1 最初のブリーフィング
説明によると『異世界』の状況はこうだ。現在人間と魔族との間で戦争が勃発。事の始まりは、小規模ながら統制された魔物たちが人間の生活圏を襲うようになったことだ。
そんな中、魔族の集結を察知した人類は団結して先制攻撃をしかけるも、現在戦況は膠着状態に陥っている。
リズはもちろん戦争を終わらせたいのだが、それとは別に妖精としての使命のようなものがあるらしい。
戦闘中の地域に、魔法の素となる『マナ』を生産する『世界樹』なるものが存在し、陥落して魔族の拠点となるのを避けるため、人類側は世界樹の焼却を検討しているとのことだ。彼女はそれを止めたいらしい。
今日まで学生をやっていた自分には途方もない話だ。しかし妖精である彼女がいる以上、この話も本当だろう。
「リズの世界がヤバイのは分かった。だけど、俺に何かできるのか?」
「こっちの世界と向こうの世界では二か月のタイムラグがある。それまでになんとか手段を考えなくちゃ……」
タイムラグとはなんだろうか。
「タイムラグ?」
「こっちの世界と向こうの世界は、だいたい二ヶ月ごとに道が開かれるの」
リズはこっちの世界に戻ってきたばかりだ。
「二ヶ月はそっちの世界に行けないということか」
うーむ二ヶ月か。異世界ものでよくある突然飛ばされて帰れない、と言うわけではないし日本に帰ってくることも可能とのことだ。
しかし二ヶ月帰って来ないとなると、日本に帰って来た時にいろいろと問題が残るが。
でも、リズは一日で俺の家にいつも戻ってくるよな。
リズによると、向こうで二ヵ月過ごして地球に戻ってきても、一日しか経っていないらしい。逆もまたしかりだそうだ。
リズは里帰りして一日いなくなるのだが、本当は向こうで二ヵ月過ごしている。逆に、こっちで二ヵ月過ごしていても、向こうの世界に帰ったら一日しか経っていないのだ。異世界の門が開かれるのは、約六十日だが毎回微妙に違うらしい。そういう意味で、二ヶ月という表現の方がよさそうだ。
リズと会話しながら向こうの世界を想像する。文明はどれだけ進んでいるのだろうか。人類は生き残りをかけて、何と戦っているのだろうか。
人類の死闘、といえば二つの世界大戦が頭に浮かぶ。そんなところに自分が行ったところでなにも出来るはずがない。しかし行くか行かないかとなれば、当然行く。なんというか、無謀は若者の特権である。
「私たち妖精は人類を助けたいんだけど、動ける妖精は私しかいないの」
リズが、何年経っても小学生のような姿から成長しないリズは、いつも楽しそうだった。そのリズがこんな苦しそうな顔で、どうか助けてくれと必死に頼んでいる。
「分かった。やるよ」
サッと親指を立てて答えた。
「本当?」
「まだ実感がわかないけどね」
新しいゲームを始めるとか、クラスの連中と遊びに行く程度の感覚だった。それでもリズは、拍子抜けしたのかやっとクスッと笑ってくれるのだった。
とりあえず……戦力を分析しよう。作戦会議におやつをコンビニで買ってきた。リズも大好物のシュークリームを食べて気分が落ち着いたようだ。
聞いたところによると向こうの世界は地球で言う中世終わりから近代ぐらいの技術力らしい。
人類側の主力兵器はボルトアクションライフル、野戦砲、そして剣と魔法。妖精である彼女が当たり前のように存在し、人々が魔法によってファンタジーのように火や水、風などを操るという。
そして敵は人ならざる者達。ゴブリンやオークといった定番のモンスター、さらにはドラゴンを筆頭とした大型魔獣までもが連合を組み、人類に攻撃を仕掛けているという。
ドラゴンに剣と魔法で戦いを挑むなんて本当にファンタジーかゲームの中だけだと思っていたが……それに近代程度の火器でファンタジーのドラゴンを倒せるとも思えない。口に入れたポテチをかじりながらアゴをさする。
「現在の戦況はどうなってるんだ?」
「うーん……もちろん向こうは地球じゃないから地図は違うけど、現在の戦場だけ見れば世界地図で言う東欧に近いかな」
彼女はパソコンで世界地図を開く。異世界の戦闘地域を、地球の世界地図で説明するらしい。
「ヨーロッパ方面に人類の国々があって、それより東部は人類が開拓していない地域。その東部から魔族が西へ雪崩れ込んでる。ベラルーシのところにアダマス海という大きな湖があって、ベラルーシは全部がその湖になってる感じかな。バルト三国とウクライナの二方面で攻撃を食い止めてる。ウクライナ方面に人類、魔族共に主力同士の戦いになってて、戦線が広いこともあって数も個体差も圧倒的に不利な人類側は苦戦中。現在は、位置も形もドニエプル川のような大きな川が向こうにもあって、川沿いに防衛線を展開している。一方で、バルト三国方面は魔族の攻勢が強くないのもあって、主力でない部隊で防衛しているみたいだね」
似ているだけなので地球の世界地図をそのまま当てはめる訳にはいかないが、バルト三国からウクライナという長大な前線で戦っており、ベラルーシの国土に匹敵する湖がその間に存在して戦線を南北に分断しているようだ。
なるほど、本当に世界大戦並みの戦争が起こっているのか。銃も剣も魔法も使えない俺が行ったところで何も変わらない気がしてきた……
その後も向こうの世界の国家、その関係、人類の戦力などなど、ざっくりとマクロ的な情報を聞いていった。疑問に思うミクロを詰めていく。
「ところで現地の人とのコミュニケーションはどうするんだ?リズは大丈夫かもしれないが、俺は英語がちょっと喋れるくらいだぞ?」
一応小さい頃から教わって、小学生の頃に親の出張に二年間ついて行ったので英語はまぁ喋れる。
「なら大丈夫。向こうも英語だから」
えっ……向こうも英語使えるんですか?
「マジで?」
「マジ」
リズ曰く、この妖精が異世界から来たように、以前は世界同士で交流があって、現在は英語が広く使われているようだ。
「英語、グローバル言語すぎるだろ……」
途方もない話の連続だったがそこで肩の力が抜けた……両親には異世界でも話せる英語を使えるようにしてくれて感謝だな。一方のリズは、調子が戻ったようで俺の様子を見るなり棒アイス片手にどや顔だった……




