3 異世界昔話 上
「それで、こっちは聞きたいことがいくつかあるんだけども、俺に話したい事って何かな」
「前回の戦いでは、我が同胞たちをいともたやすく倒してくれたみたいじゃないか。率直に言う。我らはこの戦いを望んでいない。我らは獣達のように数が増えるわけではない。奴らのように食事も必要としない。世界の片隅で生きているだけで満足なのだ。此度の戦に現れなくてはならなかったのは我らの意思ではないのだ」
少女は胸に手を当てて神妙な面持ちで話した。つまり停戦協定か?彼女は指揮官か?単なる兵士か?彼女の言うことは本当か?本当だとして……アニメやゲームのような展開に多少テンションが上がっていたが、ちょっと頭冷やして落ち着こうか。
リズの顔色を窺ったが、釈然としない表情で、リズも状況を理解できてないようだ。俺とリズが沈黙している間、ソカーニルは手を下ろして、強く握りしめながらこちらを見ていた。
「これ以上ドラゴンを殺すなってことか?君と話してどうなる。勝手に戦いに来なければいいんじゃないか?君の後ろにある森の中のドラゴン含めた魔族たちは、誰が指揮しているんだ」
「私だよ。私が魔族を操って君たちを襲わせているんだ」
やはりと言うか、彼女が指揮官だった。しかし戦いたくないと言いながら襲ってくるとはおかしな話だ。
「なら君達は本当は戦いたくない……そちらとしてはこれ以上の戦いは無意味だ。そう言う訳かな?」
ドラゴンである彼女が指揮官で、ドラゴン達は嫌々戦わされている。休戦、終戦協定に来たと想定した。
「私だって本当は戦いたくない。森の中にいる魔族たちだって同じだ。だが戦わなくては我らは滅ぼされる。かのエルフ達が作り出した我らの宿敵、邪龍。人間種と我らを元に生み出された存在にな」
邪龍……つまりそいつらがドラゴンに命令していて、この戦いの原因であると。そいつらにドラゴンは脅されて仕方なく先の戦いに現れた、と。リズが騎士を一人呼んで指揮官を連れてくるよう指示した。騎士が向かうと、リズは俺に説明を始めた。
「渉は邪龍について知らなかったよね」
もちろん知るはずがないのである。
「かつてこの世界はダークエルフが支配していた。さっきこのドラゴンが言っていたようにね。彼らは強力な魔力を扱うことが出来たし魔法の研究も進んでいた。そして優れた職人、それに基づく技術力を持つドワーフの王国と同盟を結んでいた。お互い、種族的に仲は良くなかったんだけどね。ダークエルフの魔導とドワーフの技術が結びついて強力な兵器や産業機械が生まれ、この同盟の支配の原動力となったの。生み出したのは物質だけじゃない。生き物を新たに生み出した。世界に溢れていた狼やドラゴン、トロールといった危険な生物を、ヒトは魔族と呼んだ。その魔族を研究して兵器として改良した魔族、それが魔獣。そしてダークエルフは魔獣を従えるための魔法、使役術も生み出した。魔獣によって、強力な魔族溢れるこの世界を支配したの。でも、ダークエルフでも支配できない魔族がいた」
リズは俺からソカーニルに向き直した。ソカーニルは薄ら笑いを浮かべた。ドラゴンへの賛辞と受け取ったのだろう。くるりと後ろに向き、地を駆けた。直ぐに跳躍し、一瞬で少女は白きドラゴンへと姿を変え、空を飛んだ。
「リズの話で機嫌を良くしたみたいだな。可愛いとこあるじゃん」
ソカーニルは直ぐに戻ってきた。着地の羽ばたきの風圧がすごい……
「奴らダークエルフは我らを恐れ、我らに打ち勝つための魔獣を作り始めた」
ソカーニルはドラゴンの姿のまま話し始めた。そのままでも喋れんのか。
「そして生み出されたのが、我らとエルフや人間らを組み合わせた邪龍。奴らは内なる魔力のみ使う我らとは違い、内外問わずに魔力を使いこなすことが出来る。ダークエルフはさらに、魔獣を操る術まで邪龍に教えた。この世で支配できなかった我らを支配するためにな。この邪龍にも魔獣同様、操れるように使役術が組み込まれた。そしてダークエルフ達は邪龍を操り、我々に戦いを挑んできたのだ」
ソカーニルの話しているのはダークエルフが存在していた何百年も前の話だ。当時の人間は、いわゆる強制労働をさせられ運良く逃げることができても、強大な魔族や魔獣に食われるだけの存在だった。リズからダークエルフが滅んで人間の時代が始まったのが三百年以上前だと聞いている。
ソカーニルの話すダークエルフは、世界をほぼ支配してドラゴンを支配するのみだった。だが最終的にダークエルフを倒したのはドラゴンではない。貧弱な人間に討ち滅ぼされた。人間の最大の武器である知恵が、狡猾で英知に富むダークエルフを上回ったと言うのだろうか。あるいは、天が人間に味方したのだろうか。