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第531話 迷宮の管理者

ここから3話ほどクファルサイドの動きを描きます。

ニコルたちは出てこないので、ご了承ください。

  ◇◆◇◆◇



 闇の中を一匹のスライムが這いずっていく。

 その動きは妙に人間臭い焦燥を持っていた。


「くそ、くそ! レイドめ、何度も何度も邪魔をしてくれる!」


 アシェラ暗殺、ベリトの争乱、それらを起こし半魔人たちを孤立へ誘導し、仲間に取り込む。

 その目論見がレイド一人によってことごとく防がれてしまった。

 しかも逃げ出すところを発見され、身体の半分近くを失う羽目になった。

 どうにか逃げ込んだ先も、世界樹という魔境の最先端。力を失った今、一刻も早くこの場を抜け出さねばならない。


 さいわいスライム特有の擬態能力が、コボルドなどの低級モンスターの知覚を欺けるため、襲撃を受ける回数は少ない。

 それでも同種のスライム系モンスターは、この擬態が効かないため、皆無とは行かなかった。

 しかし、クファルにとって、現状それは悪い話ではない。

 襲い掛かってくるスライムは別に強敵でもなく、食い合いとなればクファルに分があったからだ。

 そうして何匹かのスライムを食らい、身体を補完し終わってようやく一息つくことができた。


「これならコボルド程度なら群れで襲われても対処できるか。しかし、これからどうするべきか……」


 今回の一件は、クファルたちにとっても、かなり賭けに出た部分がある。

 側近のほとんどを失い、このまま収穫無しでは、組織としても立ち行かなくなる可能性が大きかった。

 どうにかして戦力や協力者を補充せねば、もはや未来はないと言えるほどに。


「チッ、しばらくは組織の立て直しにかかりっきりになるな。それもこれも六英雄、いや、レイドのせいだ」


 北部に残してきた部隊も、六英雄の妨害に遭って大きな成果を挙げられていない。

 すでに国からも目をつけられているのだから、いっそ北部を放棄することも視野に入れるべきか、クファルは真剣に考慮していた。

 しかしここは迷宮の中。気を抜くと即死が待ち受けている危険地帯である。

 思案している間にも頭上にスライムが這い寄り、上から襲い掛かってきた。

 もっとも頭も何もないクファルにとって、それは奇襲でも何でもない。本来ならば呼吸器官を塞がれ、致命傷になりかねない攻撃だったのだが、もとより呼吸を必要としていないクファルには何の害もない。

 混ざりあうようにして自身の体内に取り込み、逆に侵食して自分の身体の一部にしてしまった。


「まったく、ここでは落ち着いて考え事もできないか。まあいい、そろそろ外も落ち着いたはずだし迷宮から出るか」


 迷宮内に逃げ込み、逃げまどうことすでに数時間。レイドが追ってくる気配が無いということは、召喚した魔神に倒されたか、追跡を諦めたかしたのだろう。

 特に迷宮内で隠れるスライムを追いかけるというのは、いかにレイドでも非常に難易度が高いと思われた。

 それも特定の個体を追跡するのは、不可能に近いだろう。


「入り口で待ち構えている危険性もあるが……その時はまた逃げ戻るとしよう」


 迷宮の中で逃げ回ることに関してなら、種族的にもクファルに利がある。

 そう楽観的に考えて、クファルは入口へと向かうことにした。




 入口へ、といっても、初めて足を踏み入れた迷宮でがむしゃらに逃げ回った結果、どの方向にそれがあるのか、よくわからない。

 たっぷり一時間以上は迷って、ようやく外の光が見えてきた。どうやら、迷宮内で一晩を過ごしてしまい、朝になっているようだ。

 念のため、死角になりやすい天井に張り付き、ゆっくりと警戒しながら入口へと迫る。

 しかしレイドの姿はなく、待ち伏せている様子もなかった。


「これは本当に魔神が倒してしまったか? できるなら自ら手を下してやりたかったのだがな」


 愚痴を漏らしながらも人の姿を取り、入り口から一歩踏み出そうとした瞬間、目の前に一人の少年が立ち塞がっていた。


「おっと、そこまでにしてくれるかい」

「な、貴様は!?」


 その少年の姿に、クファルは見覚えがあった。

 レイドとともに現れた少年の姿だ。もっとも敵対的な行動は取っていなかったので、転移を頼まれた協力者という関係だったのかもしれない。

 クファル個人と敵対していないなら、交渉の余地はある。そう考えて、人当たりの良い笑みを浮かべるクファル。


「ああ、済まない。レイドの一件では彼が世話になったようだね。僕は――」

「黙って。君が何者かは、僕も気にしないよ。だけど迷宮のモンスターが外に出るというのは、立場上看過できないんでね」

「なんだって?」

「僕は現在、世界樹の管理を請け負っていてね。ここからモンスターが出ないように監視するのが仕事なのさ」

「待ってくれ。僕は別に迷宮のモンスターってわけじゃ――」

「どこ生まれのモンスターかってのも、関心が無い。悪いが迷宮に戻ってくれるかい? 別に拒否しても構わない。実力行使で消滅させるだけだし」

「ふ、ふざけるな!」


 いつものクファルなら、この程度で激昂したりはしなかっただろう。

 しかし今の彼はレイドに企みを妨害され、失敗の果てに逃亡している最中である。

 その切羽詰まった状況が、彼に余裕をなくさせていた。


 目の前の少年に向け、たっぷりと毒素を含んだ体液を投げかける。

 レイドすら昏倒した猛毒である。少年が何者であれ、これに耐えられるはずはない。


「――とか考えていたんだろうけどね? 悪いがこの程度の毒じゃ、僕には効かない」

「な、なぜ……!?」

「ああ、君には名乗ってなかったね? 僕は竜神バハムート。最近はバーさんって呼ばれてるよ。破戒神とはちょっとした知り合いでさ」

「破戒神だと!?」


 世界樹をへし折った、破戒神ユーリ。確かに世界樹とは因縁のある神の名である。

 そして竜神バハムートも、世界樹に因縁のある存在だった。

 神話上では、世界で初めて世界樹の迷宮を制覇し、不老不死を手に入れた存在。それがバハムートである。

 しかし当時の王は、彼の不老不死を欲し、彼にその力を自らにも与えるよう迫った。

 無論、そのためには世界樹を登頂せねばならないため、それを願われても彼に叶えることなどできない。

 その事実に癇癪(かんしゃく)を起こした王は、彼を拷問した。

 拷問の果てに何度も死に、不老不死ゆえに再生する彼は、結果として怒り狂い、自らの身を竜に変えて世界の大半を焼き払ったと伝えられている。


 しかし、いくら因縁があるとはいえ、実際に神が存在するなんていうのは、信じられなかった。

 確かに治癒系の魔法のいくつかには、信仰によって発現する魔法もある。それでも神というのは遠い存在で、それが目の前に現れようなどと、誰が信じられようか。

 驚愕と不信に動揺したクファルの目の前で、バハムートはゆっくりと腕を上げた。

 その腕は見る見ると太く長くなり、同様に爪も鋭く、巨大に変化していく。

 その腕はすでに人の形を逸脱し、ドラゴンのそれへと変化していた。


「う、ウソだ……」

「残念ながら、ウソじゃない。まったく、聞き分けてくれるなら楽できたのに」


 心底面倒くさそうに話をしながら、バハムートはその爪を振り下ろした。

 毒素の塊であるはずのクファルの身体が、あっけなく抉り取られ、後方へと吹き飛ばされる。

 そして床に叩き付けられ、跳ね返って天井にぶち当たり、もう一度床に落ちるころには身体の大半が撒き散らされていた。

 核にもヒビが入ったのか、クファルの意識が一瞬途切れる。苦痛を感じない身体だったのが唯一の救いだろうか。


 そして吹き飛びながらも、クファルはようやく疑問の答えを得た。

 これほどの迷宮で、門番もいないのに、なぜモンスターが外に出てこないのか?

 それはこの竜神が見張っているからに、他ならない。


 ただの一撃、それもバハムートにとってはせいぜい爪先で弾く程度の、軽い攻撃だった。

 それだけで身体の大半を持っていかれた。

 その事実にクファルは思い知る。この入り口から外に出るのは不可能だと。

 床をころころと転がりながら、薄れゆく意識の中でそう結論を出していた。


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