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銀河鉄道の眠り姫  作者: のら
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あんたは、ここじゃ降りひんのやね

たたたん、たたん。たたたん、たたん。

心地良い音を立てながら、列車が揺れる。

先程の言葉の意味はなんだったのだろう。なにか思うことがあるのなら言ってほしい。けれど隠し事をしているのは自分も同じで。冬夜の口は自然と重くなる。何を話したらいいのだろうか、外を眺めるシロの横顔をなにも言うことが出来ないまま見つめていた。

「おにーさん、どこまでも行くの?」

そんな空気に割り込むように、ひょこりと少年が冬夜の隣に潜り込んできた。座席の肘掛けに腰を軽く置き、行儀が悪いと青年に窘められる。少年ははーいと軽く返事をし冬夜の隣の座席にきちんと腰を下ろした。くるんとした子供らしい目は興味津々に冬夜を覗き込んでいる。

「……一応どこまでも行けるらしいけど」

「そっかあ。いいなー」

少年のまなざしにあっけにとられた冬夜の言葉は曖昧で、けれどそんな言葉でも少年は羨ましそうに肩を落とす。もうすぐ降りなきゃなんて、つまんない。尖らせた口からそう漏らし、少年はぱたぱたと足を揺らした。

冬夜は静かにポケットに手を当てる。冬夜の切符が、どこまでも行けるという切符が、この中にはある。けれどもこの切符は冬夜のものだ。譲渡は出来ない。そっと、ポケットに当てた手を下ろした。

汽笛が鳴り、窓の外を流れる風景がゆっくりになっていく。

広い丘にオリーブの木が植えられていた。尖晶石と橄欖石に見間違いそうなほど艶やかなオリーブの実が沢山実っている。鈴生りにぶら下がる二色の小さな球はまるでクリスマスツリーのオーナメントだ。

「さて……そろそろサザンクロスですね」

「そやね。降りる支度せんと」

ぱたり、青年が本を閉じた。しかし冬夜の隣に座る少年は、尖らせた唇から不満を漏らす。

「えー。僕もうちょっと乗ってたいよ」

「ダメです」

「名残惜しいけど、あたしらはここで降りんとアカン」

少年の不満はきっぱりと却下された。始終朗らかだった少女からも少しだけ厳しい声音で諭され、少年は俯きがちに頷いた。少年のつむじが目に入る。冬夜にはそれがなんだか酷く、可哀想に思えて、無意識に切符の入ったポケットに手が伸びる。しかしポケットに指が触れる前に青年と目が合い、まるでそれはいけないと言われているような気がして、やはり冬夜は静かに手を下ろす他無かった。

「……あんたは、ここじゃ降りひんのやね」

座席から立ち上がった少女がこちらに視線を向ける。違う、冬夜ではない。シロだ。少女は真っ直ぐにシロを見ていた。シロは少女からの問いかけに戸惑うように目を伏せる。

「……わたし、は」

シロが呟く。

何故、少女はシロにそんなことを訊ねたのだろうか。まるでシロがここで降りるべきだと言わんばかりに。

シロが顔を上げる。冬夜をちらりと見て、優しく微笑んで、それから真っ直ぐに少女を見上げた。

「わたしはまだ、一緒にいたいから」

汽笛が鳴る。車輪が音を立てて、車両を揺らす。列車が止まった。

「……そっか。がんばりや」

「もう駅につきました。行きますよ」

完全に列車が止まったことを確認して青年が席を立つ。青年は冬夜とシロを一瞥することもなく、真っ直ぐ乗車口へと向かった。少女と少年も、そのあとを追いかける。

「うん。ほなまたな」

「またね、おにーさんとおねーさん」

ひらりと見せられた手のひら。名前も知らない、ほんの少しの時間一緒にいただけだったのに、まるで明日もまた会う友人のような別れの挨拶だった。彼らは一体、サザンクロスの、どこに行くのだろうか。サザンクロスで降りるということだけしか聞かなかった。サザンクロスでの用事を済ませたらまたこの列車に乗り込むのだろうか。車内から消えた姿を追って窓の外を見て、冬夜は目を見開いた。

光り輝く大樹かと、一瞬思った。さらさらと流れる天の川のほとりに凛と佇むそれ。はくちょう座で降りた時に見た、透き通った白銀の銀杏のような輝く木の幹がそこにそびえていると思った。違う。あれは、十字架だ。サザンクロス、南方の十字架。その名の通りの景色が目の前に広がっていた。青や橙、色の名前を上げればキリが無い光の色があたりを照らす。ゆらゆら揺らめく天の川はまるで川底に宝石を敷き詰めたかのようだった。この世にこんな光源があったのか。そう、言うならば虹、眩い虹が十字架にかかっている。きらきらちかちかと煌めく虹色の灯は光の届かない真っ暗闇の空の向こうまで照らしてしまいそうだった。

ごとり、車輪が動き始める音がした。あの三人の姿は、見つけられなかった。

窓の外で十字架の光に照らされた花が揺れている。そういえば、青年がずっと読んでいた、桃色の花で彩られた綺麗な表紙の本、あの桃色の花はなんの花なのだろう。青年なら、シロなら知っていたかもしれない。けれどもう聞くことは出来ない。青年はいないし、シロも表紙の花までは覚えてはいないだろう。ちらりとシロを窺う。あの少女は何故、シロがサザンクロスで降りるべきだと思ったのだろうか。シロはその理由を知っているのだろうか。けれど窓の外を、サザンクロスの光を眺めるシロの表情を見て、冬夜は何も口にすることが出来なくなってしまった。

サザンクロス、とシロが小さく呟く。

「なんだかすごく、寂しい光だね」

冬夜は頷けなかった。

「そう?」

「うん。胸の辺りがきゅーってしちゃう、寂しい光」

シロが胸を押さえて笑う。とても愛おしそうに目を細めて、けれどこちらのが泣きたくなってしまいそうなほど悲しげに。

そんなただの光よりも、シロのが、その顔のが、ずっと、

「……十字架っていうくらいだから、そういう悲しい方のイメージになるんじゃない?」

けれど言葉は飲み込んだ。指摘してしまえばシロはきっと無理をして笑うだろう。今の顔よりずっと痛々しく、悲しげな笑顔で。だから冬夜は誤魔化した。

「そっか、そういうイメージだよね。十字架って……」

墓標、磔、聖なるイメージと同じくらいに強く纏わりつく、死のイメージ。

ぱちり。

十字架のイメージに気付いた時、何かがはまる音がした。いやな連想のパズルが冬夜の脳内で組み上がっていく。

彼らがサザンクロスで降りた理由。少女がシロにここで降りないのかと訊ねたのか理由。十字架というシンボル。青い髪の少女の声が再び鼓膜の内側で響いた。冬夜がシロを「殺した」と。

「冬夜くん?」

シロが首を傾げた。冬夜はシロを食い入るように見つめていた。

「……シロは」

訊ねようとした言葉を、無理矢理飲み込んだ。

自分は一体何を聞こうとしているのだろう。そんなことを聞いて、どうする。どうしたい。

喉の奥で出ることのなかった言葉が引っ掛かっている。誤って飲み込んでしまった飴玉のように、大きな塊が息を吸うことすら邪魔をしてくる。けれどそれを吐き出してしまっても、決して楽にはなれるとは思えなかった。


シロは、死んでるの?


そんなわけがないと、何度も何度も否定しても、その疑問は、冬夜の頭に染みついて離れることは無かった。

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