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銀河鉄道の眠り姫  作者: のら
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殺したくせに、よくそんな口が聞けるわね

たたたん、たたん。たたたん、たたん。

後ろに流れていく景色を、冬夜はぼんやりと眺めていた。先程まで自分が立っていた川辺も、海岸も、もう見えない。遠くで流れる銀河は、変わらずきらきら変わらず輝いていた。線路の側には何かの花が咲いていて、列車が通ると一斉に花びらを揺らした。

「……でね、海の方は貝殻が銀色に光ってて…………冬夜くん、聞いてる?」

列車の音に紛れていたシロの声が急に近くなった。はっと視線を車内に戻すと、シロが腰を浮かせて冬夜を覗き込んでいる。

「え……あ、ごめん」

咄嗟に謝ったが、何に対して謝っているのか自分でもよくわかっていない。そのくらいに冬夜は上の空だった。

「ぼーっとしてる。海岸でもそうだった」

「……うん、まあ」

確かに頭は霞かかったようにぼんやりとしている。どうにも思考がはっきりとしない。

「……体調悪い?」

冬夜の顔を覗き込みながらシロは首を傾げた。じっと見詰められると、思わず視線を逸らしたくなる。真っ直ぐに心配されると、どこか申し訳ないのだ。しかしそんなことをしたらこの不安そうな表情はさらに曇るだろう。何となく、それは嫌だと感じた。

けれどなんと言えば良いのだろうか、この夢から覚めきっていないような感覚は。どう説明したら、シロの表情を曇らせないだろうか。

「……ちょっと考え事してた」

特になにも考えていない。けれど、心配させないためならきっとこれが最善の答えな気がする。本当のことを説明しようとしたら、きっと余計に不安にさせるだろう。

「ならいいけど……」

不安げな表情が変わったわけではない。けれどこれ以上心配させることはなかったようだ。冬夜の回答は間違ってはいなかった。シロは腰を落ち着け首を傾げる。

「ダメなときは、ちゃんと言ってね?」

「わかったよ」

シロは心配性なのかもしれない。釘を刺され、冬夜は苦笑しながら頷いた。

がたん、列車が止まる音がした。どこの停車駅なのだろうと窓の外を窺う。しかしそこがどこだかわかる前に、列車は再びゆっくりと動き出した。重い車輪の音が響く。

先程の白鳥座のように留まるわけではなかったらしい。もしそうだったなら目を覚ますために駅の付近を歩いたのに。冬夜は少し残念に思いながら背凭れに寄り掛かる。

ちゅん。鳥の声が後ろから聞こえた。人の足音が近付く。きっとさっきの駅で乗った誰かなのだろう。

ちゅん。今度はすぐそばで聞こえた。冬夜は顔を上げる。

目の前で青色が揺れた。

さらりと長い髪が横切る。紫陽花のような青い髪だった。視線を上げると、鋭い視線の少女と目が合った。赤縁眼鏡の奥から、縁と同じように赤い瞳があきらかに冬夜を睨み付け、それからシロへと移る。

「ここ、いい?」

恐らく、隣の席のことだ。

「あ、はい」

「ありがと」

感謝など一切していなさそうな声音だった。通路を挟んだ隣の座席に腰を下ろし、目の前の座席を睨み付ける少女。この世のすべてが面白くないとでも言いたげなほどに不機嫌な表情をしていた。

ちゅん。また鳥の声が聞こえた。今度はどこから聞こえたかすぐにわかった。

不機嫌そうな顔の隣、少女の肩に鳥は乗っていた。白く丸々とした鳥だった。不機嫌な少女とは対照的に、鳥はきょとんとした表情でせわしなく首を傾げる。鳥の動きに合わせてシロまで首を傾げるのが分かった。

「鳥さん、可愛いね」

鳥としばらく見つめあったシロが少女に話しかける。

「そ」

少女は視線すら寄越さない。返したのは一音だけ。

「なんて名前なの?」

さらにシロが少女に話しかける。やめておけばいいのに、と冬夜は思った。どうせ冷たくあしらわれるだけなのだから。

少女は静かにため息をついた。

「名前なんてつけてないわよ。それともあんた、お米一粒一粒にわざわざ名前つけてからいただきますを言うの?」

今度の返事は一音ではなかった。先ほどの一音の方がまだ優しいくらいの返事が返ってきた。思っても見なかった返答に、シロが戸惑う。びっくりした顔で少女と鳥を交互に見つめ、それからちらりと冬夜を窺って、小さく肩を丸めた。小さい肩をさらに小さく丸めたシロに、冬夜の眉間が寄る。なんだこの女は。

「……要は食用ってことだろ。そう言えば良いのに……言い方くらい考えたらどうなんだよ」

シロの友好的な態度を全て否定する少女の返答がどうにも気に食わなかった。冬夜の声音には好意などない。敵意で返されたからには、敵意で返すまで。しかしそんな冬夜の敵意に驚くこともなく、少女は鼻で笑う。

「ふん、ずいぶん優しくなったじゃないその子に。あんたこそあんな素っ気ない受け答えしか出来なかったくせに」

「……何言って」

確かに、出逢ったばかりの時、シロに対しての冬夜の受け答えは素っ気なかった。どうしていいかわからなかったからだ。しかし何故、こいつはそれを知っている。この列車にも白鳥座の駅にも、今までずっとシロと冬夜、二人しかいなかったのに。

少女が蔑んだ視線を冬夜に投げる。

「何?何で知ってるのか、って言いたげね。そりゃあ当然知ってるわよ。あんただけじゃないもの、ここにいるのは」

冬夜の疑問を見透かしたように、少女が答えた。

「それとも何?この世界に二人っきりとでも思ったの?おめでたい頭してるわね」

「は……?何だよ、出会い頭から喧嘩腰に。こっちが何したって言うんだよ」

思わず冬夜の腰が浮く。が、それは袖に引っ掛かった何かに止められた。見るとシロがやめてと言いたげに冬夜の袖を掴んでいた。シロの指先に込められた制止に少し怯んだ。

「殺したくせに」

怯んだ瞬間に、少女の言葉が刃物のように刺してきた。その言葉は、ざくりと冬夜のなにかに突き刺さる。

「殺したくせに、よくそんな口が聞けるわね」

「は……?何、言って……」

殺した?なにを?

冬夜には意味がわからない。誰が、何を、殺したんだ。しかし少女はその疑問すら嘲笑う。

「忘れてるの?惚けてるの?どっちみち、ほんとにおめでたい頭だこと」

「だから、なんの話だよ」

聞き返した声は冬夜自身にも震えて聞こえた。なんでかはわからない。けれど心臓がかっと熱く、何かに捕まれたかのような感覚がある。言葉で抉られたなにかが、じくじくと膿んだように痛んだ。

「あんたが」

少女の一音一音が、ゆっくりと耳に届く。すでに列車の音など入っては来ない。冬夜の耳は少女の声にだけ集中していた。少女の不機嫌そうな唇がスローモーションで動き、

「二人とも!」

集中を途切れさせたのは、シロの一声。

はっとしてシロを見る。冬夜の袖を掴んだまま、しょげた顔をしていた。落ち込ませたくないと思った顔は今にも泣き出しそうで、さっきまで熱かったはずの冬夜の心臓はすっと冷えた。

「……けんか、よくないよ」

か細く絞り出されたシロの言葉。ごめんと発しようとしたが声は震えもせず喉から出たのは僅かな空気だけだった。

たたん、たたたん。ちゅん。あたりの音が、冬夜の耳に戻ってくる。

少女はなにも言わない。どんな顔をしているのかもわからない。冬夜には少女を見る気にすらなれなかった。

長い息を吐き出す。肺が固まっているかのように、息がしづらい。

「……ちょっと席外す」

機能を放棄しかけた喉に力を込め、なんとかそれだけは言うことが出来た。

冬夜の袖を掴むシロの指先が震えた気がした。気がしたが、そのことに構っていられる余裕は、冬夜にはない。

するりとシロの指から逃げる。シロは何も言わず、冬夜を逃がしてくれた。引き留めることはしなかった。何故かそのことがむしろやけにむなしく感じる。

ぎしり、踏みしめた木の床がやけにうるさく鳴る。まるで冬夜を追い立てているようだ。早くどこかへ行ってしまえ、出ていけ、そんな風に。

真鍮のドアノブに手をかける。ドアはすんなりと開いた。ドアまで急かしているのだろうか。冬夜をこの車両に引き留めるようとするものは、どこもいない。冷えた心臓がきゅうと痛むのを感じながら、冬夜は静かにドアを閉めた。

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