第618話 最後の罠
声のした方へ駆けつけてみると、そこにはかなり大きな部屋が存在していた。
中央には複雑怪奇な魔法陣が描かれ、そこに俺でもわかるほどの魔力が流れ込んでいる。
この魔力はどこからきているのかと思えば、どうやら世界樹から力を吸い上げているようだった。
そしてその前には、破戒神ユーリが立ちはだかり、魔法陣に干渉して何やら行っていた。
「まぁったく! 陣の構築能力だけは天才だと認めてあげますよ! ああっ、また侵蝕術式が再生してるぅ!?」
「おい!」
「くっ、こっちを解放すればあっちの爆砕術式が起動しますし……いったいどうすれば! ハスタールのお手伝いが欲しいところです、世界樹を支えるために頑張ってくれてますけどっ!」
「おいっ!!」
俺の声に破戒神は一瞬だけこちらを振り返る。その間も手を止めない辺りはさすがだ。
「ニコルさん、ちょうどいいところに! お手伝いお願いしますよ」
「これは、なんだ!?」
「世界樹を侵食する魔法陣です。いろいろ停止していた機能を再起動して死者の魂を収集し、その力を爆発力に変換して内部で開放し、世界樹を倒そうとしてやがるんですよ」
「それを止めてくれていたのか?」
「解呪したいところなのですが、術式に再生術式と侵蝕術式が組み込まれてまして、あっちを壊せばこっちが再生しというイタチごっこを延々と続けてるんです」
「再生と侵蝕?」
「ええ、再生術式は破壊された魔法陣を自動的に再生する術です。侵蝕術式は世界樹に侵入して腐食させていく術式です。爆砕術式が起動しなくてもこっちで世界樹を倒すという、二段構えの構造ですね。おまけで再生付き」
「これがクファルの仕掛けた罠か」
「そうですね。こんな置き土産を残していくとか、根性の腐り具合が半端ないです」
破戒神は駄々っ子のように腕を振って抗議しているが、作業自体は阻害していない。
ともあれ、これがクファルの最後の企みだった。
「まず、俺たちが逃げることは可能か?」
俺だけなら聞かなかった質問だ。しかし今は、コルティナとフィニアがいる。できるなら危険なことは極力避けたい。
もしこの場を破戒神だけで収めることができるなら、俺たちは危険からできるだけ離れていたかった。
しかし破戒神の答えは、それをあっさりと否定する。
「現状は一進一退の状況です。ベリトの人間が逃げ出すくらいは稼いで見せます。しかし……」
「逃げたとしても世界樹が倒れたら、ベリト、いやフォルネリウス聖樹国が終わる、か」
「はい。巻き上がる粉塵により、世界は冬の時代を迎えるでしょう。信仰の中心を失い、日照不足で食糧難がやってくるはずです。そうなると人の倫理はたやすく崩れるでしょう」
「騙し、奪い、喰らう時代の到来か」
「それ、国が滅んだも同然でしょう?」
「じゃあ、逃げられんなぁ」
破戒神の分析は、俺の予想と大差がなかった。元々逃げる気はなかったが、こうなると腹を決めるしかあるまい。
「それにベリトの街には今、レティーナさんとマチスさんがいますよ? それでも逃げます?」
「なんでいるんだ!?」
「マチスさんの商談できたようです。レティーナさんはその護衛」
「逃げるのは却下だな。コルティナ、フィニア、悪いけど……」
「付き合うわよ。レティーナちゃんもマチスちゃんも私の生徒でもあったわけだし」
「わ、私も! レティーナさんがいるなら、見捨てるなんてできません」
「ってわけだ。手伝えることはできるか?」
俺の言葉に、破戒神は我が意を得たりと言わんばかりに手を打った。
「その言葉を待ってました。ちょうどいいことに三人いることですし、それぞれで各術式を担当して、妨害してください」
「とかいっても、そんな魔法陣見たことないわよ」
「そこは私が指示します。こう見えてもマルチタスクは得意ですので」
そう言われ、俺たちは破戒神の指示に従い、魔法陣の周囲に立った。
そこで巨大な魔法陣の一部をそれぞれが担当し、発動妨害の作業に参加した。
「いいですか? 皆さんはそれぞれの魔法陣の妨害に全力を尽くしてください。私は全体の連結術式の破壊を行います。魂を集める集魂機構を停止させ、世界樹に流れ込む力を一時的に制限します」
「お、おう?」
破戒神が作業の内容を説明してくれるが、俺には何を言っているのかさっぱりだった。
それでも必死に目の前の魔法陣に干渉していく。コルティナとフィニアも、かなりきつそうだ。
「すでに流れ込んでしまった魔力に関しては、これは仕方ありませんので、この場で爆発させます」
「おいィ!?」
「大丈夫です。世界樹の力を流用して結界を生成し、破壊力が外に漏れないようにしますので」
「待てよ、俺たちはすでに魔法陣の中にいるぞ!? コルティナとフィニアはどうなる?」
「諦めてください」
「ぶっ殺すぞ、この駄神!!」
俺だけならその決断もあったかもしれないが、今はコルティナたちがいる。いくらなんでも彼女たちを巻き込む決断に、あっさりと納得などできやしない。
もっともこれは破戒神の冗談だったようで、半眼になって溜息を吐きつつ、肩を竦めてみせた。
「その想いを素直にぶつけておけば、転生することもなかったでしょうに」
「うっせぇよ!」
「冗談です、結界の力をそちらにもおすそ分けします。ですが確実に守れるとは保証できません。なにせ世界樹が大陸中から集めた力を抑え込むわけですから」
「……とりあえず全力を尽くせ」
「それはもちろん」
フンスと鼻息荒く答えてから、破戒神は最終的な魔法陣解呪に取り掛かった。
術式の文字や図形が次々と変化していく。再生の術式が妨害されているため、それらの変更は再生されず、次の変更へと移っていった。
俺たちもその作業がスムーズに進む様、術式の妨害に全力を尽くす。
急激な魔力の減少と精密な制御に、頭の血管が切れるような感覚に襲われる。
魔力の少ないコルティナや制御力に乏しい俺には、非常にきつい作業となっている。
この状況では、逆にフィニアが一番余裕があるかもしれない。
眩暈を堪えながらどれほどの時間が経過したのか……気が付いた時には、俺たちは破戒神の作った結界に包まれていた。
「それでは、術式の破壊を終了させます。同時に溜め込んだ魔力が一気に噴出しますので、結界から出ないように。その結界は一方向からの力を防ぐことに特化しているので、内側からは簡単に出ることができますから」
「わ、わかった」
俺の言葉と同時に、コルティナとフィニアも小さく頷く。
その反応を見てから、破戒神は最後の工程を終了させた。
床に描かれた魔法陣が光を発し、まるで花火のように弾け飛ぶ。同時に視界のすべてを、魔力を纏った光の渦が塗り潰した。
この結界の中からでは何がどうなっているのか、わからない。
コルティナとフィニアの安否すらわからない。
だが床から伝わってくる振動で、結界の外には破壊の嵐が吹き荒れていることは、理解できた。
俺が理解できたのはそこまでだった。能力以上の制御を要求されたため、俺の精神は限界に達していた。
プツリと何かが切れたような音が聞こえ、そのままその場に倒れ込んでしまったのだった。
これでクライマックスの事態は収束したことになります。
あとはエンディングだけですね。
それと本日はコミックウォーカー様、ニコニコ静画様にてコミカライズが更新されてます。
よろしければ、そちらもお楽しみください。
ニコニコ静画 https://seiga.nicovideo.jp/comic/32592
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