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第53話 子供としての朝

 ホットミルクの入ったカップを両手で抱え――片手だと指が回らないのだ――飲みきったところで玄関の呼び鈴が鳴らされた。

 同時に俺を呼ぶ声。


「ニコルちゃーん、あそぼー」

「はぁい!」


 大声で玄関に向かって声を掛け、椅子から飛び降りる。

 少々二日酔いが残っているが、ホットミルクのおかげで大分緩和された。

 俺が出掛ける用意を始めた所で、コルティナも席を立った。


「ちゃんと護身用の装備は持った?」

「うん、カタナ持ってく」

「じゃあ私も用意するから、ちょっと待っててね」


 レティーナも俺も、危うく人攫いに拉致されそうになった身である。

 子供だけで遊びに行く事はできなかった。

 そこで保護者としてコルティナが一緒について来る事になったのだが……


「学院は大丈夫?」

「んー、だいじょぶ。そんなに重要なポストじゃないからね、私は」


 魔術師としての技量がそれほど高くないコルティナは、戦術理論という科目を受け持っている。

 大抵彼女が出した戦況から、対応策を提出させる程度の授業だそうだ。

 それに目を通し、採点を付けるだけなので、意外と暇が多いらしい。


 俺はカタナを背負って、とたとたと玄関へ走る。

 腰に下げたい所なのだが、俺の身長では鞘を引きずってしまうからだ。

 コルティナも魔法の発動補助用の長杖を持って、後に続く。


 彼女たちを待たせないように早足で駆けていく俺を、コルティナは微笑ましそうに眺めていた。

 中身は俺なんだけどな……


 ドアを開けるとミシェルとレティーナの二人が待ち構えていた。


「おはよう、ニコルちゃん!」

「おはようございますわ、ニコルさん」

「おはよ、二人共」


 ミシェルちゃんはいつもの狩猟弓に加え、白銀の大弓(サードアイ)をそのまま手に持っている。

 レティーナはコルティナとお揃いのデザインの長杖だ。

 この間コルティナと面識を持った事で、早速同じ物を用意したらしい。 


「おはよう、二人とも早いのね」

「コルティナ様! おはようございます」

「ティナ様、おはよー!」


 硬直した後、カチカチになりながら挨拶するレティーナと、天真爛漫なミシェルちゃん。

 その対応は対照的だ。

 コルティナも二人を見て、ニッコリと魅力的な笑顔を浮かべた後、少し神妙な表情をする。


「ミシェルちゃんだっけ。その弓はケースに入れないの?」

「あっ、これは……」


 コルティナの指摘に、ミシェルちゃんは少し恥ずかしそうな態度でもじもじする。


「ウチにはこんなに大きな弓をしまえるケースが無いんですよ」

「ああ、確かにこのサイズは普通じゃない物ね。完全に狩猟とかの効率性を無視した、威力重視の戦場弓だもの」

「でも家に置いておくわけにもいかないので、持ち歩く事にしました」


 拳を握り締め、フンと鼻息荒く主張するミシェルちゃんだが、それはそれで辛いだろう。

 大型の弓はそれなりに重量がある。


「じゃあ、それを入れるケースを先に見ていきましょうか。引っ越し祝いにプレゼントしてあげる」

「いいんですか!?」

「もちろん。安物で悪いけどね」


 サードアイはその素材の高級さも然る事ながら、掛けられた付与魔法が半端なく高度だ。

 もはや神話級といってもいいほどのマジックアイテムで、子供がそのまま持ち歩いていたら、確実にトラブルになるだろう。

 コルティナも、初めてこの弓を見た時は腰を抜かしたモノである。

 こんな弓を子供に与えるなんて、どこの酔狂かと猛り狂っていた。


「それで、引けるようには……」

「なってません」

「だよねー」


 ミシェルちゃんに掛かっていた身体強化は、あの戦闘の直後に解除されていた。

 数分しか持たない事とはいえ、子供がこのバケモノ弓を引けるようになるとは、とんでもない強化率だ。

 神を名乗るだけの事はある、という事か。


 今ではサードアイは高価ではあるが使えない弓として、彼女の手にある。

 今、ミシェルちゃんの目標は、この弓を使えるようになる事だ。

 そして俺の当面の目標は、彼女にこの弓を使えるような魔法をかける事なのだった。


「それじゃ、まずはお買い物からね。ちゃんと街は案内してあげるから、安心して」

「コルティナ様に案内してもらえるなんて、光栄です!」

「レティーナは図々しい」

「いいじゃない、ちょっとくらい!」

「二人ともケンカしないで……」


 俺とレティーナが騒ぎ立て、ミシェルちゃんが宥める。

 この数日で早くも定番となりつつある光景。

 こうして俺は、入学までの日々を過ごしていたのだ。


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