13 ファイアインザホール 上
囮の二人にヘルハウンド達は食いついた。あれだけの距離を走り続けていたにもかかわらず、獣たちはスピードを上げ始めた。
二人が丘を越えて、肉眼で見えるようになる。二人とも馬を全速力で走らせている。ヘルハウンド達はまだ丘にたどり着いていないが、更に速度を上げている。
「そのまま全速力で走って、アストリッド達に合流してください」
二人が俺とリズの傍まで来た。馬上の二人を、拳を上げて見送る。ノートパソコンの画面を見ると、間もなくヘルハウンド達が丘の頂上に差し掛かるところだった。
「渉は私が守るから。絶対に離れないで」
「わかってる。準備はいい?」
ヘルハウンドが、次々に姿を現す。一匹の背中に、フードを被った邪龍も乗っている。そろそろ頃合いだろう。
俺は、握っていたスイッチを作動した。あの一帯に、C4とクレイモアが大量に敷設されている。丘を駆け下りるヘルハウンド達の足元から、凄まじい爆発と鉄球の雨が襲う。百メートルは離れているが、ノートパソコンが倒れていた。
俺はリズの張った結界に守られている。無数の石ころが結界にぶつかり、ヘルハウンドと思われる肉片も吹っ飛んできた。
衝撃が収まったところで、正面の状況を見る。十体ほどのヘルハウンド及びフードを被った邪龍が、倒れて苦しそうにもがいている。扇状に爆薬を仕掛けていたので、先頭だった彼らは無事だった。邪龍はまだ生きている。狙い通りの状況だ。邪龍は立ち上がり、自分が乗っていたと思われるヘルハウンドにフラフラと駆け寄っている。
俺とリズは直ぐに行動を開始し、倒れていたヘルハウンド達を仕留めていった。邪龍のあの行動が気になる。
「リズ、あの邪龍の乗っていたヘルハウンドは殺すな」
「了解」
リズも同じことを考えていたのかもしれない。邪龍は目の前のヘルハウンドが殺されても、ただ一体のヘルハウンドに向けて必死に進んでいる。
あらかたヘルハウンドを掃除した。後方から騎士たちが駆け寄ってきている。そして、邪龍と思っていた人物は、起き上がっていた時に気づいていたが、少女だった。敵はもうこの少女と一匹しか残っていない。
少女はオジクス達と現れた邪龍とは違う。オジクス達は明らかに人間と区別できた。だがこの少女はどうみても人間だ。ただ違うのは、頭に小さな角が生えていることだ。ソカーニルからそういう邪龍がいることも話に聞いていた。
俺とリズで左右から囲む。馬に乗ったカエルラの二人も、退路を断つように回り込んだ。街の方向は駆けつけた騎士たちが抑えている。
ヘルハウンドは立ち上がることが出来ないが、声高に咆哮を続けて威嚇する。少女はまだ頭痛がするのだろう。忠犬に片手をついて立ち、頭を押さえている。
「あなたたち……」
少女が小さく呟き、周りを見回す。
「俺達はお前を殺す気はない。そこに居る君の相棒も、殺す気はない」
少女は周囲を見回し、観念したのかヘルハウンドをなだめ始めた。とりあえず威嚇が終わる。
「わたしたちをどうする気なの?ガウナをつかまえて、食べたりするの?」
「君と話がしたいんだ。君の名前はガウナ?この子の名前はなんて言うんだい?」
「わたしは……ミーナ。ほんとうはヴィルヘルミナだけど、ミーナでいい。こっちがガウナ。ガウナをころさないで」
「ミーナとガウナか。解った。俺は精霊の渉。ミーナもガウナも殺したりしない」
「せいれい?ソカーニルお姉ちゃんとおなじせいれいなの?」
ソカーニルの名前が出てきたか。しかも、お姉ちゃんときたか。年齢は見た目通りなのかもしれない。邪龍は人間と子供を作ることが出来ると聞いた。邪龍は欲望という概念が希薄な存在だ。だが、中には人間を捕まえて性欲を満たす個体もいるという。その結果、邪龍と人間の間に子供が産まれる。ミーナは、ヴィルヘルミナはそんな子なのかもしれない。
「ここじゃなんだから、少し歩かないか?座りながら、皆で話をしたいんだ」
死体の山が目に入っては話も進まないだろう。それと正直言ってリズが隣に居ないのがすごく不安だ。今はミーナを包囲するために俺は独りで立っている。一人で話を進める自信がなかったので、早く皆と合流したい。
「まって」
ミーナは苦しそうにそう言った。
「みんながかわいそう。このままじゃ鳥や獣たちがむらがってきて、みんながそんなやつらに食べられちゃう。とくに、ゴブリンなんかに食べられないようにしてほしい」
確かにそうだな。このまま放置すれば、彼女の言う通りになるのだろう。
「わかった。埋葬してあげる?」
ミーナは首を何回も縦に振った。
皆に協力してもらい、ヘルハウンド達を弔うことにした。不発弾の捜索を行い、俺が魔術念力で墓穴を用意し、皆に協力してもらって埋めた。騎士たちは貴族であり、数人に作業を拒否されたが、最終的に彼らも何かしら手伝ってくれた。王族であり指揮官でもあるアストリッドが率先して死体の回収をしていては、彼らも動かざるを得なかったのかもしれない。殆どの騎士たちは抵抗なく、むしろ進んで協力してくれた。
墓標には、騎士たちの意向を受けて十字架が建てられた。ミーナもそれに同意した。十字架は騎士たちが調達してきた木材などで作られた。
俺は墓標の前で、両手を合わせて彼らに謝罪と安らかな眠りを祈った。その時に、ガウナは天高くに向けて吠えた。思わず後ろを振り返った。遠吠えを終えたガウナは、真っすぐ俺を見つめている。ミーナはガウナに体を預けるようにして、目をつぶって抱きしめていた。彼らは何を思っているのだろうか。俺のことを憎んでいるのだろうか。