なんか一枚噛んでるな?
虫が鳴く。
蝉の声はもう聞こえない。代わりにちりりりと涼やかな羽音が、日が落ちて冷えはじめる空気を震わせていた。空を見上げるとほとんど暗くなった西の空で夕星が輝きながら沈もうとしている。
道行く人が減るはずの夕闇の時間、けれどその人の数はいつもよりも多い。それもそうだろう。祭りは夕方から夜にかけて開催される。
星祭り。由来は星に関する何かだった気がするが、冬夜は覚えていない。屋台がずらりと並ぶ大きな川に、願い事を書いた紙を入れ、六角形のランタンを流す。小さな頃は何度かランタンを流した覚えがあるが、成長してからはめっきり参加していない。女子と子供が川沿いに群がっている中に入るのは年頃の男子としていささか恥がある。学校でお願い事を書いたと、折り紙を大事そうに握りしめ川へと向かう少年を横目に、自分も願い事を書かなきゃならないのか、とぼんやり思う。その子供とすれ違う形で、冬夜の姿を見つけた友人二人が駆け寄ってきた。
「冬夜じゃん!?なんでいんの!?」
訝しげに叫んだ友人に、冬夜は眉間に皺を寄せた。なんでとはなんだ。そもそも祭りに出向こうと言い出したのはこの友人なのだ。待ち合わせ場所に来て疑われるとはどういうことだ。けれど今はそれよりも言及しなければならないことがある。
「そんなことよりお前らなに倉庫整理サボってんだよ」
静かに視線を逸らされた。わかってはいたがどうやら確信犯だったようだ。
「女子一人残して帰るとかありえねえだろふざけんな」
「いやあれはなあ?」
「俺らがいてもね?」
冬夜の非難も友人二人はどこ吹く風と、にやにやと互いに顔を見合わせるだけだ。これ以上は無駄な追撃と知り、冬夜はため息をつくしかなくなった。そんな冬夜に、そんなことより!と急に友人が食いついてくる。
「冬夜、お前こう……誰かと約束あるとか、ねーの?」
その言葉に、冬夜は全て納得した。どうにもおかしいとは思った。ふざけてはいるが誰か一人に責任を押し付けて逃げるようなやつらでも無い。大人しい彼女だってそうだ。誰かに押し付けられたとしても自分の仕事を他の無関係の人間に手伝ってと頼めるよな人柄ではなかったはずだ。
「……お前ら、なんか一枚噛んでるな?」
つまりそういうことなのだろう。この二人がグルとなってシロの背中を押した。友人二人は已然冬夜と目を合わせようとしない。それが答えだ。やはり冬夜はため息をつくしかなかった。
「そういうことほんっとやめろ。大体向こうだって困るだろ」
冬夜に手伝いを頼みに来たシロは申し訳なさそうに俯いていた。あのような形で冬夜に手伝いを頼むのは彼女の本意ではなかったに違いない。
「いや……そんなわけ」
「そんなわけある」
友人はあのシロを見ていないからそんなことが言えるのだ。もっとも、この無神経な友人では控えめなシロの違いに気付けなかったのかもしれないが。背中を押されなければ絶対に冬夜の元に来ることはなく、きっと今も一人であの倉庫にいたはずだ。冬夜にはそれが断言出来た。
「そんなこと言って、冬夜だってほんとは嬉しかったり……」
「そんなわけないだろ。あんな風に誘われたって、迷惑なんだよ」
だからだろう。へらりと茶化すように笑った友人の言葉を、そうきっぱりと切り捨ててしまったのは。
自分が吐き出した言葉の意味に気付き、冬夜は小さく唸って俯く。違う。そういうことが言いたいのではない。
「迷惑ってお前、それはないだろ」
「……別に、気持ちが迷惑って話じゃない」
友人の非難にひやりと冷えた頭で絞り出す。迷惑なのはシロの言葉や行動そのものではない。好意を抱かれるのも苦ではない。ただどうにも、その好意に周囲の手が加わると好意を好意として受け取りづらくなる。自分でも何とも天邪鬼だとは思うがそう感じてしまうものは仕方がない。
「……なんか悪かったな」
俯いた冬夜の態度で察してくれたのだろう、友人がそう告げる。
少しだけ冷えてしまった空気と雰囲気を虫の羽音が震わす。太陽と夕星はすっかり沈んでしまった。
ひらり。冬夜たちの会話の途中で、物陰で翻ったスカートには、誰も気づくことは出来なかった。




