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銀河鉄道の眠り姫  作者: のら
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冬夜くんが望めば、どこにだって行ける

たたたん、たたん。たたたん、たたん。

車輪の音に合わせて、体も心地よく揺られる。どこからか聞こえた人の声に意識がわずかに浮上するが、列車の揺れの心地よさに、またゆっくりと沈んでいく。足音も聞こえたような気がしたが、目を開けることが出来ない。足音はゆっくり遠ざかっていった。

たたたん、たたん。たたたん、たたん。

足音が聞こえなくなってから、どのくらい経ったのだろう。冬夜はゆっくりと目を開いた。斜めの座席がぼんやり映る。数回瞬きをして、斜めなのは座席ではなく自分だったことがわかった。

「あ、起きた?」

頭のすぐ近くで柔らかい声がした。体を起こすと、冬夜に寄り添うようにシロが座っていた。おはようと微笑むシロをぼんやり眺めて、冬夜は首をかしげる。

「……俺、もしかして寝てた?」

「うん。すごくよく寝てたよ」

いつから、どのくらい寝ていたのだろう。チョコを食べたところまでは記憶にあるが眠いと感じる暇もなく意識を失っていたようで。しかも女の子の肩で。何と言っていいかわからない気恥ずかしさと情けなさに、冬夜はシロから視線をそらし、目の前の座席を見つめるしかなかった。空席の青い座席には汚れはおろか布が擦り切れた個所すら見当たらない。まるで新品のような綺麗さだった。

「疲れちゃったのかな……振り回してごめんね?」

冬夜の気恥ずかしさなど気付くこともなければ理解することもないだろう、シロは席を立ち冬夜の視線の先に移動した。あからさまに視線をそらすことも出来ず、かといってシロの目を見ることも出来ず、とりあえずシロの肩辺りに視線を置くしか冬夜には出来なかった。

「いや……こっちこそ、肩、ごめん。重かったよな」

「ううん大丈夫」

肩に視線を置いていても、シロが笑ったのがわかった。しかしすぐに何か思い出したかのように、そうだ、と言って眉を下げた。

「……ひとつごめんね?冬夜くんが寝てる間に車掌さん来て……起こすのもどうかなって思ったから、冬夜くんの切符勝手に出しちゃった。ごめんなさい」

なるほど足音が聞こえたような気がしたが、あれは車掌だったのか。起こしてくれてもよかったのにと思ったが、あんなに深く眠っていたからには起こされてもきっと起きなかった。シロは申し訳なさそうにしているが、別に謝ることでもないだろう。気を使ってもらった冬夜の方こそ謝罪とお礼が必要がだというのに。

しかしおどおどと冬夜を見上げるシロに、ふといたずら心が働いた。

「勝手に出したの?」

わざとらしく、困った子供を叱るかのように問いかける。思った通りシロは肩を跳ねさせあわあわと慌てだした。

「ご、ごめんなさい……」

叱られたと感じたのか不安げに冬夜を見つめてくる。その様子がなんだか面白く、冬夜は思わず吹き出してしまう。

「なんて」

きょとり。シロは目を瞬いて首を傾げた。しばらくして、冬夜の発言が理解できたのだろう。不安げな顔は安心した顔へ、それからすぐに恥ずかしさと怒りが半々混ざったような表情を浮かべた。

「……もー冬夜くんってばからかわないで!」

「あはは」

笑っていると、ぷくりと頬を膨らまされた。あんまり笑いすぎると拗ねられそうだ。ほどほどにしておいて、話を切符へ戻す。

「それより俺切符なんて持ってたんだ」

列車に乗った記憶がなければ改札を通った記憶も切符を買った記憶もない。しかし車掌に見咎められていないということはつまりそういうことなのだろう。

「持ってないと列車に乗れないよ?」

「いや、うん……まあそうなんだけどさ」

シロにも当たり前の指摘をされてしまう。不可解に思いながら胸ポケットを探るとかさりと指に紙が当たった。取り出してみるとはがき程度の大きさをした、緑色の紙切れが入っていた。紙切れには行先も何も書いておらず、黒い植物のつるのようにくるくると、一面に不思議な模様が描かれていた。果たしてこれは本当に切符なのだろうか。冬夜はこんな大きさをした切符も、こんな模様が書いた切符も見たことはない。けれどこれ以外に切符らしきものを持っていない。ということは、これがこの列車の切符なのだろうか。

「これはね、どこにでも行ける切符なの」

「どこにでも……?」

切符を見つめて首を傾げていると、シロがそう教えてくれた。

「うん。この切符があればサザンクロスにでも、天上にでも、どこでも行けるの」

サザンクロスに天上、駅の名前だろうか。訊ねようとして見ると、シロは冬夜の切符を見つめて目を細めていた。その切符が本当に素晴らしいものであるかのように感嘆のため息を零す。

「すごいなあ……冬夜くんは、行こうと思えばどこまでも行けるんだよ。どこまでも、どこまでも」

「……どこまでも、ね。じゃあ例えば、南極に行きたいとか、世界の果てに行きたいとかでも?」

どこまでも、と言われても漠然としすぎて冬夜にはよくわからない。南極への行き方も知らない、世界の果てがそもそもどこなのかも知らない、それでも行けたりするのだろうか。軽い冗談の気持ちで言ってみたが、そんなのよくよく考えなくとも行けるわけがないだろう。費用は、足は、どこから出てくる。こんなわけのわからない紙切れ一枚で行けるわけもない。どこでも、だなんてそんなのシロの冗談だろう。きっと先ほどの意趣返しだ。

しかしシロは、笑わなかった。

「行けるよ」

笑わず静かにそう告げた。

「冬夜くんが望めば、どこにだって行ける」

シロが冬夜を見つめる。宝石のように透き通って曇りのないシロの瞳。優しく、しかしどこか寂しそうに、冬夜を見つめていた。

「だから、ね……冬夜くん」

ごとり。

シロの言葉は、列車に遮られた。

外を見ると小さな建物が見えた。どうやら駅舎のようだ。

「停車駅についたみたい。どこだろ」

駅舎を見ても駅名はどこにも見当たらない。どこだろうと窓の外を見渡していると、どこからかふわりと、甘い香りが漂ってきた。

どこかで嗅いだことのある匂い。香水やお菓子のような甘さではない、甘酸っぱい、爽やかな果実の香りだ。

「……苹果じゃないかな、これ」

「苹果……ああ、確かに」

しかし外に苹果の木が見えるわけではない。駅舎の向こうには、深緑の柔らかい草原と、きらきら輝く星の花がずっと広がっている。この匂いはどこからだろうか。匂いの元を探しているうちに、景色が流れ出す。


甘い香りを乗せた列車は、またゆっくりと動き出した。

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