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銀河鉄道の眠り姫  作者: のら
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心配かけさせんじゃないわよ

揺れる車内を歩いて行く。先ほどと同じ風景のはずなのだが、まるで夕焼けが差し込んでいるかのように車内が真っ赤に染まっている。木目の床は緋色に、青いはずの座席は紫に。来たばかりの場所なのに、全く知らない別の場所に迷い込んでしまった錯覚を覚えてしまう。

景色の変わった車内に戸惑いながらも冬夜は先へ進む。この赤い火が、あの扉を開けてくれているかを確かめるために。

件の扉がある車両のドアを、冬夜はゆっくりと開けた。どきり。遠く先に扉を塞ぐように茂っているイバラが赤く、まるで紅葉するかのように染まっていた。あの少女が言っていた通りに本当に、この蠍の火でイバラが燃えるだなんて。しかし期待を抱いて駆け寄った冬夜の足は、イバラの目の前まで来て気が抜けたように止まってしまう。

「……さっきと同じ、か」

赤く染まっていたのは色だけ。扉の前にはあいかわらず力強く茂るイバラがそこにあった。

当たり前だ。レンズや道具を使っているならともかく、眩しいだけの光で植物が燃えるわけがないのだ。それも熱くもない、ただ眩しいだけの赤い光で。すぐ考えればわかることなのに、一体何を期待していたのだろう。なんだかバカバカしくなってしまった冬夜はため息をついて踵を返す。

「バカね、そんなすぐに燃えるわけないじゃない」

元の場所に戻ろうとした足が、その声で竦む。人を馬鹿にした高圧的な物言いに全身が強張った。

「……お前、なんで。さっき降りたはずじゃあ」

冬夜の目の前にいるのは青い髪の少女だった。先ほど列車から降りたはずの、あの少女。彼女がここにいるわけがない。なのに、何故。けれど冬夜の戸惑いも疑問も、少女は興味が無いと言わんばかりで、視線は冬夜の後ろ、扉のイバラに注がれている。

「植物だって、熱が伝わってから燃えるまで時間がかかるの」

さらり。少女が冬夜の横を通り過ぎイバラの前に立つ。靡いた青い髪は紫に染まる座席と同じように、やはり紫に染まっていた。

「見なさい」

少女の指がすっとイバラを指差す。少しでも触ればケガをしそうなほどに鋭い棘に包まれた太い枝、何者の侵入も許さないと言わんばかりに入り組んだイバラだ。それがどうしたと思いながら、けれども逆らうとまた高圧的に文句を言われるだろうことが予想され、冬夜は大人しく少女の指の先を注視する。トゲが、揺れた。違う。トゲではない。揺れたのは火だった。イバラについた小さな火がちろちろと、枝を舐めるように揺れていた。

少女を見る。少女はマッチの類など持っていない。ということは、本当に蠍の火の光でこのイバラに火がついたのだろう。

「……ほんとに、燃えるんだ」

「だから言ったでしょ」

思わず漏らした冬夜の言葉を、やはりバカにするように少女が吐き捨てる。

「この調子ならサザンクロスを過ぎた辺りに燃え尽きるわ」

続けられた言葉に、冬夜は訝しげに眉をひそめた。その冬夜の表情に気付いた少女がなによ、と不満げに口を尖らせた。

「何。なんか文句でもあるの。あたしが教えた蝎の火に間違いは無かったでしょ」

そう、間違いは無かった。何一つ間違いはなかったのだが、逆にそれが、冬夜にとってはおかしく感じるのだ。

「……お前、なんなんだ一体。人の神経逆撫でしたかと思えば助言みたいなことするし、一体なんのつもりなんだよ」

嘲り、心配し、助言し。どれも同一人物の行動だとは思えないほど矛盾だらけで、全く信用がならないのだ。シロと冬夜に対する言動だけではない。この少女は確かに下車すると言っていた。それなのに何故まだ列車に残っているのか。あの発言がウソだとしたら、何故ウソをついてまであの車両から離れ、ここに残っているのか。

「あんたに知る権利はないわ」

けれど少女はやはり吐き捨てる。冬夜の疑問など知ったことではないと、答える気はひとつもない鋭い視線を寄越す。赤縁眼鏡の奥から睨みつけられ、そこで冬夜はこの少女の言動以外の違和感を抱いた。けれどその違和感の原因に気付く前に、少女が冬夜との口論を拒否するように背を向ける。

「いいからさっさと戻りなさい。あんたが長いこと席を離れてるとシロが不安がるじゃない」

「だからなんで、お前がシロのこと気にかけんの」

「そんなことどうでもいいでしょ」

少女は振り返らない。けれど全く納得のいかない冬夜は引き下がることをしない。

「どうでもいいことじゃないだろ。最初はシロに対してあんな風にキツく当たったくせに、なんで急に」

少女はやはり振り返らない。黙ったまま、背中を冬夜に向けたままだ。

この少女とはまともな話など出来るわけがないのか。冬夜への助言やシロへの態度だって、ただの気まぐれかもしれない。そうだとしたらこんな問いかけは無意味だろう。冬夜はため息をつき、少女に背を向け、

「…………だち、だから」

少女が、かすかに何かを呟いた。けれどその声は今までうるさいくらいに罵詈雑言を吐いていた少女の声とは思えないほどに小さく、冬夜には聞き取れなかった。先ほどの冬夜の問いへの返答なのだろうか、それすらわからない。

何、と聞き返そうとした。けれどやはり答えてはもらえないのだろう。聞かなくてもわかる。きっと、あんたには関係ないだとか、なんだとか、罵詈雑言とともに返ってくるだけだ。冬夜は肩越しに少女の背中を一瞥し、足早にその車両から去って行った。

残されたのは、イバラと、青い髪の少女。車両のドアが閉まる音を聞いて、少女はため息とともにぽつりと漏らす。

「……ほんと、心配かけさせんじゃないわよ」

揺れる火が、ぱちりぱちり、音を立て始める。その様子を少女は静かに眺めていた。やがて俯き、再びため息を漏らす。今度は小さく、絞り出すように。細めた青緑色の目は、ほんの少しだけ、濡れている。

「シロも、冬夜も……」

あまりにもか細い呟きはすぐに車輪の音にかき消された。

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