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銀河鉄道の眠り姫  作者: のら
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この世界は、君のために在るのだから

「……イギリス海岸?どこがイギリスなんだろ」

白い岩場にひっそりと立つ人工物。つるりとした陶磁器のような看板には丁寧に文字が焼き込まれていた。イギリス海岸と書かれた文字を見ながら、冬夜は首を傾げた。

見たところ普通の海岸に見える。イギリスらしさはどこにもない。とは言え、じゃあイギリスらしい海岸はどんなものだと聞かれても、これだと答えることは出来ないのだが。

シロは浜辺に足跡を残しながらはしゃいでいる。きっとイギリス海岸だろうとアメリカ海岸だろうと気にしないだろう。しかしああも喜んでもらえるなら、ここまで足を運んだのはきっと間違いではなかった。帰りは走らなければならないかもしれないがそれでもいいだろう。

ふと、目が合った。シロがすこぶる嬉しそうに手を振るので、冬夜も躊躇いつつ手を振り返した。

「じゃあ君は、実際にえげれすに行って海岸を見たことがあるのかい?」

曖昧に笑う冬夜に、後ろから声がかかる。振り向くといつの間にか男性がいた。人当たりの良さそうな顔立ちの男性は、冬夜が先程眺めていた看板を見ている。きっと、この海岸のどこがイギリスなんだと言った、冬夜の独り言への問いだ。

しかし冬夜はイギリスの海岸はおろか、イギリスにも行ったことはない。

「……それは、まあ」

突然の問いに冬夜は言葉を濁した。それに対して男性は柔和な笑みを浮かべる。答えることの出来なかった冬夜を問い詰めるわけでも嘲るわけでもなかった。ただ冬夜を一瞥し踵を返す。白い石の間に敷き詰められた煌めく砂が男性の足に蹴られきらきら小さく舞った。

「それにきっとここは、君の知ってる海岸とは違うよ。足元を見てごらん」

川辺にもあった砂だけではなく、白い石が砕けた欠片も散らばる足元。言われて見下ろしてみた。砂と石は冬夜の影に隠れ、また違う色味を帯びる。

「それぞれ中で小さな火が燃えているのがわかるかい。まるで、星みたいだろう?」

「……星がこんな小さいわけないと思う」

確かに輝く様は星だ。星のように輝く砂が集まっている足元は、まるで銀河の様にも、星雲の様にも見える。夜空の星を全部地面に落として敷き詰めたらこんな感じになるのかもしれない。けれどこれは砂で、石で、星ではない。星はもっと大きく、手のひらには収まるはずのないものなのだから。

しかし男性は冬夜の反論に首を振る。柔和な笑みは変わらないままだった。

「言の葉だけで意味をとらえてはきっと本質は見えないし、表面を見ただけなら意味は一生わからないよ。ここはそういうところだから」

そう言って男性は少し屈んで白い小石を手にした。男性の指につままれた白い石が光る。確かに、石の中で何かが燃えているような輝きではある。が、やはり星ではない、そう思った冬夜に何か言うでもなく、男性は黙って石の向きを変えた。すると石の中の光は橙から群青、群青から薄紅色と鮮やかに変わっていった。ただの白い石だと思っていたのに、それはちょっとした光の当たり具合で赤い石にも黒い石にもめざましく変化していく。万華鏡がそのまま石になったかのようだった。

石の変わりように目を見開いて眺める冬夜へ、男性が笑いかけた。柔和な笑みとはまた違う、まるで親のように穏やかで楽しげな笑いだった。

「本質は、見えたかい?」

見えた、とは答えられなかった。男性の言いたいことはなんとなくわかったような気がしたが、すべてを理解したわけではない。やはり冬夜は曖昧な反応を返すしかなかった。しかし男性はあまり気にしてないらしい。

「そのうちわかるよ」

本当だろうか。持論の哲学を聞かされただけのような気がするし、調子のいいことを言ってごまかされたような気もする。そのどちらかなのか、はたまた別の正解があるのかもわからないが、男性にこれ以上追及をしても何も返ってこない気がした。かちゃり、男性が地面に返した白い石が他の石とぶつかって小気味いい音を立てている。

「そうだ……君にこれをあげよう。手を出して」

そう言って男性がなにかを差し出してきた。冬夜は言われるままに手を差し出し、それを受け取る。軽くて硬い何かが手のひらに転がった。真っ黒で丸い、何か。冬夜にはこれが何なのかわからない。

「きっと必要になる。君と彼女のこれからのために」

「これから……?この変なのが?」

「それはくるみだよ」

くるみ。手のひらを転がるものを凝視してみる。くるみのようにはあまり見えない。ただの黒い塊としか冬夜には思えない。

「少なくとも私にはそう見えるし、この先の岩場で採掘をしている人もくるみだと言っていた。百二十万年くらい前のくるみとも言っていたけどね」

くるみの化石ということだろうか。だとしたらもっと見えない。化石ならば、こんな形ではなくもっと違う形で残っていそうなものだ。少なくともこんな姿でくるみが化石として残っているとは思えない。

「……俺にはそうは見えません」

「そうだね」

「これが俺に必要とも思えないし……」

「君にそう見えても、他からも同じように見えるとは限らないよ」

先ほどの石の輝きが脳裏に浮かぶ。光を当てる角度を変えるだけで違う顔を見せた石。これも、そうなのだろうか。

「殻の中にもしかしたら君に必要なものが詰まっているかもしれない。他の人にはそれがわかるが君にだけわからないものかもしれない」

「俺にだけ、わからないもの……」

「この世界には、そんなものがたくさん溢れているよ。この世界は、君のために在るのだから」

「……俺のためにって」

それはいったい、どういう意味なのか。

訊ねようと思って冬夜はくるみから顔を上げた。さわり、冬夜の鼻を、すすきがくすぐる。

男性はどこにもいなかった。

先ほどまで男性が立っていた場所には背の高いすすきが数本揺れていた。あたりを見渡しても男性の姿はない。どこかに隠れている気配もない。男性の立っていた場所に生えるすすきは、そんな人は最初からここにはいなかったと主張しているようだった。

冬夜はしばらく呆けた顔ですすきを見つめ、それからまたくるみに視線を落とした。

指先でくるりとくるみの角度を変える。どこもかしこも真っ黒なままだった。鮮やかに色を変えることをくるみはしなかった。いや、むしろそれが当然なのだろうか。先ほどの石が特別なのだろうか。角度を変えて見てみても、やはりこのくるみが冬夜に必要なものだとは思えない。

ところがころころと指でくるみを転がしていると、ほんの一瞬、瞬きよりも短い時間で、くるみがちかりと光る瞬間があった。それに気づいて、冬夜はくるみを転がす手を止める。それからゆっくり、探るようにくるみの角度を変えていく。

ちかり。見つけた。くるみが光ったのではない、これは、ヒビだ。くるみに入ったヒビが向こう側の光を通していた。ヒビを軽く押さえてみるとくるみはぴきと音を立てた。力を入れれば案外簡単に割れそうだった。

殻の中にもしかしたら君に必要なものが詰まっているかもしれない。

先程の言葉が頭に引っ掛かっていた。まさか本当にこのくるみの中に何かが入っているだなんて思えない。しかしどうにも気になる。

割って確かめて、問題があるわけでもない、壊したところで自分に損はない、ならば、いっそ。

冬夜はくるみを握る指先に力を入れた。

ぱきん。

軽い音と共に、景色が割れた。

視界は黒いペンキで塗り潰されたかのように真っ黒になった。ちかちかと黒の中に星が見える。列車の中で見た星だ。星は黒色を照らし、黒は星の色と混ざる。コーヒーにミルクを注いだ時のようにくるくると渦を巻き、ゆっくり全体の色を変える。星の色が溶け切ると黒はすっかり青と橙に染められた。

気付いたら、冬夜は空を見ていた。

夏の雲と秋の雲。青空と夕焼け。混在した空を教室の窓からぼんやり眺めていた。


「冬夜くん」

柔らかい声音が自分を呼んだ。

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