悪いのは、わたしなの
「冬夜くん!」
車両のドアを開けて真っ先に飛び込んできたのはシロの声。
ぱたぱたと木の床を鳴らして冬夜に駆け寄ってくる姿を見て、冬夜は視線を逸らすようにわずかに目を伏せてしまう。やはり心配をかけてしまった、けれどその理由を口にすることの出来ない、罪悪感。狭まった視界でシロの黒い髪が揺れた。
「急に怖い顔して行っちゃったし、全然戻ってこないから、心配だったんだよ?」
「あ、うん。ごめん……ちょっと見てきたい所があって」
「そうなの……?」
言葉を濁し、視線を合わそうともしない冬夜に、不安げな声が鼓膜を震わす。けれど冬夜は何も言うことが出来ない。本当のことも、言い訳も、何も。言い訳という嘘でシロをごまかすという不誠実なことをしたくはない、したくはないが、本当のこと、イバラの扉、眼鏡の少女、そこで交わした会話、それら何もかもをシロに告げてはならないと、不確かな感覚が冬夜の声を消し去ってしまう。
汽笛が鳴る。車輪の音が車内に響く。けれど冬夜とシロ、二人の間に音は無い。
「……ねえ、冬夜くん」
シロが音を紡いだ。
不安げな声ではなく、どこか悲しそう音。目を向けると、シロは声音と同じようにどこか悲しそうに微笑んでいた。
「冬夜くんは、悪くないから」
小首を傾げてシロが告げる。
「悪いのは、わたしなの。それだけ」
少し跳ねた黒髪が揺れる。くるりと冬夜に背を向けて、歩き出す。車輪の音に合わせるように、ゆったりと、床と靴で音を刻んで、シロだけが進んで。シロの言葉の意図がわからない冬夜は、ドアの前に一人、取り残されていた。
「……シロ?」