15 ドラゴニア
オストフチでの戦闘の翌日、正式にこの街に滞在することになった。アダマス海では、UAVと渉の空からの捜索により、後続隊を乗せた船団が発見された。渉が乗船して直接コンタクトを取り、大隊規模が二日後に到着する手筈となった。通信機器の設置も完了しているので、いつでも状況確認が可能だ。
私はミーナとガウナに付き添って市街地を回っている。ミーナはガウナの上に乗っかっている。住民たちはヘルハウンドであるガウナを見て警戒こそするものの、特に問題は起こっていない。ミーナの方はフードを被っているので、ただの少女にしか見えないだろう。今は彼女の赴くままに歩いている。私たちは大通りにやってきた。
「これはエズリーズ様。観光ですか?」
通りを歩いていたソランジュに声をかけられた。
「そんなところです。彼女達が街を見たいというものですから」
因みにガウナも女の子である。渉と一緒に寝ていたのは全員女の子だったわけだ。
「私もご一緒させて頂いて構いませんか?」
「ええ、勿論です」
ソランジュが一緒だと助かる。カエルラ騎士が一緒なら、住民達がガウナを見ても多少は安心できる。
庁舎が並ぶ大通りでは、渉の用意した食料の配給が行われていた。この街は一ヵ月もの間魔族に占拠されていた。恐怖と飢えに苦しんでいた彼らを、今ようやく解放することが出来た。
「それにしても凄いですね。大精霊様はどうやって物資を収集されたんですか?」
「あの物資を集めてくれたのは全部渉だよ。今もアントワーヌ達のところで、今後の相談をしてくれてるよ」
渉が北部戦線本陣まで戻って交渉に向かっているのは事実だが、普通は一晩でこれだけの物資を集められる筈が無い。五千人の人口がしばらくは生活できる量の物資だ。ソランジュは私の一言で納得していた。彼女はカエルラの騎士だ。カエルラの兵站能力に慣れているので不自然に思わなかったのだろう。
私達は遠くから配給所を見ていた。今でも多くの者が並んでいるが、時間が経てば更に大勢がやってくるものと思われる。
「エズリーズ様、あれはアストリッド殿下じゃないですか?」
何やらソランジュが指を差す。アストリッドが、直接住民に物資を手渡していた。
「働くねぇ、アストリッドは。大勢の住民が配給に協力してくれてるから、彼女は休んでいてもいいんだけどね」
ソランジュは胸に手を当ててアストリッドを見ていた。彼女の瞳が輝いているように見える。
「ソランジュは、彼女に仕えてみたいと思う?」
「いえいえ、私はカエルラの騎士ですので」
「カエルラに忠誠を誓っていれば、君はどの国に仕えていてもいいんだよ。レタレクトやマクシミリアノなら魔族との最前線だ。この国にも多くのカエルラ騎士たちが仕えていると聞くが」
北部戦線の戦場がマクシミリアノ共和国で、私達が今戦っているのが南部戦線のレタレクト帝国だ。東に行けば行くほど魔族の襲撃が多いという地政学的リスクが存在する。逆に言えば、魔族と戦いたい者はこの地に多く集まる。
彼女は騎士であり、詰まる所軍人である。軍人が他国で経験を積むのはよくある話だ。
「私は現にカエルラの騎士として、ここで魔族と戦っておりますので」
「まあ確かにそうだな」
「あなたたち、ここにまぞくがいるのにしつれいしちゃうわね」
ガウナから降りたミーナが、話を割って批難の声を上げる。
「すまない、失礼した。ガウナも魔族だったな。だが私は、良い魔族には寛容だ」
ソランジュが膝を曲げてミーナの頭を撫でようとしたが、ミーナは退いて拒否した。ソランジュは立ち上がって悲しそうな顔をしている。
「ソランジュ、悪いのは私たちだぞ。すまない。お詫びに何かおごらせてくれないかな」
「エズリーズ様、あちらでりんごのシュトゥルーデルが売っているそうです。私が買って参りますね」
ここはソランジュに任せることにした。甘いものに関してはカエルラ随一との噂を耳にしたことがある。
それにしても、この街は解放されてから朝日を一度迎え入れただけだというのに。人間というものは、何と立ち直るのが早いことか。
「ガウナも何か食べるかい?」
「ニンゲンを食べさせてもいいの?」
ミーナがニッコリと憎まれ口を叩く。なかなか可愛い所がある。
「人間は駄目だけど、後で街周辺の狩りに参加しないか?」
オストフチ周辺にはまだ魔族が多い。この一帯を制圧しないことには、この街の住民は生活していくことが出来ないだろう。
「いいよ。どうせガウナの食べものなんて、このまちにないんでしょう」
「ミーナとガウナが手伝ってくれれば助かる。この街で少し休んだら、私達と一緒にソカーニルに会いに行こう」
「うん、はやくお姉ちゃんに会いたい」
ミーナは人間と邪龍の遺伝子を持つドラゴニアだ。邪龍の血が流れるミーナが、ドラゴンであるソカーニルを慕っているというのはおかしな話だ。邪龍はドラゴン狩りの種族。本来は相容れる筈がない。
ソランジュが買ってきたデザートを食べながら、ミーナの話を聞いた。
「わたしはね。ろくさいのときに、お母さんにすてられたの。ニンゲンたちはツノがあるわたしをニンゲンとみとめなかった。いつもいやなことされた。お母さんは、わたしをそだてるのがたえられない、っていってわたしを森においだしたの」
ミーナは言い終わるなり再びデザートに齧り付いた。ミーナを生んだ母親は、ドラゴニアの母である事を隠せない。周囲からの目に耐えきれなくなったのだろう。ミーナは先ほどから自分は人間ではないような口振りだったが、人間への憎悪からきているのかもしれない。
「亜人種全般が人間から好まれていませんが、ドラゴニアは尚更でしょうね」
「リズみたいなせいれいは好かれてるのにね」
ミーナは八歳だ。聞くと二年前の出来事である。彼女はドラゴニアであるが、人間社会で生きてきた。亜人種の中でも強力な種族であるが、森の中で生き抜く力は無かったはずだ。ドラゴニアは存在自体が希少だ。邪龍は近年では人間の生活圏に近づかなくなった。彼らはエルフや獣人たちのように、人間世界における共同体が存在しない。彼女をヴィルヘルミナと名付け、ミーナと呼んで育てた母親が彼女を捨ててしまえば、ミーナは天涯孤独になってしまう。
「私達精霊は人間の形をしてるだけさ。亜人種って訳じゃない。ミーナは、森の中ではどうやって過ごしたんだい?」
「わたしはなんとか森のなかですうじつ生きのびた。だけど、おなかがへってうごけなくなった。そんなときに、ガウナがわたしをお姉ちゃんのところに運んでたすけてくれたの」
「あのヘルハウンドがあなたを助けてくれたのですか?あなたを食べるのではなく?」
ソランジュの質問にミーナは首を縦に振る。彼女達はその頃からの付き合いということか。
野生動物たちの間で、こうした捕食者と被捕食者たちの奇妙なエピソードは時々あるらしい。魔獣という戦闘兵器であるはずのヘルハウンドも、母性本能というものを享有していたのだ。しかしそのような話は一時的なその場の関係で終わることが多い。今の二人は家族同然のように見える。
「ミーナにとってガウナはどんな存在なのかな。姉とか、お母さんとか?」
「う~ん、いもうとかな」
ミーナは少し考えていたが、ミーナの中でガウナは妹らしい。ガウナはミーナに頭を撫でられていた。
その後もミーナの話を聞いた。ミーナは森の中でガウナと会ったときに使役術を知らなかった。初めて会った時から、ミーナはガウナを使役術無しで従えているという。
使役術は、魔獣に恐怖心を植え付けて支配する類のものだ。使役術で命令された魔獣たちは恐怖を通り越して反射的に従う。使役術の技量は勿論、術者のカリスマ性も重要と言われている。ミーナは邪龍ではあるが魔獣が服従するような存在には見えない。もしかしたらガウナを従えている事が大きいのかもしれない。
ソランジュがミーナに質問した。
「ワーフ大森林で、ミーナ達は何をしていたのかな?」
ワーフ大森林でヘルハウンドを操っていたのは彼女だ。
「わたしとお姉ちゃんはオジクスたちにめいれいされて、ゴブリンたちがニンゲンをおそうようにめいれいしていたの」
「ヘルハウンドを使って魔族たちを脅していたんだね」
「いろんなところからジャリュウたちがまぞくをあつめてきた。ヘルハウンドもたくさんつれてきてた。あなたたちがころしたのは、そのときにはじめてあった子たちだった」
ミーナはやはり根に持っているような感じがする。それは仕方のないことだろう。
それにしてもあれだけの数のヘルハウンドを邪龍が用意したらしい。ヘルハウンドは野生でも生息しているが希少な種族だ。突然現れるのでハデスの使い魔とも呼ばれて人間から恐れられている。世界のどこかで引きこもっていた邪龍達はどうやって集めたのだろうか。
「ミーナは、やっぱり私たちを恨んでる?」
ソランジュの問いに、ミーナとガウナは空を見上げた。
「ガウナをころしてたらうらんでたね。でも、まぞくなんていきるかしぬかだから、わたしもガウナもうらんでないよ」
私たちに思うところはあるだろう。だがガウナを殺していなかったので、ここまで仲良くなれたのは幸いだ。
「ミーナとガウナは私と渉が守るから」
「私も、あなた達を守ります」
ミーナにはこの戦いを終わらせる力がある。だから私は、あなた達を守る。




