またあとで、約束
ファイルをまとめたダンボールに年度を書き込み、棚に仕舞う。どさりと乱暴に置くとスチール棚からほこりが舞い、鼻の奥がむず痒くなった。
ずらりと並んだダンボールは壮観、とまではいかないがまあきっちりと整理された分見映えはよくなっただろう。
「……んと、これはもう大丈夫かな」
首を傾げながら保存年度の切れた書類をファイルから外していく。捨てるものなのだから適当にやればいいのに、と思うがシロは紙とファイルが痛まないよう丁寧に作業を進めていた。
「そっちはどう?大丈夫?」
「うん、まあ大方」
「そっか」
おざなりに作業進捗を報告し、冬夜はひと息ついて窓の外を見る。日はすっかり傾いていて、空を茜色に染め上げている。西陽が部屋に差し込んではいるが、作業明かりとしては心許ない明るさだ。
やはり二人がかりでもこんな時間になってしまった。予想通りシロを放っておかず正解だった。あらかじめそこそこの整頓はされていて、片づける個所は少なかったものの、シロ一人なら夜になっていただろうことは確かだ。
「ありがとう、最後まで手伝ってくれて。おかげさまで早く済んじゃった」
最後のファイルを片付けたシロがくるりと振り向いて笑った。
どういたしまして、と言いたいところだが冬夜は無責任な友人の尻拭いをしただけだ。あまり礼を言われる立場でもないような気がした。むしろ冬夜に礼を言うべきは友人たちなわけであって。
「帰った奴らに文句言っとかないとな……」
「あはは……」
ぼそりと友人への恨みを漏らすとシロが苦笑した。笑ってないで一人倉庫整理を押しつけられたことにもっと怒るべきだろうと思ったが、シロが少しでも感情を荒げるところは見たことがない。きっと今回のことも特に気にしていないのだろう。だから今日のように面倒事を押し付けられるんだろうなと察した。理解させるのには何だか時間がかかりそうな気がしたので、敢えて忠告をすることは無かった。
そんなことより埃だらけのものを触ったからだろう、手のひらがざらつく。早く手を洗いに行きたい。
「ねえ、冬夜くん」
埃やインクで薄汚れた手を眺めていると、シロが静かに呼びかけた。
「何?」
「……このあと、暇?」
おずおず訊ねられたが暇、とは何だろうか。もう倉庫整理は終わったから、冬夜にこれ以上の用は無いはずだ。まさかまだ片づける場所があるなんてことはないだろう。意図が分からず首を傾げるとシロは冬夜から視線を逸らしそのまま空を泳がせた。何か言いたげにちらりと横目で窺い、口を開いては言い淀んでうつむく。夕日が差し込んで、普段は白い肌が赤らんで見えた。
シロが小さく深呼吸をするのがわかる。不安げに胸の前で組んだ手を握りしめ、あのね、とか細く切り出した。
「……よかったら一緒にお祭りに行けないかなあって、思って……」
「お祭り……あー、星祭り?」
この地元で年に一度開かれる小さなお祭り、星祭り。それが今日だ。冬夜としては特に興味のあるイベント、というわけではないのだが、色んな屋台も出ているのでなんとなく毎年参加してしまう。広場付近にある屋台の焼きそばが地味に美味しいのだ。野菜くずしか入っていないソースが焦げた焼きそばを友人らと馬鹿話しながら食べる。冬夜にとって祭りの楽しみといえばそのくらいだろうか。
「……どうかな?」
「…………いいけど」
「本当!?」
冬夜の返事に、シロの表情が輝いた。
おそらく倉庫整理があるからと、誰とも祭りの約束をしていなかったのだろう。だから今こうして目の前にいる冬夜を誘ったのかもしれない。確かに祭りを一人で味わうのは、どこか物寂しくはある。特に集団行動の多い女子ならなおさらだろう。
教師に仕事を押し付けられた挙句、祭りの誘いも断られたらそれはなんだか可哀想な気がした。本当は友人らの誘いもあった上、何を話していいかわからない女子と二人というのは気乗りがしないが、少しの時間くらいは問題ない。どうせ祭りには他のクラスメイトもいるはずだ。女子の友人が見つかれば、シロはそっちについていくだろう。
「でも他の人とも会う約束してるから、それが終わってからでいい?」
先に友人と会ってからごまかしてその場を抜けだそう。それからシロに会おう。後回しになる形で悪いが、流石にシロが隣にいる状態で友人らに会う気はしない。散々に冷やかされて二人っきりにされるのが落ちだ。
シロは後回しでも構わなかったらしい。大丈夫、と微笑んでいた。
「ランタンをね、一緒に川に流せたらなあって思って」
「ああ、あれ。わかった」
返事をしつつそういえばそんな風習もあったなあと思い出す。色とりどりのランタンを川に流すのが祭りのメインではあるのだが、自分は参加せず広場で焼きそばを啜っていたからあまり覚えがなかった。流すためのランタンはどこで貰うんだったか、その手順すら知らないのだがまあどうにかなるだろう。
「じゃあ私、先生に報告してくるね」
ぱたぱたと塩ビシートの床を鳴らし、シロは廊下に出る。日はさらに傾いていて、もうすっかり暗くなっていた。廊下は人口の明かりで照らされていて随分と眩しく感じる。シロはくるりとスカートを翻し、冬夜に振り返った。
「またあとで、約束」
小指を立てたシロの頬は、夕日に照らされていないはずのに、茜色に染まっていた。




