僕らね、十字架まで行くんだ
たたたん、たたん。たたたん、たたん。
車輪の音に紛れて、ぎしりぎしりと足音が聞こえてくる。それぞれ歩き方の違う足音。どうやら数人乗ってきたようだ。
さっきみたいな喧嘩腰な相手でないといいなと冬夜はぼんやり思っていると、ひょこりと小さな顔が座席の後ろから覗いてくる。好奇心の強そうな少年だった。少年は冬夜とシロを交互に観察してから、にこりと微笑む。なんだかいたずらそうな笑みだった。
「こんにちは」
「こんにちはー。おねーさんたち、どこ行くの?」
シロの挨拶に少年はそう返す。通路を挟んだ反対側の座席にすとんと腰かけ、興味津々にこちらを見ている。
そういえば、どこまで行くんだろう。切符はどこまででも行けるものを持ってはいるけれど、どこまで行くかは決めていない。そもそもこの列車がどこまで行くのかも冬夜は知らない。
シロは、知っているだろうか。この列車がどこに行くのか、自分たちが今どこを目指しているのか。
シロを見ると少年の問いかけにちょっと戸惑った顔を見せ、それから少し悩んだ顔で列車の進路方向を指差しながら、
「えっと……ここよりずっと先かな」
そんな曖昧な返事をした。
それは一体どこなんだ。冬夜は心の中で疑問を抱いたが、少年は気にしていないらしい。そっかー、と特に追求することもなく納得していた。
「僕らね、十字架まで行くんだ」
「十字架?」
「サザンクロスですよ。南十字星」
十字架という駅があるのだろうか。首を傾げていると、青年の声がそう補足してきた。
少年と一緒に乗ってきた人だろう。冬夜たちよりも少し年上だろうか、顔立ちの整った青年は、一人で先に行かない、と軽く少年を小突いて向かいに座る。青年の後ろにはこれも冬夜たちよりもひとつかふたつ年上に見える少女がついてきていた。つい先ほどの少女と違い、この少女は人懐っこい笑いを浮かべている。
「まあ十字架ゆうたらその通りやけどね」
どこか言葉に訛のある少女は、青年に小突かれた少年の頭を軽く撫でながら少年の隣に座った。
この三人は親子だろうか。いやそんな年の差ではない。兄弟だろうか。それにしては顔は全く似ていないし、そんな雰囲気でもなさそうだ。
和気あいあいとした三人を眺めながら、関係性を想像してみるがわからない。シロは多分そんなことを気にしてもいないのだろう。南十字星はどんなところだろうねと微笑んでいた。
「おねーさんは」
少年が呼ぶ。
シロのことだ。少年の目はシロにだけ向いていた。
「そこじゃないの?」
シロが一瞬だけ、息を飲んだのが分かった。
少年の問いも、シロの一瞬も、どういう意味なのか冬夜にはわからない。ただシロを見ると、戸惑ったような、悲しいような、なんだかよくわからない表情で笑っていた。
「……うん。もっと先まで、行きたい、かな」
よくわからない笑いを浮かべたまま、シロはそう言った。
真意は、やっぱりわからなかった。