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8 はじめてのおつかい

 アダマス海を上陸用舟艇で移動している。四百キロを超える長旅だ。この船の限界を超えた船旅である。波は穏やかだったが、かなりの間高速で船に乗っていた。それでも、この船に乗る騎士たちは疲れた顔を見せていない。間も無く港町であるオストフチに到着する。


「アストリッド、もうすぐ作戦開始だ」


 アストリッドはあろうことか自分も行きたいと言いだし、しかも特に反対もなくついてきてしまった。今回は少数精鋭で行くしかなかった。車では森を抜けることが困難だし、ヘリでは翼竜やドラゴンに襲撃されたらどうしようもない。船でアダマス海を渡ることにしたのだが、俺の手持ちの船では十人乗るのが関の山だった。その貴重な十人の中に、お姫様であるアストリッドは自分とそのメイドを指名してきたのだ。王女(プリンセス)でもあるアストリッドを死なせてしまってはマズイ。彼女が「自分の身は自分で守る」などと言ったところで、俺は彼女を守りながら戦わなくてはならない。




 目標の港町が見えてきた。


「上陸用意!オストフチには住民がいる。総員速やかに魔族を殲滅して住民を保護すること」


 俺の心配を他所にアストリッドは高々と指令を下す。グローバルホークにてヘルハウンドの群の動き、及びその進行方向であるオストフチの偵察は行なっている。ヘルハウンドは、まだワーフ大森林を抜けていない。森林を抜けてからも距離は百キロ以上あるので、オストフチ近郊に接近するのは当分先として考えていいだろう。少し前に、アストリッドが言っていたことが頭に浮かんでくる。


「オストフチは人口が二万を超える都市だ。一ヵ月前に、オストフチはワーフ大森林から進行してきた魔族に占拠された。短い間に制圧された為、港町でありながら多くの住民が脱出出来なかった。そのころ十字軍はより前方で戦っていたのだが、この都市が落ちたことにより南部戦線は後退を強いられることになる。私と父は、その知らせを受けて本格的に軍を動かすことにしたんだよ」


 アストリッドはそんなことを言っていた。住民が暮らしているのは偵察により判明している。詳しい状況は判断できないが、この少ない人数で住民を保護しなければならないだろう。魔族は軍団規模(数万)でいるわけじゃない。偵察の結果、中隊から大隊規模(百~数百)がいると思われる。巨体のオークが港湾作業に従事、市街ではゴブリンやオーガが巡回している。


「リズ、俺たちはそろそろ出発する。後は頼んだぜ」


 操縦しているリズとハイタッチで挨拶する。続けざまにステファンと拳を合わせる。


「アストリッド、ユーニスをお借りします。リズから絶対に離れないでくださいね」

「了解だ。よろしく頼むぞ」


 俺を含めた三人が、先行して市街地に突入する。俺とユーニス、そしてカエルラからソランジュさんという女性騎士が同行する。俺は、手のひらの上に、工房である黒い球体を作り出した。アダマス海から海水を拝借して、工房に海水を汲み上げていく。これだけ海水を集めれば、一瞬で作り出せるだろう。目くらましに閃光フラッシュの魔法を放つ。その間に、小型のゴムボートを作り出した。皆からすれば、光と共に謎の物体が現れた訳だ。


「これが大精霊の召喚魔法……」


 船に居た面々は、一連の作業に驚いたようだった。俺は自分の錬金術を、眷属を召喚する召喚魔法であると説明している。リズによると、厳密な召喚魔法の技術はダークエルフの滅亡と共に失われてしまい、それに類似する魔法が残されているのみ、とのこと。


 錬金術だと、いろいろとマズいからね。悪魔を召喚しているとまたマズいので、精霊を召喚していることになっている。


「彼は水の精霊ゾディアックです。ユーニスとソランジュさん、彼に乗ってくれますか?」


 水面に浮かべた精霊ゾディアックに、二人が飛び乗る。


「召喚魔法で呼び出された水の精霊か……私たちが乗っている船のようなものも、精霊なんだろう?ワタルと一緒にいると、本当に驚きの連続だな」


 アストリッドは自分の乗っている船を撫で始めた。可愛がってくれるのは嬉しいんだけど、まぁ水の精霊も喜んでるんじゃないかなぁ。


「よろしくお願いしますね、精霊ゾディアック」


 カエルラのソランジュさんも船を撫でて、何やら話しかけ始めた。あぁ……嘘八百並べて申し訳ない……



 俺自身は飛行している。水面に浮かべたゾディアックボートをそのまま使うのではなく、俺はそれを魔法のじゅうたんのように扱って空中を駆け抜けた。このサイコキネシス(念力で物を動かす超能力)のような魔法も、魂魄結晶に組み込まれていたものだ。騎士の格好が似合う女性お二人も、ボートが飛んだのにはさすがに驚いた様子だった。











 市街地に潜入した。今のところ、魔物に見つかった様子はない。建物の陰から路地を覗く。大きな通りだが、人影は少ない。五十メートルほど先でゴブリンが三体、道端に座り込んで会話している。


「お二人とも、これからあのゴブリンに接近します。俺があの三体をやりますので、取り逃がしたらお願いできますか?」

「わかりました。ソランジュさんは計画通り、襲ってくる敵を警戒してください」


 俺はM4を構える。ソランジュさんは剣を抜き、ユーニスはどこからともなくナイフを数本取り出した。これが初の白兵戦となるわけだが、手足の震えというものは無い。あれはゴブリンじゃない、訓練で撃った標的と同じだ。頭を撃ったら、バタンと倒れるだけ。リズから教わったことだが、それを自分の頭に言い聞かせる。精霊なのに、人間の体じゃないのに、アドレナリンが出てるのだろうか。興奮から頭を落ち着かせながら、銃口を下げてゆっくりと近づいていく。


 ゴブリンがこちらに気づいた。狙いをじっくり付けて、引き金を引く。単射を繰り返して、一体ずつ仕留める。商店のガラス窓がリズムよく割れる音とともに、三体のゴブリンが倒れていく。それを見届けて、駆け足でゴブリンに近づく。無事に三体を倒していた。一応サイレンサーを付けているが、周囲の魔物に気づかれてしまっただろうか。だがモタモタしていられない。リズ達がやって来る前に、少しでも拠点確保クリアリングしておきたい。本格的な戦闘になったら、住民を誘導できるスペースが必要だ。


「ここからは迅速に行きます。魔族を見つけ次第、倒していきましょう」


 市街を三人で駆けていく。時折、建物から人が顔を出している。

 ソランジュさんが、街はずれの小さな教会を見つけた。


「ここなら住民を逃がすのにちょうどいいかもしれない。見ていきましょう」


 ソランジュさんに勧められて教会に入ると、数人がそこに居た。突然現れた俺たちに、驚きと安堵の声が上がる。主にカエルラ騎士団であるソランジュさんを見て安心してくれたのだろう。教会の神父さんにも事情を説明し、この場所を避難所として使わせてもらうことになった。もっと人数がいればこの場所に人員を配置できた。だがこの場には三人しかいない。


「この場所を中心に分散して魔族を狩っていきましょう。港の方が騒がしくなったら、魔族たちはそちらに集まってくるはずです。そうなったら、そちらの方に向かいましょう」


 俺のこの提案にユーニスは承諾してくれた。ソランジュさんは、「私はこの付近の住民が心配だ。彼らのそばにいてもいいだろうか」と言ってきた。ただでさえ少ない戦力を、拠点に固定化してしまうことに抵抗はあった。だが、彼女の言うことも正しい。


「分かりました。ではこの付近に住民を避難させますので、彼らの保護をお願いします」


 こうして、俺たち三人は個別に行動することになった。


「リズ、こちらは教会を中心に魔族狩りを始める。数体のゴブリンを既に倒したが、静かに倒せた。そっちはあとどれくらいで到着するんだ?オーバー」


 無線で、海上にて待機中のリズに問い合わせる。上陸用舟艇に乗り込んだ十人全員に、この無線と専用ポーチ、及び通話用ワイヤレスイヤホンを渡してある。現在二つのチームに別れているが、全員同じチャンネルを利用している。

 リズが何か答えようとしてくれたが、ステファンの割り込みが入る。


「あーー聞こえるか?聞こえるか?すごいな。こんなに離れてるのにお前と会話できるのか。こっちは上陸したくて待ちきれないぜ。オーバー」


 会話に割り込むな、という命令は忘れていたが、律儀にオーバーをつけるのは守っていた。


「ステファン、俺はリズに聞いてるんだ。割り込まれると話にならんだろう。リズ、ETA(到着予定時刻)を教えてくれ。こちらはいつでもいい。そちらのタイミングで突入してくれ。オーバー」


 俺とリズだけ無線持ってりゃよかったか……日本語で会話すりゃ良かっただろうか。ステファンって無口だけど、こういうところで元気になるんだよな。


「渉、こちらは今から移動すれば上陸まで十分の位置にいる。交信後、移動を開始する。上陸の支援は必要ないから、住民の保全を優先するように。交信終わり(アウト)


 リズの無線を聞きながら天を仰ぐ。ルールのない軍隊ってこんな感じになっちゃうのか。思ってた感じと違うんだよな。グタグタというか……そもそも俺たちの中で、絶対的な指揮権を誰に預けるか決めていなかった。


 立場的にはアストリッドが適任なのだが、俺とリズがやろうとしてる現代戦に、アストリッドは恐らく対応できない。現代戦って言ってしまうと大げさだが、この世界の人たちが体験したことのない装備を使っているのは確かだ。それを用いた行動や戦術は、アストリッドに理解できないはずだ。一方で、俺とリズはどっちが指揮を執るのか、具体的に決めていなかった。俺たち二人ならいつもそうだからいいのだが、今回は二人きりじゃない。無線も共有している。


「ワタル、あと十分でエズリーズ様が来ます。我々も行動しないと」


 確かにユーニスの言う通りだった。今あれこれ考えてもしょうがない。


「すみません、今は行動しないとですね」


 両手を上げて背伸びした。気合入れなおしたところで、こちらの三人で無線の調子を確認したのち、別行動を開始した。











 通りに魔族は少ない。時々歩いているものは倒して進んでいる。街の中心部にある大きい広場には、かなりの魔族が集まっていた。ぱっと広場全体を数えると、五十以上いる。広場の真ん中で寝ていたり、食事をしていたり、遊んでいる。俺一人では心もとないので、無線でユーニスに来てもらった。


「こちらは魔族はいませんでしたが、数人の住民と会えました。住民には家から出ないように、もしくは教会にカエルラ騎士が待機しているのでそちらに向かうよう言ってあります」


 ユーニスの報告を聞き、こちらも道中の報告をする。


「途中でゴブリン一体とオーガかオークを二体倒した。住民には会わなかったな」


 俺にはオーガとオークの違いがあんま分かんない。ゴブリンと違い、どちらもハチの巣にしないと倒れないので厄介だ。いくらか音は出ているのだが、この広場の魔物たちが異変に気付いた様子はない。


「もうすぐリズが到着するはずだ。その混乱に乗じて、後ろから奴らを叩こう」


 俺とユーニスは広場の角にいる。俺たちから見て真右、広場の反対側方向に港がある。リズ達が上陸するのを待ってから行動したほうがよさそうだ。

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