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銀河鉄道の眠り姫  作者: のら
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見ちゃったんだ、冬夜くん

彼女は、その部屋で寝ていた。


そこはまるで、病院のような部屋。無機質な真っ白い壁と床とベッドのシーツ。異質な薬品の染みついた淀んだ空気が、はためくカーテンから入り込む木々や水や花、外の匂いと混ざり合う。

「…………シロ」

風にはためくカーテンの音にすら消されてしまいそうな声量で、冬夜が呟く。

部屋のベッドに居たのは、シロだった。

何故、シロがここに。つい先ほどまで冬夜と一緒に車内を見て回り、楽しそうに笑っていたシロが、何故、こんな所に寝かされているのか。一歩、一歩とシロに近寄る。シロだ。間違いない。それを確信し、冬夜は声を上げた。

「シロ!!」

駆け寄り揺さぶるがシロは目を開かない。小さく胸が上下しているから、生きている。けれど何故、何故こんな所に居て、目を覚まさないのか。

そもそもこのシロは、冬夜と共に過ごしていたシロと、同一人物なのだろうか。だとしたら一体どうやって、ここまで連れてこられたのか。もし違うとしたら一体どちらが本物なのだろうか。しかし目の前のシロが偽物とは到底思えない。そう悶々と、どうすることも出来ないまま考え込むしか冬夜には出来なかった。

「見ちゃったんだ、冬夜くん」

くすりと声が笑った。

突然の声に、顔を上げる。部屋の入口に立っていたのは、

「……シロ」

「あーあ。せっかく隠してたのに」

くすくすとシロが笑う。

シロだ。背中で手を組み小首を傾げ笑うシロも、冬夜の目の前で死んだように眠るシロも、どちらも。

けれどどういうことだろうか。笑うシロの言葉に冬夜は眉をひそめた。

「隠してた……って、どういうこと」

隠していた、きっとそれは、この部屋、ここで眠るシロのことだ。何故シロがシロを隠す必要があるのか。その口ぶりからすると、もしや部屋を塞ぐイバラもシロの仕業なのだろう。だとしたら、何故。

何故、何故、何故、疑問しか浮かばず冬夜はただ笑うシロの次の言葉を待つしかなかった。ちらりと隣で眠るシロを覗う。本当に生きているのか疑わしいほど微動だにしない。もしこのシロが目覚めてくれればこの状況を説明してくれるのだろうか。

「起きないよ」

どきり、冬夜の心臓が跳ねた。冬夜の思考を読んだかのようなセリフに汗がにじむのを感じる。起きないとは、どういうことだろうか。このシロは寝ているだけではないのか。

やはりシロは冬夜の思考を読んでいるのかもしれない。薄気味悪く微笑み、どこか可笑しそうな声音でゆるりと言葉を紡ぐ。

「冬夜くんがわたしのこと殺したから、もう起きないよ」

シロの声が、耳鳴りのように冬夜の鼓膜を揺らした。

「……え?」

鳴りはじめた耳鳴りは止まなかった。わんわんと、冬夜の脳を揺らす。絞り出した自分の声すらもどこか遠くに感じるほどに。

「ひどいよね、冬夜くん。わたしのこと殺したくせに全部忘れてるんだもん」

「なに……言って」

くすくす、くすくす、シロが嗤う。一体何がそんなに可笑しいのだろう。シロの嗤い声と、耳鳴りが、酷くうるさい。言葉の意味を問うことすらままならないほど喧しかった。

「食べたら?」

「食べる……?」

「苹果。貰ったでしょ?」

とん、とシロが自分の胸を指差す。促されるままジャケットの胸ポケットに手をやった。丸い膨らみがそこにある。青年に貰った、赤く瑞々しい苹果。取り出すと薬品の匂いに混ざって甘酸っぱい熟れた香りが鼻に届く。ころりと手のひらで転がる苹果を冬夜は見つめた。目の前のシロの瞳と同じ、真っ赤な苹果。

「苹果は知恵の実。食べたら大事なこと、全部思い出すかもしれないよ?」

耳鳴りがする。もうシロの声もかすかにしか聞こえないほどに。けれどこの苹果を食べなければならないことだけはわかった。そのために、冬夜に食べられるために、この苹果は今冬夜の手の中に在るのだから。

苹果を口元に近付ける。赤。もう視界にはそれしか見えない。耳鳴りと笑い声。音はそれしか聞こえない。

そうして冬夜は苹果を口元に運ぶ。

しゃくり。

不快な音が苹果にかき消された。

真っ赤な景色が揺らぐ。苹果の赤にぽつりぽつりと黒い染みが浮かぶ。色は段々とくすんでいき、黒と赤の混ざった色に変わっていった。薄暗く頼りない光の色だ。どこか遠くで蝉の声が聞こえる。これはきっとヒグラシだろう。夏と昼の終わりを告げる寂しい音色の虫。

夕闇が冬夜の影を薄めていく。

「冬夜!」

自分を呼ぶ声に冬夜は振り向いた。

近付いてくる友人らの姿に、冬夜は眉をひそめる。女子一人に掃除を押し付けておいて全く悪ぶれた様子はない。

とりあえず、サボった倉庫掃除の件について問いたださないとならない。そう思いながら冬夜は友人らの元へ足を進めた。

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