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第89話 再びノールド山へ

 昼過ぎになって、ライエルとマリアもマクスウェルの屋敷に合流してきた。

 ミシェルちゃんとレティーナも、一緒に来ている。

 誘拐犯が捕まった翌日なので、彼等が迎えに行ったのだ。


「おかげでママがまた卒倒しちゃって」

「さもありなん」


 子供の迎えに世界を救った英雄がやってくるとか、普通は畏れ多くて考えられない事態である。

 ましてや物怖じしないレティーナの事だ。自分の娘が何かやらかしていないか、心配しても無理はない。


「しかも気絶したママをマリア様が強制的に覚醒(アウェイク)の魔法で起こしたから、また気絶しちゃって」

覚醒(アウェイク)の魔法かぁ。目の前で気絶されたら、そりゃ使うね」

「三回くらいそれを繰り返しちゃって」

「途中であきらめろ」


 まぁ、その律義さこそマリアである。


「ま、まぁ、出発前にちょっと問題があったけど、とりあえずは問題なしって事で」

「マリア……取り繕っても遅れた事は事実だから」

「うう、ごめんなさい」


 しょぼんとうなだれるマリアを見るのは、実は珍しい。

 しばらくしてトリシア女医もやって来たので、俺達は再びノールド山へ出発する事になったのだ。




 マフラーを口元に当ててノールド山を登る。特に目的地はなく、ただ頂上を目指す。

 ある程度登った所で向こうからこちらを見つけてくれるので、探す必要が無いのだ。


「あ、きた」


 俺は荷車の上でポツリと呟いた。

 (けぶ)る視界の隅に、蠢く影がちらりと見えたからだ。


「またニコルちゃんが一番手か。ホント目聡いわね」

「俺も警戒してたんだけど、自信なくすなぁ」

「あなたは大雑把だから。でも私も気付かなかったわ」

「おぬし等はそろって大雑把じゃろうに……ワシはガドルスじゃ! 要望の品を持ってきたと女王華に伝えぃ!」


 ガドルスの大音声にこちらを包囲すべく動いていたトレント達が、さわさわと音を立てて退いていく。

 しばらくして聞き覚えのある幼い声がこちらを出迎えてくれた。


「昨日の今日でもう戻って来たか。種は見つかったかぇ?」


 遠巻きにこちらを見つめるトレント達を掻き分け、巨大な花を咲かせてその中央に幼女が鎮座したトレント――女王華が姿を現す。

 その声はまったくこちらの成果を期待していない声だったが、そうは問屋が卸さない。


「おう、これこの通り」

「なんと!? まさか本当にたった一日で見つけてきたのか?」


 種を預かっていたライエルが少し離れた場所に袋を置き、それをトレントが回収していく。

 その袋を受け取った女王華はいそいそと中を確認して、数を数え始めた。

 そう言えば、盗まれた数まではチェックしてなかったな。


「ひの、ふの……ふむ、ちゃんと全部あるな」

「そりゃよかった」

「それにしてもたった一日とは……どうやって見つけたのじゃ?」

「それがなぁ……そいつを売り込みに来た盗人共が火事を起こしてな。しかも俺達が駆け付けるより早く、何者かに襲撃を受けていたらしい」

「何者か、とは?」


 誘拐犯共は俺が全て殺害していた。ライエルがその事実を知っているのは、マチスちゃんが俺の姿を目撃していたからだろう。

 もっともあの時、俺は顔を煤で汚し、髪もマフラーで隠し、特徴ある右の紅眼も隠していたので、俺と気付かないはずだ。


「黒ずくめの黒い顔をした小人族。目撃者の情報によるとそれしかわからん。ああ、それと凄まじい膂力の持ち主だな。人体があちこちで真っ二つにされていた」


 それは俺の膂力が為した事ではなく奴等の自重や岩の重さを利用した結果なのだが、それによって勘違いしてくれるのならば、俺にとっても都合がいい。

 非力極まりない俺という認識が、『犯人は俺』という捜査の糸を断ち切ってしまうからだ。


「ふむぅ、その者は目の前にある種を見つけられなかったのか。それは幸運じゃな」

「いや、しっかり見つけてやがったよ。誘拐されていた子供に、この種を託していったそうだ。おそらくはこちらの事情を知っている存在がやった事だな」

「心当たりはないのか?」

「考えてみたが……無いな。いや、ひょっとして――?」

「あるのか?」

「いや、やはりない」


 ライエルは何かを考えていたようだが、もう一度首を振って否定した。

 奴にどんな心当たりがあるのかわからないが、今はそれが問題じゃない。


「それより――」

「ああ、交換条件じゃからな。しばし待て」


 そう言うと女王華は、トレントに大雑把な造りの木桶を持って来させ、それを自らの生える花弁の中央にドプリと漬け込んだ。

 待つ事しばし、再び持ち上げられた木桶にはたっぷりと蜜が満ちていた。

 強い花の香りがこちらまで届くほど、芳醇な香りを放っている。


「これが、女王華の……?」

「そうじゃ。種は孵化するとアルラウネになり、その蜜を飲んで育つことになる。我が力を濃縮した物でもあり……貴重な品じゃ」

「ああ、知っている。これでこの子も助かる。協力感謝する」

「なに、助けられたのはこちらの方じゃ。この縁を結んでくれた世界樹に感謝を」

「よし、じゃあついに私の出番ね!」


 蜜を受け取って、感謝を交わすライエルと女王華。その二人の空気をぶち壊すように、トリシア女医が腕まくりをした。

 女王華の蜜は花から取り出した直後から薬効成分が気化していくらしい。その場で薬に加工し、保存できるようにしないと、ただ美味しいだけの蜜になってしまう。

 残念だが彼女の言う通り、ここからがトリシア女医の独壇場になるのだ。


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