17 岸の狭間で 上
今日からは街道に入って内陸を進む。私達は魔族の兵站を奪って進んでいる。奪っているのは彼らの食料、ユグドラシルの山羊だ。ダークエルフが彼らの神に捧げる生贄として使っていた。この山羊は半精霊種に分類される。大気中の魔力をエネルギーに変換することが可能で、少ない食事で済むし、非常に短い期間で大きくなる。
つまりは山羊なのに小食で、飼育が非常に楽なのだ。人間達もこの精霊山羊を好んで飼育するが、その飼育の容易さから魔族でも育てられている。
オジクスら邪龍は、人間が未だ確保出来ていなかった東部世界で山羊達を飼育し、この戦場に送り込んでいる。現在ではレタレクト帝国の世界樹が彼らの手に落ちていて、そこで飼育された山羊も供給されている。
しかし我々によってアダマス海南部地域の兵站輸送を妨害しているので、この地域の魔族は空腹を満たせない日々が続いているだろう。主に空を飛び回る渉の活躍のおかげだ。本隊近くで捕捉できた時には部隊を派遣し、山羊は我々の食料になっている。食材としては普通の山羊と大差ない。むしろ食べ易くて美味しいそうだ。ライゼンリード軍の方で調理をしてもらっている。
上陸してから五日が経った。ここまで魔族の襲撃を受けていない。私は特にやることがなく、ただ歩くだけだ。仕事らしい仕事と言えば、ガウナの狩りに付き合うことぐらいだろう。
ミーナ達が魔族を狩ることによって我々の味方であることを示せるし、ガウナの食欲を満たすことも出来る。ミーナとガウナにサポートは全く必要無いので、これも本当に見ているだけである。今日も獲物を見つけた。三匹の狼達が寛いでいる。いつもは他の騎士達が同行するのだが、今日はミーナの気分で私しか付き添いに来ていない。
「それじゃ、いってくるから」
「ああ、気をつけて」
ミーナを乗せたガウナが、緩やかな斜面を下りていく。狼達はガウナに気づいて警戒しているようだが、逃げ出さずにガウナ達を見ている。ガウナは少し方向を変えたりして距離を詰める。百メートルほどの距離になると、ミーナがガウナから降りた。狼達は忙しなく周囲を見回している。
ガウナは突然走り出した。狼達が一斉に逃げ出す。しかし、一匹の狼の真下から漆黒の触手が現れ、この影のような触手に捕まって身動きが取れなくなってしまった。更にもう一匹もこれに捕まった。ミーナの発動した精霊魔法、影絵だ。獣達は必死に抵抗するが、全身を締め上げる力から逃れられずに宙へ少しずつ浮かされてしまう。
狼を締め付けていた触手の先端が鋭さを帯び、刃物の形をとる。漆黒の刃が暴れる獣の首筋に触れ、そしてゆっくりと掻き切っていく。悲惨な光景だ。必死の抵抗も虚しく、声が出せなくなってもまだ苦しんでいる。私なら影絵で苦しまずに仕留められるが、まだミーナにはその技量が無い。
一匹が動かなくなると、もう一匹の暴れる狼が処理され始めた。やがて静寂が訪れる。
静かになると狼達に纏わりついていた影が消えて、地面へ転がされる。彼らを捕食するのは影ではなくガウナだ。ガウナは自分が仕留めた一匹を咥えて、横たわる二匹の元に戻ってきた。
暫くの間、ミーナはガウナから降りた場所にポツリと立っていた。気になって私も飛び寄り、ミーナの斜め後ろに降りて、彼女の隣に立つ。ミーナはただジッとその光景を見ていた。私は何だか寂しくなって、ミーナの肩を抱いた。他の騎士達が在れば邪龍としての表情を絶やさないミーナだが、今は只の人間の少女に見えた。
ガウナが二匹目を食べ始めたとき、周囲の精霊が私に何かを伝えようとしてきた。悪い予感がして、周囲を見回す。座っていたミーナが立ち上がった。精霊達が指し示す方向に目を向けた瞬間、銃声が正面から轟いた。私は咄嗟に正面から死角となるように飛び込んで伏せた。私自身は撃たれていない。ミーナが、右胸を撃たれて膝を付いていた。走り寄ってミーナを抱き寄せる。ガウナがミーナの元へ戻ろうと駆け出していたが、私は手振りでこの場から立ち去るように命じた。
「ここは私に任せろ!」
伝わるかどうか分からないが、声に出してガウナに言うしかない。次弾が私に向けて発射された。私はガウナに下がるよう手で指示を出しながら、磁界を紡いで弾丸を逸らした。私の思いが伝わったのか、ガウナは後方へ撤退していった。
精霊達にミーナの治癒を命令する。私も魔力を紡いで自属精霊を紡ぎ、ミーナの止血を食い止める。
「リズ……」
ミーナが喋ると口から血が溢れ出す。
「ミーナ、喋らなくていい。今はゆっくりお休み。ゆっくり、ゆっくりお休み」
ミーナの頭を撫でながら眠りにつかせる。眠ったところで、ポーチから無線を取り出す。
「渉、ミーナが撃たれた。繰り返す、ミーナが撃たれた。スナイパーに狙われている」
無線で渉に呼びかける。渉は無線に応答しないまま、すぐに上空から現れた。




