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第85話 最後の一人

 火の手が上がる家の前に放置しておいたマチスちゃんの元へ向かい、俺は彼女の膝の上に女王華の種を置いておいた。

 街中の火事とあって、そろそろ騒ぎになってくるはずだ。

 その前に俺は、姿を消さねばならない。


「う……」

「あ、気が付いた?」


 少しとはいえ、俺の魔法で傷を癒されていたせいか、彼女は意識を取り戻していた。

 だが俺も顔を煤で汚し、髪をマフラーで覆っているので、一見して俺と気付く事は無いだろう。

 声もできるだけ低く発しているので、中性的な声に聞こえるだろう……たぶん。


「あなた……は?」

「助けに来たよ。もうすぐ人も集まってくる。君は家に帰れる」

「ほんと、に?」

「ああ。その代わりと言っちゃなんだけど、この袋をコルティナに。大事な物だから」

「こる……てぃな、様?」

「そう。よろしくね」


 彼女の手に女王華の種の入った袋を握らせ、俺はその場から立ち去ろうとした。

 今の彼女に、自力で歩く体力はない。しかし街中で火事となれば、衛士が駆け付けてくるのも時間の問題だ。

 彼女の安全は確保されたとみていいだろう。


 踵を返した俺は、その時視界の隅に光る影を見て取った。

 とっさに鋼糸を飛ばし、その光からマチスちゃんをかばう。


「――誰だ!」

「避けられるとは思ってなかったな」


 まるで闇から染み出すように、一人の男が木陰から出てくる。

 ひょろりと背の高い男。だらりと下げた腕には二本の小剣(ショートソード)

 全身黒ずくめで、俺と似たような姿。


「もう一度聞く……いや、いいか」

「そうか?」


 そりゃそうだ。

 考えてみれば、俺はホールトン商会で視線を感じていた。つまりあの場には監視していた人間がいたはずだ。

 そしてトレントの監視網を掻い潜った賊は、おそらく隠密のギフト持ち。

 この二名はおそらく同一人物。


 だが家の中では、そういった能力を持っていたらしい人材はいなかった。

 姿を隠せる能力者ならば、ホールトン商会に張り付いていたはずなのだ。交渉前日にアジトに戻っているはずがない。

 ゲイルにしても、屋敷内に不審者がいるという事実に気付けば、まず気配を消して脱出する手を選んだはず。

 それをしなかったという事は、ゲイルにその技術が無かったという事になる。


 つまり、敵はもう一人いたという事だ。

 そいつはホールトン商会を監視していて、この火事を見て駆け戻ってきた。

 そして不審者である俺と、目撃者であるマチスちゃんを消すため、姿を現した。


「お前だろう? 女王華の種を盗んだのは」

「ああ、そこまで知っているのか? 御名答だよ」


 ゆらりと剣を構える男。俺もこいつも、人目に付く事を恐れている。

 ならばのんびりと会話する時間はない。


「見ればまだ子供のようだが、お前一人でやったのか? だとすれば大した物だ。どうだ、俺と手を組まないか?」

「断固として断るね!」


 俺は男に向かって糸を飛ばす。大きく縦に振った、斬撃の特性を持たせた攻撃。

 闇の中では、この攻撃を知覚する事は難しいはず。だが、男はこれを難なく避けて見せた。


 大きく飛び退り、距離を取る。

 俺としても、先の攻撃は命中を期待した物ではない。マチスちゃんから距離を取らせることが目的だ。

 それにしても、この夜中に俺の鋼糸を避けるという事は、よほど闇の中での戦闘に慣れているとみえる。

 火事の明かりがあるとはいえ、かなり視認し辛いはずなのだが。


「糸使いか。渋い能力を持っているじゃないか!」


 男は一声叫ぶと、またゆらりと体を揺らす。

 そして次の瞬間には、俺の目の前に迫っていた。


「なにっ!?」

「シッ!」


 まるでコマ落としのように、男の位置が飛ぶ。独特の間合いを持つ男に、俺はとっさに詰められた距離を開こうと退がった。

 左手の鋼糸を二本、後ろの街路樹に飛ばし、強引に引っ張る事で俺はその場から離れる。

 直後、俺のいた空間を男のショートソードが薙ぎ払っていく。


 態勢を立て直し、カタナを構えると、再び男の姿が掻き消える。

 恐らくは隠密の祝福(ギフト)。あの能力は隠れる事に秀でてはいるが、目の前で注視されている状態から消えるほど、優れた物ではないはずだ。

 現に男は一瞬後には俺の目の前に迫ってきていた。


 小さく吐き出される呼気。続いて迫る剣閃。

 俺はこれをカタナで受け止め、躱し、流す。


「戦い慣れてるじゃないか、ガキが!」

「そっちこそ、奇妙なギフトの使い方をするな」


 俺も隠密のギフトを持っているが、男のような使い方はした事がない。

 これはあくまで奇襲用であり、偵察用の能力だ。それなのにこの男は、戦闘用に昇華させている。


 目の前で消える事はできないが、一瞬、認識を外す事はできるという事か。そしてその一瞬だけで戦闘は大きく情勢を変える。

 認識から外れた一瞬で間合いを詰め、そして外す。

 戦闘において、間合いというモノは非常に重要な要素だ。その主導権を、男は非戦闘用である隠密のギフトを使ってがっちりと保持している。

 同じギフトの使い手として、感嘆を禁じ得ない。


 俺は戦闘に使いやすい操糸のギフトがあったせいで、そちらを鍛える事に労力を費やしていた。

 そして奇襲というスタイルを確立してからは、正面から斬り合う機会も格段に減っている。

 この男は隠密というギフトだけを戦闘用に鍛え抜き、このようなスタイルを確立したのだろう。

 正直、俺でもこんな使い方を試そうとは思わなかった。これは正面に敵を立たせ、実際に使わないと効果を実感できない使い方だ。

 そして戦闘中にそれを行い、もし失敗したらと考えると、とてもじゃないが使おうとは思えない。


「いい腕をしてるっていうのに――もったいない」

「一対一がいくら強くてもな」


 この世界、名を上げるには戦場に出るか、モンスターを狩るかしかない。

 だがこの戦い方では、一度に多数を相手取る戦場では役に立たないし、力押しで迫るモンスターにも不利を被るだろう。

 この男の戦い方は、一対一という状況限定で役に立つ戦い方だ。

 いうなれば、対人間オンリーの決闘場でしか使えない技術。

 だからこそゲイルという男がリーダーになっていたのだと思われる。


「ガキ、悪いが時間はなさそうだ。早々に死んでくれ!」

「この歳で死ぬつもりはねーよ」


 言葉を交わし、再び斬り結ぶ。

 周囲の喧騒はそろそろ限界に近い。後数分もすれば、俺たちの姿は目撃されてしまうだろう。

 俺は斬り結ぶ最中に微妙に位置をずらしており、タイミングを計って一息にそこから闇の中へ駆け込んだ。男も、マチスちゃんを放置して俺を追ってくる。


「やはり、か」


 男は常にホールトン商会を監視していた。ならばマチスちゃんに目撃されていた可能性は少ない。

 始末する優先順位で、俺を上位に置いていたとしてもおかしくはない。


 こうして俺はマチスちゃんの安全を確保し、戦いの場を移動させる事に成功したのだ。


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