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銀河鉄道の眠り姫  作者: のら
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迎えに行くから、待ってて

喉がひりつく。頬が焼けるほど熱い。肺が鉛のように重い。息を吸うこともままならない。けれどそれでも冬夜は足を止めない。

夜空を見上げた。もうくじゃくの姿は見えない。けれどわかっている。この先にいるのだ。

あたりに生えている草木さえわずらわしい。足がもつれそうになる。白い花を咲かせたつけた蔦が絡まり冬夜をその場に引き止めようとするが、無理やり動かし前へ進んだ。

早く、早く、一刻も早く、彼女の元へ。

そうして景色が開けた。

熱を孕んだ目が溶けてしまいそうなほど眩いブルームーンストーンの輝き。さわりと風に揺れる一面の竜胆に冬夜の足取りが緩む。きっとここにいる、冬夜は強くそう思った。花を踏みつけてしまわないようにゆっくりと歩きながらあたりを見回し、やがて花畑の中央にその姿を見つけて冬夜は動きを止めた。

濡れたように真っ黒な髪がさらさらと風に靡いていた。見覚えのある後ろ姿。冬夜はもう、この少女の名前を知っている。大人しそうな、可愛らしい顔立ちの少女の名前を。

「シロ!!」

冬夜の声に振り返ったシロの頬は塗れていた。

「冬夜くん……なんで、ここに」

後ずさるようにシロが立ち上がる。よろめいた拍子にはたりと目から雫が零れ、竜胆の花びらを濡らす。

なんでここに、それを誰よりも言いたいのは冬夜だ。

「忘れていいってなんだよ」

発した声音は自分で思っていたよりも怒りが籠っていた。シロの肩がびくりと震える。

「何を忘れろっていうんだよ。シロのこと?この旅のこと?シロと一緒に見て、シロと一緒に感じたこと全部、忘れろっていうのかよ」

好きなものを語り合った。

自分の想いとシロの想いを知った。

列車の中をシロと手を繋いで歩いた。

柔らかな肩を借りてうたた寝をした。

はくちょう座の駅で燃ゆる砂粒を踏みしめた。

星と共に瞬く竜胆の花を眺めて花言葉を知った。

列車の窓からどこまでも広がる星空と天の川を見た。

「……どれもこれも、忘れられるわけないだろ」

とりこぼしたくない、シロとの思い出。どれだけ小さな一粒だって落とすことも出来やしない。

「でも、でも……!」

シロが首を振る。

「もういなくなるわたしのことなんて、覚えていてなんて言えないよ!」

シロの涙と言葉がぶわりと、堰を切ったようにあふれた。

「冬夜くんと過ごした時間も、話した言葉も、冬夜くんが好きって気持ちも……全部、全部、忘れてほしくなんてない!わたしのことずっとずっと覚えててほしいよ!」

喉が嗄れてしまいそうなほど叫んで、くしゃりと顔を歪めて、その表情を隠すようにシロは俯いた。

「でも……そんなの、冬夜くんが辛すぎるよ……」

雨粒のように落ちてきた雫を花びらで受け止めきれなくなった竜胆が、はたりはたりと泣いている。ブルームーンストーンの花弁もキャッツアイの緑の葉も、すっかり濡らしてしまいそうだった。

「わたしは冬夜くんと一緒に行けないの。冬夜くんはどこにでも行ける切符を持ってるけど、わたしにはそれがないの。もうどこにも行けないの」

冬夜の持っていた切符を見て、冬夜が望めばどこへだって行けると教えてくれた。そういえばあの時言いかけたシロの言葉を聞いていない。けれど聞かなくてもわかる。それは冬夜が望んでいない言葉だ。

「それなのに覚えてて、なんて……自分勝手だよ。わたし、冬夜くんに立ち止まってほしくない……わたしのこと全部捨てて、ちゃんと前に向かって歩いてほしい」

あの時のシロはきっと今と同じことを言おうとしたのだろう。立ち止まるなと、歩き続けろと、そのために捨てろと。今のシロはあの時のシロと同じ目をしている。ほらやはり、望んでいなかった言葉だった。

「だから……お願い。わたしのことは、もう……」

「……自分勝手はどっちだよ」

消え入りそうな声で囁かれる願いを遮り、冬夜は奥歯を噛み締めた。

「捨てなきゃ前に進めないだなんて誰が言った」

一歩、一歩とシロに歩み寄る。

「捨てることでしか前に進めないっていうなら、痛みや苦しみは、俺の想いは、一体どこに置いてくればいいんだよ!」

シロが居た日々、交わした言葉、過ごした時間。シロのなにを捨てれば、この痛みは治まるのだろうか。選んで、捨てて、置き去りにしてしまえば治まるとでもいうのだろうか。冬夜は首を振る。どれも忘れようとしたってつのるばかりで捨てることなど出来やしない。

「……シロを、シロとの全部を捨てるだなんて俺にはもう出来ない。全部捨てなきゃいけないなら、それこそ俺は前に進めなくなる」

軋んだ肋骨の痛みも、詰まる呼吸も、瞼が溶けるほど熱る目も、全部冬夜のものだ。これまでの冬夜が築いてきて、これからの冬夜を形作るものだ。捨てろと言われても、不要だとしても、全部握り締めて進みたい。

「……じゃあ、どうしろっていうの?」

ぽつりと零し、近付いた冬夜を拒むようにシロが後ずさる。

「わたし、死んじゃうのに……もう冬夜くんに会うことすら出来ないのに」

列車のでこんこんと眠り続けるシロを思い出した。あれがシロの現実なのだ。現実の病院で、同じように眠り続けているのだろう。声をかけても、揺すっても、何をしても目を覚まさなかった。その事実に肺が押し潰され掠れた空気だけが喉を通り抜ける。

けれど、なら仕方ないと、諦めようとは頷けない。

結末を知っていてもなお、冬夜は選んで、導かれてここに来たのだ。甘く揺らめく帰り道を乱暴に置き去りにしてでも、シロともう一度話をしたかった。

「一緒に行こう」

そう言って、シロに手を差し伸べた。二人の間を風が抜け、花びらが舞い散る。

「俺と一緒に進もう。どこまでも一緒に行けばいい」

「でも、そんなこと……」

「じゃあシロはこれでいいの」

「それは……」

口籠るシロに冬夜はもう一度手を差し伸べる。この手を取ってほしいと願いながら。

「俺は嫌だ。このまま終わるだなんて、絶対に」

いま手を伸ばせば触れられる場所にシロがいる。言葉を交わしている。ならば諦める選択肢が冬夜にあるはずもない。

「……そんなの、わたしだっていやだよ」

揺らぐ翠の瞳が冬夜の顔と手を交互に見やる。震える手の甲で涙を拭い、首を振る。

「わたしだって、こんなところで終わらせたくない……もっと冬夜くんと一緒にいたい……!」

一歩。ちいさくシロが踏み出した。

「色んなところに行って、色んなものを見て、冬夜くんと一緒に過ごしたい!冬夜くんと一緒にどこまでも行きたいよ!」

シロの手が冬夜の手を掴もうと伸ばされ、口に出したその願いの重さと儚さに躊躇い、宙を掠める。けれど落ちようとした手と視線を、冬夜がすくい上げた。

「一緒に行こう」

冬夜を見上げた翠の瞳に夜空の星が映りこむ。

「迎えに行くから、待ってて」

瞳に映る綺羅星が瞬き、あふれ出す涙に反射した。

冷たいシロの手を取った冬夜の手を、もう片方の手でシロが握り返す。震える声で返事をし頷いたシロに、冬夜もまた頷く。

「最初は一緒に海に行こう。今度はちゃんと本物の海に」

潮騒が満ちる海岸でシロはどんな風にはしゃぐのだろう。星屑の波とは違う、潮の兎が跳ねる輝きに目を奪われ、無邪気に笑ってくれるに違いない。

「クジャクも見に行こう。苹果も、一緒に食べよう」

「角のパン屋さんのパングラタンも、一緒に食べたいな」

「それから、シロの好きな角砂糖入りのホットミルクも一緒に飲みたい」

挙げるとキリが無い未来のはなしにシロがくすくすと笑う。

「一緒にしたいこと、たくさんだね……!」

「そ、だからちゃんと待ってて。俺が迎えに行くまで」

そう言って冬夜は重ねた手を繋ぎなおした。離れないよう指を絡め取り、強く握りしめる。くすぐったそうにはにかみ、シロも冬夜の手を握り返す。冷たかった手はじんわりとぬくもりを帯びていた。

待ってる、とシロが微笑む。


「ずっと、いつまでも……冬夜くんのこと、待ってるから!」

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