がった時に、少年も続いて立ち上がった。
「ごめんなさい、本当に……ごめんなさい……こんな子を撃ってしまうなんて……」
彼は本当に悲しんでいた。少年は、見た目通り優しい子だった。
ハンビーを作り出し、リズに運転してもらっている。助手席には例の少年で、俺は後ろでミーナと一緒にいる。ガウナは俺達を先導するようにハンビーの前を走っている。少年は黙ってリズの言う通りにシートベルトをかけ、銃は後部座席に預けてくれた。
沈黙が続いた車内で、リズが少年に語りかけた。
「それにしても良い腕だな、君は。450ヤード(約400メートル)は離れていて、初弾でミーナの胸に当ててみせた」
少年は直ぐに返事をしなかったが、やっと口を開いた。
「君達は一体何者なんだ。渉だったか、君は精霊なんだろう?なんで君達はこんなところで戦ってるんだ」
「私も精霊だよ。眠っている彼女は、昔は人間を襲っていたが今は悪い子じゃない。君こそ年端も行かぬ女の子だろう。たった一人で戦って、そしてカエルラ製の最新式ライフルをどこで手に入れたんだ」
そういえばそうだ。異世界だから普通に子供が銃や剣を持ってるのも普通なのかと思ったが、彼女は良いライフルを持っていた。ん?女の子?
「私をどこまで連れて行くつもりなんだ。やっぱり魔族の手下なんじゃないのか」
「私達が狼男やゴブリンの為に働いていると思うか?ミーナは邪龍だし、前を走っているのがヘルハウンドだから少しばかし説得力がないが。信じて欲しいのは、今向かっているのはライゼンリード軍の野営地だということだ。私達は北部戦線を終わらせてここまで来たんだ。渉、そろそろ着くから先に行って状況を説明してくれ。医療班を待機させておいて欲しい」
あの子は女の子だったのか……コートだからちょっと分かんなかったよ……俺は言われるままに上部ハッチから顔を出し、野営地に向けて飛び出そうとした。だけれどもそこで思い直し、ミーナの様子をもう一度見てから行こうと考えた。
ミーナの手を取って脈を確認する。ちゃんと動いていた。手を置いて今度こそ行こうとした時、手を掴まれた。振り返ると、ミーナが目を覚ましていた。
「ミーナ!……良かった!」
喜びで体から一気に力が抜けた。前に座っていた二人も様子を確認して安堵の声が上がる。ミーナは俺を見て、突然、堪えきれない声を上げて泣き出した。ミーナが無事でよかった、泣きたいのは俺達の方だぜ。いや、もしかしたら痛みがあるのかもしれない。俺はどうしていいか分からず、ミーナの両腕を掴んだ。
「ミーナ、大丈夫か?痛むのか?」
ミーナは首を振っている。ミーナは直ぐに俺の胸に飛び込んで抱きついてきた。さらに泣き崩れてしまっている。痛みじゃないのなら、怖かったのだろうか。でもそんなことよりも、俺の胸の中で声を出して泣いているミーナがただ愛おしくなり、そのままミーナを抱きしめた。
ミーナはしばらく俺の胸の中で泣いていた。陣地のある丘の下まで着いても、まだ泣いていた。俺達はハンビーを止め、ミーナが泣き止むまでそこでしばらく待っていた。




