お前はシロじゃない
このまま、二人でどこかに行ってしまえばいいのかもしれない。
どこまでも行ける切符がある。ならその切符で、この列車で、二人で、どこまでも一緒に行けばいい。
きっとそれが、冬夜の、罪への償いなのだ。
それがいい。そうするべきだ。それしか冬夜に出来ることなど無い。薄く笑い、シロの手を取ろうとし、
「っ!」
ばさり。車内に一陣の風が吹き込む。煽られたカーテンが冬夜の動きを遮った。
水の匂いと、花の匂いが流れ込む。ふと窓の外を見ると一面の花が広がっていた。
揺れるのは竜胆の花。青白く光り立つ三角標に纏わせた夜露をきらきら煌めかせ、どこまでもどこまでも、目に見える遠くまで、その先まで、ブルームーンストーンの花弁を風に躍らせて咲き誇っている。
「……出来ない」
ぽつりと冬夜が呟いた。その声はあまりにも小さく窓の外へと零れてしまう。
竜胆に目を奪われたまま、けれど今度ははっきりと冬夜が言った。
「ごめん。俺には出来ない」
シロの手を取り、シロと二人で行くことなど、出来ない。
悲しみに寄り添う竜胆の花を、シロは優しい花だと言った。こちらが泣いてしまいそうなほど、胸の奥が締め付けられるほど、寂しそうな笑顔で。そんな風に微笑むシロへの償いを歪んだ形で押し付けるだなんて、あっていいわけがない。
「……なんで」
今度はシロが呟きを零した。
「だってわたし死んじゃったんだよ?もう、取り返しつかないんだよ?」
窓の外から視線を戻すと、シロが冬夜を見上げていた。納得がいかないと言わんばかりの目だった。がこり、列車が揺れた気がした。線路の切り替えだろうか。きっと窓の外の竜胆は遠ざかっている。甘い花の匂いが段々と薄くなる。
「許してなんてあげない」
消えゆく花の匂いがシロの微笑みも攫っていくかのように、表情がゆっくり歪んでいくのがわかった。戸惑い、嘆き、いいや違う、これは
「冬夜くんのせいだ」
怒りだ。
「全部全部、冬夜くんが悪いよ……わたしのこと殺したくせに!」
激昂を隠そうともしない、今までの柔和な態度とは真逆の表情と声音で冬夜を睨みつける。その小さな体の、微笑みの裏の、一体どこに隠していたのだろう、溢れ出る冬夜への批難と罵倒。
がこり、まるで脱線したかのように激しく列車が揺れた。
「…………誰」
その揺れをきっかけに、冬夜の口から疑問が漏れる。知らず知らずのうちに頭の片隅でずっと抱いていた疑問だ。
「誰だよ、お前」
目の前の、シロの姿をした少女に、冬夜は告げる。
「お前……シロじゃないだろ」
この少女は、シロではない。間違いなくそうだと冬夜は確信出来た。
冬夜の言葉に今まで批難を紡いでいた少女の口が閉じられる。視線は冷たく真っ直ぐに冬夜へと向けられていた。その視線こそが、疑問が確信へ切り替わる材料だった。
シロとはこの列車で、短い時間しか一緒に過ごせていない。けど、それだけでも、シロがどんなことを思い、どんなことを言う子なのかを冬夜は知っている。あの優しい子は、誰かを傷付けることが出来ないどころか、自分以外の誰かが別の誰かを傷付けることすらもひどく恐れる子だった。
臆病で、繊細で、綺麗で、あたたかな、普通の女の子。
悲しいほど優しく微笑みシロは言った。冬夜は悪くないと。自分のせいだと。
今ならあれが何を意味していたのか冬夜にはわかる。だからこそ、目の前のモノは、シロとは違うと確信できるのだ。
「お前はシロじゃない」
強くそう言い放った。目の前の誰かは、答えなかった。
かわりに別の声が部屋の中に響く。
「冬夜くん……?」
何度も聞いた、優しく鼓膜を揺らす声。はっとして冬夜はドアへ視線を向ける。
そこには不思議そうな顔をしたシロが立っていて、冬夜と、シロと同じ姿の誰かを、交互に見つめていた。




