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偽天使(ぎてんし)  作者: 真風玉葉
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日本人街

 上海市内の街並みは近年大規模な近代化が進められたが、黄浦江こうほこう沿いの百年以上前の地区はいまだに欧州風の建物が残っていた。これら古い街は大概スラムと化していた。

 最も大きなスラムは日本人移住者が暮らす日本人街である。

 かつてアジアで最も栄え栄華を誇った日本人も、今やすっかり落ちぶれて、スラムで隠れるように暮らしている。中国以外にもほかの国へ移住した日本人もいるが、どこでも大体似たようなものである。

 上海での日本人の扱いはひどく差別的なものがあった。

 アジア諸国、とりわけ中国や朝鮮半島の人たちからは、過去の歴史的な問題をいまだに引きずっているせいもあり、時にひどい差別的行為やいやがらせに遭うこともあった。

 さらに日本人が差別的扱いを受けている理由のひとつに、日本人街には中国政府から助成金がおりていて、実は裕福な暮らしをしているという噂があったのだ。これが逆差別をも生み出していた。

 実際は、助成金など存在しない、根も葉もない噂に過ぎず、スラムでの暮らしはとても貧しいものだった。労働者はほとんどが日雇いで、それもわずかな賃金でその日の晩ご飯にありつければ良い方だった。

 しかし、中には一風変わった職を持った者もいた。エンジニア、技術者である。

 持ち前の知識と技術力、手先の器用さで、機械部品などの加工業を内職としているの者たちの集団だ。

 メイド・イン・チャイナが席巻する世界中の製品の中枢部分には、実はまだメイド・イン・ジャパンが息づいているのだった。

 彼らは元々は日本企業の最前線で働いていたエンジニアだったのだが、今では上海のスラムに落ちぶれていた。

 技術力は世界随一だったが、賃金は最低ラインを下回っていた。割に合わない報酬である。だがそれでも食べていくには、これしかできないのが現状なのである。

 

 日本人街の中心に古びた教会があった。日本人だから寺に改修したいところだが、そんな金などないし、欧州風の街中に寺を建立しても景観を損なうだけである。そもそもその日暮しをしてる人たちにとって、神様だろうが、仏様だろうが、関係ないのだ。なんとかの頭も信心からではないが、拝めるものがあればなんでも拝むのだ。

 この教会に住んでいるのは、元大手日本企業の最前線でエンジニアを務めていた、丸越彰まるこしあきらという中年男である。中肉中背。全く平凡で冴えない風貌だったが、元エンジニアの経歴を活かして、内職で中国企業から機械部品製造、修理を引きけていた。腕は確かなのだ。

 丸越は元々クリスチャンであったため、教会を自分の住処とし、牧師のようなこともしていた。とは言っても街の人たちの相談相手程度である。それでも十分街中の人たちの心のケアになっていた。

 そして中でも一番大きな役割は、日本人孤児の面倒を見ていることである。

 もう十年以上も昔になるが、いつの頃からか教会を親のいない子供たちが遊び場にするようになり、勝手に住み着くようになったのだ。丸越も放ってはおけないので、なけなしのお金で子供たちを養うようになった。

 その子供が今の杏璃魔遊あんりまゆたちである。間紋護まもんまもる白川春人しらかわはると丸人まるとも、元はこの教会で育ったのだ。

 物心着いた時からすでにスラム生活だったが、成長するにつれ、自分たちが迫害を受けている存在だと知って、魔遊は子供心にさみしさと悲しさを感じ取っていた。自分が何をしたというのか? 日本人であるがゆえに差別されるのはなぜなのか? 魔遊は毎日のように丸越に聞いていた。どうして日本人は嫌われるのか? と。すると丸越は日本は無くなってしまったから、よその国に逃げるしかなかった、と答える。すると勝手に住み着いた日本人たちは嫌われるのか? では、エンジニアの仕事をもらっていて重要な地位にいる日本人は、いいように扱われているだけではないか? 魔遊は納得がいかないのだった。それは今なお続いている。

 今でも教会は子供たちがやってくる。子供を産んでも貧しくて育てられないので、身を切る思いで親たちがここへ訪れてくるのだ。

 魔遊は今年で十四歳になる。ひとつ年上の護は、去年この教会を出て行って、大人たちの仲間に入っている。何をしているのか分からないが、飲酒や喫煙はもちろん、その他悪いことをやっているらしい。麻薬の密売に手を染めていると聞いたこともある。春人や丸人も同様である。

 孤児の中には少女たちもいた。彼女たちはというと、望めば富裕層に「奴隷」もしくは「ペット」として買われていく。それが彼女たちにとって幸せかどうかはわからない。時々怪しげな仲介人が日本人街で女の子を物色してるのを見かける。買われていった少女の金のほとんどは仲介業者がピンハネしている。

 今、教会で一番年上なのは魔遊と、もうひとり安堂詩亜あんどうしあという同い年の少女である。

 詩亜は面倒見のいい子で、子供たちからもよく慕われている。教会には古びたオルガンが置いてあり、詩亜はオルガンを弾いては子供たちと一緒に歌を歌っていた。

 また可愛らしい顔立ちで大人たちからも人気があり、詩亜見たさに教会にやってきて、ついでに丸越に相談するのである。最近は詩亜も相談に乗るようになっていた。

 丸越が孤児を引き取ってはいるが、実際に面倒を見ているのは詩亜だった。童顔で目のパッチリとした小柄な少女だが、どこか母性を感じさせるものがあった。詩亜は同い年の魔遊に対してもお姉さん、もしくはお母さん的に接していた。詩亜はこの先もずっとこの教会で子供たちの面倒を見ると決めている。

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