16 エズリーズの南部戦線所感
ライゼンリード軍の増援がオストフチに到着、街には一個小隊を残して出発した。我々は彼らが乗ってきた蒸気船に乗ってアダマス海を進み、上陸した後は徒歩での移動となる。ドニエプル川沿いの前線に合流するのではなく、魔族勢力圏にて上陸する。
現在の南部戦線はドニエプル川を挟んで停滞している。ここまで優勢だった魔族達はオジクスを失って勢いが止まった。両陣営とも大きな動きが取れていない。オストフチ滞在中は十月末だったが、今は十一月だ。これから更に気温が下がる。今日現在まで雪はまだ降っていないし、ドニエプル川は凍結していない。
渉は相変わらず飛び回っている。偵察、北部戦線及び南部戦線との連絡係、更にはオストフチに戻ったりと大忙しだ。渉が働きたがるのは、私を休ませたいという思いもあるのだろう。渉は精霊魔法ならいくら使っても疲れない。本来であれば、人間でも精霊でも、魔力を使い続ければ疲労を感じるはずなのだ。それ無しで魔力を行使できるのは、渉の大きなアドバンテージの一つだ。今の渉は精霊だが、人間のように休息が必要なので夜は休んでもらっている。
渉は私の仕事を奪おうと必死だが、南部戦線の上層部に顔馴染みも多いので本来ならば私の方が話が早い。渉がアントワーヌを南部戦線に連れて行ったので、意思疎通に問題は生じていない。北部戦線ではマクシミリアノ共和国領内の掃討戦が行われているが、組織的抵抗は既に終了している。
我々が向かっているのはリストチェントという村である。狼種の魔族達が拠点としている。リストチェントまでは遠い。オストフチから直線で四百キロ以上離れている。徒歩だけの行軍では三週間は掛かるだろうとのことだ。我々は途中まではこの船で行けるが、リストチェントは内陸である。上陸予定地からは二百キロ離れているので、矢張りかなりの距離を歩かされることになる。一日二十キロを歩いて十日の寸法だ。
リストチェントでは邪龍、そして亜人である人狼種の姿も見られる。人狼達が狼を管理し、手懐けている。彼ら人狼種はレタレクティア帝国の人民だが、この村にいる人狼達は邪龍の命令で動いているようだ。リストチェントでは邪龍達が指揮する魔獣の姿が見られない。北部戦線で見られた恐怖による支配ではなく、彼ら人狼達は自発的に協力しているらしい。人間は亜人種を快く思っていないから、この流れはある種当然の結果とも言える。亜人種達のこの動きが広まってしまうのは避けたいところだ。
我々は上陸予定地にて船を降りた。上陸地は何も無いただの浜辺だ。ボートにて下船し、兵站は主に渉の念動力で水揚げした。
少し進んだところで夜になり、野営をすることになった。食事をしながら、ミーナと今後の話をしている。食事はいつもだったら渉とミーナ、そしてガウナと一緒なのだが、渉は出掛けてしまっている。
「ニンゲンたちは川のむこうにいるんでしょう?あなたたちだけでリストチェントにいってどうするの?」
ミーナは、皆が言わないだけで思っていることを聞いてきた。リストチェントは数千の狼達が冬を越す為に待機している場所だ。邪龍が陣を構えるポルタヴァから、北北西に百七十キロ離れた場所に位置している。
「リストチェントは交通の要衝で、この地域の心臓の役割をしている。魔族が冬営中の今がチャンスなんだよ。我々が心臓を掴めば、停滞している戦局をひっくり返せるかもしれないだろう?」
ミーナに優しく言ってみたが、大隊規模だけで南部戦線の敵勢力圏を横断し、旅団規模が駐屯する拠点を叩く、というのは大胆かつ馬鹿げた作戦だ。全滅の可能性は高く、勝利の可能性はあまりにも低い。
リストチェントの次にはポルタヴァを開放しなければならない。しかし、千を超える邪龍が冬営している場所だ。邪龍単騎でドラゴンを屠る能力があるのだから、はっきり言って人間では勝ち目がない。
ステファンが山羊肉の入ったスープを片手に、話に割って入ってきた。
「この人数で数千の魔族、しかも相手は狼だ。そこのヘルハウンドほど強い訳じゃねぇが、かなり無茶だぞ。確かに今までの戦いはスゴかったけどよ。今度は規模が違うんだぜ?デカイ規模だ」
確かに数量で見た戦力差は圧倒的だ。
「皆が踏み込む前に、渉が上空から爆裂魔法で数を減らしてくれるから。ステファンは魔族が逃げ出した村を占領するだけだよ。それに、狼の突撃なんて支援のない騎兵突撃のようなものさ。ライゼンリード軍を信じろ」
ステファンに言った爆裂魔法とは絨毯爆撃のことだ。
狼の突撃を過小評価するようなことを言ったが、断じて本心ではない。
「イマイチ理解できねぇ。また前みたいにデカイ魔法で一気にやっちまえばいいのによ」
「渉は純粋だから、村を破壊したくないんだよ。例え住民が住んでいなくてもね」
リストチェントには、もう住民の姿がない。家屋は全て焼け落ちている。
「空から見て人間は住んでないんだろ?だったら村ごと消しちまった方が確実なんだよ。ワタルが攻撃して、逃げ出した魔族の向かう先が俺らだったら、俺らは命を賭けて戦わなきゃならねぇんだ。本当に無駄じゃねぇか」
「ステファンの言いたいことは分かるさ。だけれども、オストフチのように住民が隠れていないと断言できるか?カエルラの騎士として、君の剣に誓えるかい?」
直接乗り込んだ訳じゃないから、本当に住民が廃墟の中に居ないとも限らない。オストフチでは地下室に隠れている住民もいた。
正直言えば、リストチェントはオストフチ程の街ではなく、村だ。望みは薄い。だが渉は諦めていない。渉はたとえ燃え尽きた家屋でも爆弾を投下しないように決めている。
「この戦いは戦争だ。魔族と人間の戦争だよ。俺はソランジュみたいに人間が出来てねぇ。しかもここはカエルラじゃないんだぜ?苦しんでる村人には悪いが、命を張ってまで助けられねぇよ」
ステファンが来てから黙って食事をしていたミーナだったが、ここで話に入ってきた。
「カエルラのきしって、ニンゲンたちのしゅごしゃだったんじゃないの?ニンゲンの村もいのちをはってまもれないんだ、あなたたちは。ワタルのやりかたがきにいらないなら、あなたがひとりで村をけしてくればいいじゃない」
いつもは冷静に返すミーナだったが、今日はそうではないようだった。ステファンは舌打ちした。
「チッ……出来るんだったら、俺がワタルみたいに強かったら、とっくにこの戦争を終わらせてんだよ……」
ステファンはそう呟いて木枯らしみたいに立ち去った。私には噛み付いてきていたが、なんだか呆気ない。
「ニンゲンっておろかね。できもしないことをなげいて」
ミーナはご機嫌斜めのようだ。私はガウナと一緒に、なんだろうねと首をかしげる。ミーナは無言でスープをお替りして戻ってきた。
「ステファンは努力家だ。天賦の才能がある訳じゃない。この世界は生まれた時からとんでもない差がある。人間は生まれた家柄で貧富の差があるし、生まれた時の魔術特性から逃れることはできない。特に彼ら貴族にとって、魔術という問題はとても大きな問題なんだよ」
ステファンが嫉妬するのも分かる。ステファンがどれだけ訓練しても、精霊である我々には遠く及ばない。
「わたしにはほえるどりょくをしてるようにしかみえないわ」
相変わらず辛辣だな、ミーナは。八歳とは思えない器の大きさだ。ステファンや渉も、ミーナのように心のゆとりを身に付けて欲しいものだ。




