始まり
東京のとある場所。
底辺のような、喧嘩にあけくれる日々の生活。足で踏み付けた男の頭。
「あ、ありがとう、おねえちゃん」
こういうのは稀だ。
いつもは、自分にいちゃもんつけてくる奴をぶん殴るだけだ。
今日はたまたま、絡まれてたガキを助けた。最初はどうでもよかった。無視するつもりだったが……あまりにも多勢に無勢。その上クソったれ共三人はニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべていた。
腹が立ったので、まず不意打ちに1人の首に蹴りを入れ、驚いてる隙にもう1人の鳩尾にもう1発蹴りを入れる。
殴りかかってきた奴にはその勢いを生かしたまま背負い投げでゴミ箱に叩きつけた。
この程度なら楽勝だ。
昔、お前はお人好しだとよく言われた。しょうがない。弱いものがいじめられてんの見ると、どうも居心地が悪い。
「怪我ないか」
「ないよ!」
そうか、と呟いた後に。一筋の風が深く被っていたフードを捲りあげた。
気づいた時にはもう遅い。
隠していた銀髪と、黒の中に赤みがかった眼の色が晒された。
ぽかんとしていたガキは、しばらくこちらを見ていた。
「ねーちゃん、きれーな髪だな!」
「…………………」
…てっきり、他のやつみたいに不気味がるかと思った。考えてみればそうか、こんな青アザありそうなガキがまた不気味がったりとかしたら世も末だ。
………ずっとこのまま、純粋のままでいられるとは思わないが。
そのガキを見ると、身なりは整っている。髪も上質だし、金持ちのガキだろう。
「お前なんでこんなとこ通ってんだ?おつかいでもしてたか?」
「ううん、あのおじちゃん達に、あっちに怪我した猫ちゃんいるって言われたの」
「屑かよ」
騙されるガキも馬鹿だが、そんなで騙す腐れ共もなかなかのもんだ。
「親とかはいんの」
「いるよ!さっき待っててって言ってきちゃった」
「大通りの方か?ならこっちだ」
「ありがと!ねえちゃん!」
さっき騙されたばっかで、よくこんな信用できるなこいつ。
まあ、ガキはガキだ。この年で警戒してんのもおかしいだろな。
そんなことを思いながら、フードを被り直して大通りに向かった。
しばらくすれば、通りに出る。
「虎次郎!」
「あ!ママ!!」
見れば、向こうの通。黒塗りの長い外車から降りて、こちらを見ている。
後ろにいる私を警戒しているようだ。
……思った以上に、こいつの親は金持ちらしいな。
「ママー!」
「!おいまて!」
あろうことか、このガキは横断歩道のない道を走りやがった。
母親は絶叫して、父親も慌てて出て来て戻れ!と叫ぶが、親と再会出来た喜びに聞こえてないようだ。
タイミング悪く、向こうから猛スピードで来るトラック。
「この馬鹿野郎っ!!」
「わ!?」
「きゃああああ!?」
トラックにぶつかる瞬間、ガキを向こうの道に放り投げた。
母親と、父親の、驚いた顔。
全てがトラックの急ブレーキの音でかき消された。
「……………ん…………?」
白い光に包まれて、目が覚める。
ひたすら、奥も後ろも何も無い空間。体は浮いてるのか立っているのかわからない場所だ。
「やあ。初めましてだね。」
「……誰だお前」
中性的な声に呼ばれ、声のする方を見た。そこに居たのは、中性的な顔の奴。やたらと白い服を着ていた。男女かわからず、ただ一つ言えるのは、やけに顔が整っているという事だ。
「私の名前は、全能の神、ゼウスだ」
「……神?」
「突然で申し訳ないが、君は先程……あの子をかばって死んだんだ」
あの子………ああ、放り投げたガキか。そのために死んだというのか、呆気ない。まあ、死んだとならどうでもいい。
「……随分と落ち着いているな?」
「もうどうでもいいからな。」
そういうと、悲しそうな顔をする。
それに何か、違和感を感じた。
「は?お前………」
「ところで、君は死んでしまった。本来ならこのまま……輪廻の輪に還り、転生するんだ。だが……君の場合、もう1つ選択肢がある」
「……………なんで?」
そういうと、手のひらから画面を出した。それどうなってんの、と聞く前に、そこに映し出された顔に声が出た。
「あの時のガキ…?」
「この子はね、将来流行る病の特効薬を生むという偉業を成し遂げるのだよ。」
「……………流行る病?」
「致死率90%」
「なんつーもん生み出してんだ!?」
つい声を荒らげた。
「一応、我々神は最初に生みだし、その世界が破壊されそうなら手を貸すけど……こういうのには手を貸さない。なんせ人間が自ら作ってしまう病だし、手の貸しようがなかった。」
「それでいいのかよ……」
「とはいえ、本当に人間が滅ぶ位の病だったからね。それはさすがにってことで、特例で彼に“使命”を与えたんだ。」
使命?
「使命というのは、神が唯一人に与えることの出来るものさ。乗り越えることで力を与える、神特有の魔法。といっても使いすぎたらその世界を壊すものだから滅多に使わない。」
「心読めんのかよ」
「で、そんな加護を与えた子を……君は助けてくれた。命懸けでね」
………なるほど。
「その使命ってやつは、力を与えても直接助けることは出来ないのか」
「そ。運命を捻じ曲げることは、法則的にまた別の場所を捻じ曲げるからね。特に地球はシビアでさ。君が助けてくれてほんと助かったよ」
「………あっそ」
だからなんだ。と思えばいきなり声高に話し出した。
「そこで!!君には第2の人生を歩んでもらおうと思ってね!」
「………?」
「異世界転生、ってやつさ。転移、とも言えるかな?地球とは別の世界で、自由に生き、自由にすることが出来る。不老不死も自由自在、どんな力でもあげよう。強くてニューワールド、そんな権利を君にあげようと思ってね」
「自由に……………その世界はどんな世界だ?」
先に情報だ。それによって変えよう。
「君の行ける世界はマグナゲートと呼ばれる世界。その世界では魔力が中心に成り立っていてね。魔獣やエルフ、ドワーフなどがいる……君の世界ではファンタジーといわれる世界さ」
「………なら」
願いは一つだけ。
「できるだけ誰とも関わらないで、森で静かに暮らしたい」
「……!」
神なら、知ってるだろうな。
私が、人間にどんな目にあったのか。
「多分、人とは分かり合えない。そっちの世界ではどうかわからないが。だから………そうだな、魔獣って仲間にできるか?」
「………あ、ああ。テイムという魔法で仲間にすることが出来る」
「なら、魔獣関係の力を出来るだけくれ。そいつらとは……仲良くしたい。動物はいい。感情表現がわかりやすい。」
「………苦労、したものな」
生暖かい目で見られる。
「………魔獣は、自分に対して善意を持つ人、真摯な人を好む。君なら大丈夫」
「……あっそ」
「となると、ほかの力は」
二人であれこれステータスとやらを作る。基準がわからないから、ゼウスに任せた。
「さ!出来たぞ!」
「………」
細かい字ばかりでよくわからない。
長ったらしく色々書いている。
「さて、直ぐにでも転生できるよ。どうする?」
「じゃ、さっさとしてくれ。」
「ははっ、さっぱりしてるね。」
その言葉を合図に、体が溶ける。
しゅわしゅわ、という表現があっていると思う。光ながら、溶けていく。
「ゼウス」
「なんだい?」
「………ありがとな」
「…………………ほへえ?」
間抜けな顔を見せるゼウス。
それに内心ほくそ笑みながら言う。
「色々、気を使わせたな。多分、私の過去も知ってるんだろ。だから……なのかは知らないが、こんな機会をくれた。次は、楽に生きさせてもらう。だから…………………ありがとう」
「………君、笑えるんだな」
失敬な。
そう思っていると、視界が消えていく。ゼウスはその中で、笑いながら手を振った。
「良い来世を!」
暗くなったと思えば、また目の前が明るくなる。とても視線が低く、森の中にいるようだ。
どうやら地面に座り込んでいたらしい。
立ち上がって見回すと、後ろにはログハウス。人の気配はない。
ノックしてから開けてみると、中には何も無い。が、家具だけは異様に揃っていた。
テーブルの上に置いてあるメモ。
【君が暮らしていけるように、家を用意したよ!食料や魔獣、魔法に関しての知識は君の体に記録したよ!あとは本棚に色々な知識の本を置いといた!のんびり生きるといい! ゼウス】
「随分干渉できるな全能の神」
地球はダメで、こっちなら出来るのか?……メモによればここは、私の家か。
1階建てだが、とても広い。ベットもあるし、奥にまだ部屋がありそうだ。
…………自由、か。
「まず、身を守れるだけの力をつけようかな」
そう思いながら掌を見る。
前のような、タコまみれの手ではなく、小さな手だ。
『君の今の力はそのまま引き継げるからね!』
ゼウスの言葉を思い出す。
まあ、なるようになるか。先ずは食料がないとな。そう思いながら外に出る。
「割と、果物が豊富だな」
頭に浮かぶ知識で、食べられる果物を得る。元の世界のに似た果物もあって、馴染みがある。
「……ん?」
何かの気配を感じる。
後ろを見れば……フワフワとした身体。くりりとした目。長いしっぽ。そして………頭に生えた角。
「にゃあ」
猫のような生き物が、こちらを見ている。子供のようだ。
(か、かわいい)
とてとてと近づき、果物を見ている。
その愛くるしさに悶えながらも、種族がわかる。
魔獣・ホーンキャット
一応魔獣らしい。だが、すりすりと頭を擦り付けてくる。
「………ほら、食べな」
「!にゃー」
そういえば、果物とか食べれるのか?
考えたらわかったが、ホーンキャットは草食の魔物らしい。
リンゴによく似た、ラオの実を美味しそうに食べている。
「……あれ、お前怪我してるのか」
「にゃー…」
とてとてと歩いていたのは、子供だからではなく足を怪我していたからのようだ。
ここは、魔法を試してみよう。
まずは、身体の魔力を感知する。目を瞑って体に意識を向けると……これだ。身体を這っている。それを手のひらから溢れさせるイメージで……
「ヒール」
ぱぁぁ………と緑の光が包む。最初は驚いていたが、ホーンキャットは気持ちよさそうだ。
魔法名を唱えるだけってのは楽だな。わかりやすい。………ちゃんと使うには、力を使いこなさなくてはいけないらしいが。
かすり傷で小さかったというのもあるが、無事怪我も治ったようだ。初めてやったにしては上出来だろう。
「…………にゃー」
ありがとうとでも言うように、また頭を擦り付ける。
「…………………なぁ、テイムしていいか?」
「!にゃー!」
ぴょんぴょんと、その場で飛び跳ねる。テイムの方法は、対象に頭を乗せて……
「テイム」
ホーンキャットと自分の魔力が繋がるのがわかる。
これで、このホーンキャットは私の従魔になった。
従魔にしたことで、感情が伝わってきた。沢山の喜びの感情。それと同時に……寂しかったという感情が伝わる。
「……!」
見える、見える。
伝えてきているようで、絵のように見える。
どうやら、親といたが……ハンターに殺されたようだ。
そこからふらふらと歩いていて、私に会ったと。
「…………怖かったな、偉いぞ」
「にゃー…」
「名前、どうしよっか………アル……アルでいいかな?呼びやすいし」
「にゃー!」
いいよー、というように返事をしてくれる。かわいい。
こうして私の従魔ライフは始まった。
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